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剣聖と聖女の帰還
ニアミス
しおりを挟むジスタルとエドナは国王と面会するため、かつてジスタルが剣の指導をしたという騎士団長ディラックに取り次いでもらおうと王城を訪ねたのだが……
「ディラックは不在か……タイミングが悪かったな」
騎士団長は現在、王都の外に遠征しているらしく不在とのことだった。
近日中には帰還予定とは言っていたが、正確な予定までは分からないらしい。
念のためクレイにも連絡をしようと所在を訪ねたのだが、受付で応対してくれた者ではいまいち要領を得なかった。
これは二人は知らないことだったのだが……クレイやギデオンは特例的に前倒しで入団が決まったため、まだ名簿登録などの各種手続きが終わっていない事が原因である。
そもそも……クレイが母親に宛てた手紙に、エステルがなぜか後宮にいるという事が書かれていたため、二人は急ぎ王都にやってくることになった。
そのクレイも急に入団が決まってゴタゴタしていたものだから、手紙に自身の所在を書くことができなかったのだ。
「はぁ……娘に会いに来ただけだと言うのに、ずいぶんと面倒な事ね。……もういっそのこと、後宮とやらに忍び込む?」
何やらエドナが物騒なことを言っている。
あの娘にして、この母あり……なのだろうか。
「やめとけって」
「やってやれないこともないでしょう?」
たしなめる夫の言葉もどこ吹く風で、そんな事をのたまう元聖女。
エルネア王国でも最も警戒が厳重であろう王城の……その中でも最深部とも言える後宮に忍び込む事を『やってやれないこともない』とは……
「お前の場合は『忍び込む』じゃなくて、『無理やり押し通る』の間違いだろう」
やはり彼女は、エステルの母親ということなのだろう。
二人のやり取りは、クレイとエステルを彷彿とさせる。
普段は物腰柔らかく、いつも微笑んでいる彼女がそんな一面を持っているなど……シモン村の人々は知っているのだろうか。
(久しぶりに身体を動かして、更に王都に帰ってきたもんだから……昔の感覚になっているのかもしれんな。……はぁ、先が思いやられる)
横目で妻を見ながら、内心でため息をつく夫。
せめて、妻が暴走しないように自分がしっかりせねば……彼はそう思うのだった。
「とにかく出直しだ。今日のところは宿を押さえて……久し振りだし、少し街をぶらつくか?」
「そうね……。出来ることなら早く解決してシモン村に帰りたいところだけど。エレナとジークも私達の帰りを待ってるでしょうし、セーナにも悪いし……」
セーナと言うのは、クレイの母親である。
二人がシモン村を出るにあたって、まだ幼い子どもたちの世話を頼んできたのだ。
こうして、あてが外れた二人は王城を後にして……ひとまず宿を確保しようと言うことになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「失礼します」
王城のアルドの執務室にやって来たのは、宰相フレイだ。
いつもの如くドサドサッ……と、決裁待ちの書類を執務机に置く
そして、げんなりとした様子のアルドの顔を見て、彼に尋ねた。
「ディセフからはまだ連絡はありませんが……エステル嬢の様子はどうですか?何か新たな動きは……」
「特に無いな。エステルも変わりない。……ちょうどさっき、念話で昔の『事件』の話をしたところだ」
アルドのその応えを聞き、フレイは眉をひそめて言う。
「……よろしかったのですか?彼女の両親は、彼女に隠しておきたかったのでは……」
「約束してしまったから……。それに、その気になって調べれば分かることだ。彼女にとって、悪い話でもないしな」
それを聞いたフレイは取り敢えずは納得の表情で頷いて、今度は別の話題を振る。
「そうですか。……ところで、実は先ほど気になる報告を受けまして」
「なんだ?」
「先ほど、ディラック殿を訪ねてきた人物がいたそうです」
「……?」
騎士団長の立場ともなれば、訪問客もそれなりに多い。
特に珍しい話でもないそれを、フレイがわざわざ話題に上げできたことにアルドは訝しげな表情を見せた。
しかし続くフレイの言葉に、彼は驚くことになる。
「どうも……『ジスタル』と名乗っていたらしく」
「何っ!?」
予想もしていなかった人物の登場に、思わず立ち上がって声を上げるアルド。
だが、直ぐに落ち着きを取り戻して再び椅子に座り、フレイに確認する。
「それはエステルの父親の……剣聖ジスタル本人なのか?」
「それは何とも言えませんが……かなり可能性は高いのではないでしょうか?ディラック殿はジスタル殿の弟子という事でしたし」
王都民にも広く知られてる話だ。
当然ながら、彼らもその話は知っている。
であるならば、ジスタル本人が王都にやって来た……と考えるのが自然だろう。
「それに、女性の同行者もいたそうです。おそらくは……」
「……義父上と義母上がいらしたのか。これは、挨拶に伺わねば」
「何を言ってるんですか」
主の突拍子もない言葉に、冷静に突っ込むフレイ。
そして、更に現実を突きつける。
「……そもそもエステル嬢が勝手に後宮に入れられた話を聞きつけて、『事件』を連想してやって来たのではないですか?それに、エステル嬢は潜入作戦で不在ですし。そんな状況だと……揉めませんか?」
「うぐ……」
尤もな指摘に、うめき声を上げるだけで言葉に詰まるアルド。
だが、放置するわけにもいかず、さてどうすべきか……と、しばらく二人で頭を悩ませる事になるのであった。
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