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剣聖と聖女の帰還

聖女、動き始める

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 エドナは結局、自分たちでは姉の消息を掴むことは叶わず……ジスタルの心当たりに一縷の望みを託さざるを得なかった。
 だが、それから数日が過ぎてもなかなか連絡が来ず、彼女は焦りばかりが募っていく。


 しかしある日のことだった。
 予想もしなかった事態が起きる。

 エドナにその報せを持ってきたのは、ジスタルの友人であるデニスだった。







「えっ!?ジスタルが捕まった!?」

「……どういうことです?デニス殿」

 デニスが神殿を訪れてエドナとミラにその話を伝えると、彼女たちは当然のことながら驚愕する。
 まったく寝耳に水の話に、エドナは驚きの声を上げたあと暫く呆然とするが、ミラは冷静に彼に問うた。

 なお、三人が話をしているのは神殿の応接室の一つ。
 高位貴族(辺境伯)の子息であるデニス相手に立ち話するのも……ということで、ミラが案内したのである。


「いや、それが……あいつ、陛下に直接なにか意見したらしくて……。俺も詳しくは分からねぇんですけど、それで不興を買ったとかなんとか」

「陛下……バルド様に?」

「……まさか、ジスタルの『心当たり』って、王様の事なの?」

 先日、彼から『心当たりがあるから信じて待て』と言われていた。
 だからエドナがそう思うのも当然のことだった。


「……デニス様、ジスタルには会えませんか?」

 とにかく、何があったのか確かめなければ……と、エドナは彼に聞く。

「いや……流石に王城の地下牢だからなぁ……。いまヤツの同僚の騎士たちの署名も集めて、嘆願してるところなんだが」

「王城の地下牢ですね。分かりました」

 立ち上がってどこかに行こうとするエドナを、慌ててミラとデニスが止める。

「まてまてまて!『分かりました』じゃねえ!どこ行くつもりだ!?」

「え?そんなの決まってるじゃないですか。ジスタルを助けに行くんです。それから王様のところに殴り込みを……」

 何を当たり前のことを……とでも言いたげな顔で言うエドナ。
 その目は完全に本気である。

 だが、二人に掴まれた腕を無理やり振りほどかないところを見ると、まだ少しは冷静なのかもしれない。


「とにかく落ち着けって。嘆願してるっていっただろ。アイツは近衛の隊長格だし、人望も厚い。『剣聖』に味方する者もかなりいる。何らかの罪状に問われてるわけでもないし、そんなに心配するな」

「むぅ…………分かりました。でも、早くしないと私……暴れますよ」

「……分かった」

 『こいつ、やべぇやつだ……』と、デニスは戦慄し、そう答えることしか出来なかった。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 デニスが帰ったあと。

 エドナは一旦は落ち着いたものの、やはり納得はいっていない様子だった。

 礼拝堂でお祈りするときも、神殿の施設の一つである治療所で聖女として怪我人を癒やすときも……姉とジスタルの事が気になって仕方がなかった。



「……あのぅ、聖女さま?」

「……え?あ、すみません!……もう大丈夫ですね」

 エドナは、治療所で最後の患者に『癒やしの奇跡』を施していたのだが……治療が終わったあと何も言わずぼんやりとしてたため、患者の女性が心配そうに声をかけてきたのだ。


「ありがとうございます。すっかり怪我も治りました。聖女さまと女神エル・ノイアに感謝いたします」

 そう言って彼女は手を合わせて祈る仕草をした。



(…………女神さま、か)

 エドナは女神エル・ノイアの神殿に所属しながら、その存在はそれほど信じてはいない。
 いや、どちらかと言うと……実在しようがしまいが、それはあまり重要なことではないと思ってる。

 『癒やしの奇跡』は女神から授かった力と言われており、それは事実かもしれない……とは思っている。
 だが、例え女神が実在するのだとしても……人間の一人一人、誰も彼も救ってくれるわけではない。

 両親が亡くなったとき、神の救いの手などなかった。
 姉がいなければ自分は生きていけなかった。
 スラムから引き上げてくれたのは、ジスタルやデニス、ミラたちだ。
 エドナはそう思っている。


 そして。


(神の救いの手はない。誰かに頼るのも期待できない。なら……)

 これまで彼女の支えとなってきた人たちを、今回は頼ることができない。

(もう私は……守られてばかりの子供じゃない)

 そう考えた彼女は、自ら動くことにした。



(でも、私がいきなり『王様に合わせろ!』なんて言ったって無理なのは分かってる)

 ……デニスの話を聞いてすぐに突撃しようとしていた事は、既に忘却の彼方だ。


(王様に会うのは無理。なら私は……大神官様に直接会って話を聞く)

 エドナは聖女であるとは言え、神殿内での地位はまだそこまで高いわけではない。
 だから、普段であれば最上位の大神官と会う機会などそうそう無いし、会いたいからと言って会えるものでもない。

 だが、王に直接会うよりはハードルは低いはず……
 と、彼女は考えているが……果たして?
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