100 / 151
剣聖と聖女の帰還
偶然の出会い
しおりを挟む昼時からしばらく経った王都の目抜き通り。
多くの商店が立ち並び買い物客などで賑わうその場所に、ジスタルとエドナの姿があった。
彼らはひとまず宿を確保し、久し振りの王都を散策しているところだった。
「人が多くて目が回りそう。やっぱり辺境とは違うわね……」
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう。すぐに慣れるわ。もともと住んでいたところだもの」
エドナは多くの人の気に当てられて少し気分が悪くなっていたが、夫の気遣う言葉に笑顔でそう応えた。
本人が言う通り彼女はエルネの出身であり、ジスタルとともに出ていくまで長年住んでいた場所である。
「それよりも、着いた時は変わってないって思ったけど……少し雰囲気は明るくなったかしら?さっき通ったところなんて、昔はスラムだったのに……すっかり綺麗になって」
「……そう、だな」
エドナの言葉には複雑そうな感情が込められているようだったが、同意するジスタルもそれは同様だった。
そして、気になっている事を聞いてみる。
「……神殿には顔を出さないのか?」
「あそこは……楽しい思い出もたくさんあったけど、それ以上に……」
「……すまん」
悲しげに応える妻の言葉に、気まずそうに謝る夫。
だが彼女は再び笑顔を浮かべて言う。
「ううん、今は幸せなんだし、随分時も経ったのだから……もう折り合いを付けないと。それに、義母さんには会いたいわ。手紙の一つも出さない親不孝者が今更……って気もするけど」
最後の言葉は少し自嘲気味だった。
そして今度は決然とした表情で続ける。
「私は大丈夫。でも、娘には同じ思いをさせるわけにはいかない」
「もちろんだ。だが……俺達の心配は懸念に終わるかもしれないな」
「?……どうして?」
「さっきお前が言っただろう?『街の雰囲気が明るくなった』、と。街が綺麗になっただけじゃなく、道行く人の顔も明るくなったと思わないか?」
周りを見渡しながら彼は言う。
楽しそうにおしゃべりする女の子たち。
仲睦まじげな恋人や夫婦。
はしゃいで走り回る子どもと、それを慌てて追いかける母親……
何気ない日常の光景がそこにはあった。
そしてそれは、自身が騎士団に所属していた頃よりも、どこか開放的で……ジスタルはそう感じていたのだ。
「街や人々の雰囲気ってのはな、政治の良し悪しを映し出す鏡だ。現国王アルド様は最近即位したばかりだが……噂では、それ以前から政治手腕は評価されていたが、こうしてみる限りそれは事実なのかもしれん」
「そうかも知れないわね。でも、政治手腕が優れてるからと言って人格者だとは限らないわ。どちらにしても、何とか面会しないと」
「だな」
クレイの手紙によれば、特別な任務のため後宮に滞在してるとの事だったが……王の意図がはっきりと分からない事には安心できない。
とにかく今は騎士団長の帰還を待つか、その他の手段を考えるか……そんな話をしながら二人は街を歩く。
かつて自分たちが暮らした記憶を懐かしみながら。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
父の屋敷を後にしたレジーナは王都の市街に戻ってきた。
出るときには人目を避けるためフードを目深に被っていたが、監視の存在を自ら明らかにした今は意味がない……と顔を晒していた。
その監視兼護衛の騎士の男も、もはや離れて見守る必要もなく、彼女の少し後に付いて歩いていた。
街の外壁の門を潜り、門前広場の人混みを避けながら王城へと戻る街路を進む。
時おりチラ……と後ろを振り向いて男の存在を確認するが、特に声をかけることはしない。
男の方も、存在は晒してしまったがあくまでも影から見守るのが本来の役目……と、最初に姿を現して以降は、ずっと黙ったままである。
(……何だか落ち着きませんわね。これなら声をかけないほうが良かったかも)
そもそもが声をかける必要などなかったのだ。
だが、敢えて声をかけたのは、自分が気付いていないと思われるのも何だか面白くなかったから……などと言う、子供じみた理由だったりする。
普段は大人びている彼女も、そういうところは年相応と言えるのかもしれない。
そうして、彼女は賑やかな通りを進んでいく。
王城に戻る前に、一度神殿に寄って父から聞いた話を義母にしておくべきか……と考えていたときの事だった。
通りの前方より夫婦らしき男女がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。
それだけであれば特に彼女が何かを感じることはなかっただろう。
しかし、その男女がレジーナの目前まで近付き、彼女の方に視線を向けたとき……二人同時に驚きの表情を見せて立ち止まった。
「え……?」
なぜそんな反応をされたのか……不思議に思ったレジーナが戸惑いの声を漏らした。
すると、二人のうち女の方が呆然と呟く声が耳に入ってきた。
「姉さん…………?」
その偶然の出会いは、運命だったのか?
そして、女……エドナの言葉はいったい何を意味するのか……?
また一つ……静かに事態は動くのであった。
25
お気に入りに追加
1,156
あなたにおすすめの小説
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。
ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。
実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる