111 / 145
剣聖と聖女の帰還
虚無の瞳の王
しおりを挟むエドナから語られたリアーナの人物像を聞いたレジーナ。
義母のミラから母の事は聞いていたが、より身近な肉親から話を聞かされたことで、彼女の亡き母親に対する思慕は一層と募る。
「私の母は、優しい人だったんですね……」
寂しそうでもあり、嬉しそうでもある……そんな笑顔を彼女は浮かべる。
そして、その血が自分に流れている事に誇らしさを感じた。
「ええ……姉さんは本当に優しい人だったわ。でも、私は……もっと自分を大切にしてほしかった」
誰かのために献身的になれるのは美徳かもしれない。
しかし身内からしてみれば、自分の身を犠牲にしてまで他人に尽くすというのは受け入れがたいことでもあるだろう。
悲しげに目を伏せて言うエドナの肩を、慰めるようにジスタルが抱き寄せた。
「ありがとう。……とにかく。私は後宮で姉さんに再会することはできたのだけど、姉さん自身の意思もあって、すぐに連れ出すことはできなかった」
そして彼女の話は、いよいよ事件の核心に迫っていく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
リアーナから国王バルドの事情を聞いたエドナ。
そして、姉が心を病んだ王を見捨てることができずに後宮に留まるつもりであることを聞いた彼女は、しかし何とか姉を説得しようと考える。
しかし、いくら境遇に同情したからといって……姉が慈愛と献身の精神を持っているのだとしても、やはりそこまでするものだろうか?
……と、そこまで考えたとき、彼女は一つの可能性に至った。
「もしかして姉さん……バルド王の事を好きになっちゃったの?」
「え……?」
唐突な妹の言葉を、姉は咄嗟に理解することができなかった。
しかし、問われた内容を理解したリアーナは、顔を赤らめて俯いた。
「え?本当に……?」
自分で質問しておいて、エドナは姉の態度に驚いて目を丸くする。
しかし姉は慌てて手を振りながら否定しようとする。
「ち、違うの!す、好きになったとかじゃなくて……ただ、その……バルド様とは……あの……」
しどろもどろになる姉の態度を最初は訝る妹であったが……
(あ……そうか、姉さんは既にバルド王と会っている。そして、ここは後宮……と言うことは……)
と、エドナもそこまで想像してしまい顔を赤くする。
そして妹が気付いたことに気付いたリアーナも、ますます顔を赤くして……二人はしばらく黙り込んでしまった。
ちらちらと姉の様子を見るエドナ。
そこに悲しみや嫌悪の感情が見られない事に、少しだけほっとする。
であれば、聞かずにはいられない。
少し落ち着いた頃合いを見計らって、エドナは姉に問いかけた。
「その……嫌じゃなかったの?」
「…………もちろん、最初は嫌だったし、悲しかった。怖かったわ。でも……あの人の目を見たとき、何だか不思議な気持ちになったの。言葉で説明するのは難しいのだけど……」
「…………」
「……そうね。確かに、私はあの人に惹かれたのかもしれない」
「姉さん……」
エドナは、どんな顔をすればよいのか分からなかった。
もし姉が悲しんで傷ついていたのなら、彼女は無理矢理にでも姉を連れ出していただろう。
しかし、姉自身がバルド王の側にいることを望んでいるのであれば……
いったい自分はどうすべきなのか?
そんな迷いが生じていた。
と、その時だった。
不意に、部屋の入口の方から扉が開かれる音が聞こえてきた。
そして誰かが部屋の中に入ってきたのを察知して、エドナは身をすくめる。
現れたのは、二十代後半~三十代半ばくらいに見える男性。
細身ながらがっしりと鍛えられた身体を纏う豪華な衣装を見るまでもなく、エドナは彼が誰であるのか分かった。
(この人が……バルド王?なんて冷たい目をしてるの……)
まるで深淵を覗き込むような深く青い瞳に彼女は呑まれそうになり、身体を強張らせる。
「……誰だ?お前は?」
瞳の色と同じくらい冷たい声で、王は誰何の言葉を彼女に投げかけた。
しかしエドナは身体を硬くしたまま、王の問いに応えられない。
いったい姉はこの冷たい瞳に何を感じ取ったのか。
彼のどこに惹かれたというのか。
エドナは理解が及ばなかった。
「バルド様、この子は私の妹で……エドナと言います。今日ここに来たばかりで……」
黙り込んでしまったエドナに代わり、リアーナがフォローする。
王は彼女を一瞥したものの、すぐに視線をエドナに戻す。
そして。
「妹か。確かに、よく似ている。……ならば、今宵の相手はお前にしてもらおうか」
「っ!?」
王のその言葉に、エドナは驚愕で目を見開き、恐怖でカタカタと震えだす。
バルドの目に劣情の色はみられないが……むしろそれが彼女の恐怖を煽るのだ。
「陛下……妹はさっきここに来たばかりです。どうか今日のところはご容赦いただけないでしょうか?それに今日は……わ、私を訪ねてきて下さったのでは?」
自分を助けようとしてやって来ただけなら、そういう事は望んでいないはず。
リアーナはそう思って妹を庇う。
そして、まるで自ら王を誘うような言葉に羞恥を覚えながらも、はっきりとそれを告げた。
「……まあ、いいだろう」
「あっ……」
バルド王は思いのほかあっさりと引き下がり、腕を伸ばしてリアーナを抱き寄せると、彼女は思わず声を上げて身を固くする。
「ね、姉さん……!」
それまで王の雰囲気に呑まれていたエドナだったが、流石にそれを見て姉に手を伸ばそうとした。
しかしリアーナはそれを手で制して言った。
「エドナ、私は大丈夫だから。あなたはもう部屋に戻って休みなさい……」
「で、でも……!」
少しでも姉が嫌がる素振りを見せたのなら、彼女は制止など無視して王に飛びかかっていたかもしれない。
「大丈夫よ。さっきも言った通り、嫌ではないから……」
それが妹を安心させるための方便であったのなら、エドナはやはり二人を引き離そうとしただろう。
しかし、長年一緒にいた姉の言葉に嘘がないことが分かるから、彼女はそれ以上動くことができず……
結局は、二人を部屋に残して立ち去ることしかできなかった。
70
お気に入りに追加
1,145
あなたにおすすめの小説
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!
蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。
家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。
何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。
やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。
そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。
やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる!
俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!
【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!
宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。
そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。
慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。
貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。
しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。
〰️ 〰️ 〰️
中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。
完結しました。いつもありがとうございます!
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
伯爵様の子供を身篭ったの…子供を生むから奥様には消えてほしいと言う若い浮気相手の女には…消えてほしい
白崎アイド
ファンタジー
若い女は私の前にツカツカと歩いてくると、「わたくし、伯爵様の子供を身篭りましたの。だから、奥様には消えてほしいんです」
伯爵様の浮気相手の女は、迷いもなく私の前にくると、キッと私を睨みつけながらそう言った。
あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活
mio
ファンタジー
なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。
こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。
なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。
自分の中に眠る力とは何なのか。
その答えを知った時少女は、ある決断をする。
長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる