97 / 145
剣聖と聖女の帰還
隠された愛情
しおりを挟む王都の郊外。
市街を囲む外壁の門より、徒歩で小一時間ほどのところにある森の中の屋敷にて。
外套のフードを目深に被った怪しげな風体の人物が、コンコン……と重厚な玄関扉のノッカーを叩く。
さほど間を置かずに扉が開き、使用人らしき老人が来訪者を屋敷の中に招き入れた。
その様子を木陰から別の人物が見つめていたことには、彼……もしくは彼女は気付いていなかっただろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「何をしに来た?」
屋敷の主である男性が、応接間のソファーにゆったりと腰掛けながら来訪者に問う。
壮年から老年に差し掛かろうか……という年齢に見えるが、その容貌以上に老け込んだ印象を受ける。
彼の表情からは何の感情も読み取れなかったが、その言葉は咎めるような響きに感じられた。
来訪者……レジーナは、そんな言葉に怯むこともなく答える。
「娘が父親に会いに来るのに、理由なんて必要でして?」
「……もう、私のところには来ないように言っただろう」
今度は僅かに感情の揺らぎが見られた。
しかし、それがどのようなものなのか……相対するレジーナにも分からない。
いずれにせよ、父娘の対面にしては……緊張の糸が張り詰めたような空気感であった。
……そう、屋敷の主はレジーナの父親だ。
前王バルド、その人である。
「私がどう行動するのかは、私が決めることですわ。私たちは籠の鳥ではない……陛下も、そう仰ってました」
「陛下……アルドか。私と違って、聡明で公正で……正に王の器として相応しいのだろうな」
自嘲めいたその言葉ほどには、自身を卑下するような感情は見られない。
いや、もしかしたら……彼は、感情そのものが起伏に乏しいだけなのかもしれない。
「それで……お前はここに、何をしに来たんだ?」
彼は、改めて同じ問いを娘に投げかける。
しかしそれは、最初のものと異なり、単純に彼女の用向きを問うもののようであった。
「かつての『事件』の話を聞きに」
神殿でアルドから事件の話を聞いた彼女は、かつての事件のように自分の父が関与してるのではないか……そう思って屋敷を訪ねてきたのだった。
「……今、それを知ってどうする。そもそもお前は、おおよそのことは知っているのだろう?」
「では、聞き方を変えますわ。かつての『事件』と関わりがあると思われる大きな事件が、いま王都で起きています。何かご存知ではないですか?」
そして彼女は、現在王都で起きている組織的な少女誘拐事件のあらましと、その組織の本拠がエル・ノイア神殿に隠されているらしい事を説明した。
それらが、かつての事件との関連性を疑わせる事も。
「知らぬ。今の私には、そんな大それたことなど出来ぬ。知っているだろう?」
ちらり……と、応接間の片隅に控えた老人を見やりながら、彼は答えた。
その老人こそ、彼の世話役……兼、監視人だ。
バルドが不穏な動きを見せれば、即座に王城へと報告が上がる事になっている。
逆に言えば、そういう動きを見せなければ逐一報告が行くこともない。
珍しく、彼の娘が屋敷を訪ねてきたのだとしても。
父の言葉を聞いた娘は、どこか安堵した様子を見せる。
そして、別の問いを発した。
「では、元大神官ミゲルは?」
「ミゲルか。そうだな……」
そこでバルドは暫し瞑目する。
当時のことを思い出しているのだろう。
「奴は私と同様に大神官の座を追われ、神殿内で裁きを受けたと聞く。最終的にはエルネア王国から追放され……その後の話は聞いておらぬな。だが……」
そこで彼はいったん間を置いて、腕を組みレジーナを見つめながら続ける。
「奴は神職にありながら私腹を肥やすような愚物だ。……まぁ、私が言える立場ではないが。その様な者が自らを省みて心を入れ替えるかと言われれば……そうとは思えぬな。今回の事件とやらの黒幕だったとしても、驚くことではない」
バルドはその様に告げたあと視線を彷徨わせ、そして何かを思い出したかのように更に続けた。
「……『聖女』を探しているらしい、との事だったな。そう言えばかつての事件のときも……私に献上された聖女とは別に、行方がわからなくなった者が何人かいたらしい」
「え!?」
「当然、『事件』に関わっていたミゲルに疑いの目が向いたわけだが、奴は関与を否定し……結局は決定的な証拠もなく、有耶無耶になっている」
初めてその話を聞いたレジーナは、頤に手を当てて思案する。
もし、その時行方不明になった聖女が、今回の事件と同じ理由で攫われたのだとしたら………
「そもそも、なぜ聖女を探して攫っているのかしら……?」
「……お前は、『聖女』が我がエルネア王国でしか生まれない事を知っているか?」
娘の自問するような呟きに、父はそんな事を問いかけた。
「え……そうなのですか?」
「ああ。聖女の『癒やしの奇跡』は、女神エル・ノイアの力。かの女神の祝福の地であるエルネア王国に生まれた者にしか授けられない……と言われている」
「では、聖女が攫われる理由は……」
バルドの話が事実ならば、聡明なレジーナであれば直ぐに事件との繋がりが読めた。
すなわち、他国が聖女を欲しているのだと。
「少女誘拐、人身売買というのは……真の目的を隠すためのものでもあるという事なのね……」
そのようにレジーナは結論付けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
レジーナが父親のもとを訪ねた理由は、バルドが最近の事件に関わっているのではないか……と、心配したためだった。
それが杞憂に終わった事に彼女は安堵したが、思いがけず重要な話を聞き、これからどうしようかと考える。
ひとまず屋敷を辞して王城に戻ろうと思ったが、その前にまだ父に聞きたいことがあった。
「父様は……今のままで良いのですか?」
「……どういう意味だ?」
突然の脈絡のない娘の問いに、父は少し間をおいてから聞き返す。
やはり感情は読み取れないが、戸惑っているのかもしれない。
「『色欲に溺れた暗愚な王』……そんな汚名を着せられたままで」
「汚名もなにも、それは事実だろう」
今更何を……といった風にバルドは答える。
彼が言う通り、かつての事件で彼が取った行動からすれば、事実であると言う他はないだろう。
だが、レジーナは納得がいかない様子で言い募る。
「ですが!!父様は……!!」
「レジーナよ、その時の私の心の内がどうであったかなど関係のないことだ。多くの人々を不幸にした咎は私にある。愚かな王の愚かな行い……それは紛れもない事実だ。こうして静かに余生を過ごせているだけでも望外なこと」
「…………」
そう言われれば彼女も押し黙る他はない。
当の本人が納得して受け入れているのだから。
そして、そこで初めて父は少しだけ柔らかな表情を見せて、娘に別れを告げる。
「さあ、もう行きなさい。お前が言った通り、お前の人生はお前のもの。私などに囚われる必要はない」
「もう一つだけ……父様は、剣聖ジスタルの事は……」
「……彼には感謝している。欲望にとらわれ、暴走した私を止めてくれた。彼こそが騎士の中の騎士だ」
その言葉はやはり無表情で語られたものの、彼の本心からのものであるようにレジーナは感じられた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一人残された応接室の窓際で、娘が帰路につくのを見守りながらバルドは呟きを漏らす。
「レジーナ……お前が生まれてきてくれた、ただそれだけで私の人生には意味があった。例え愚か者と言われようとも……。私にとって、お前は女神様が授けてくれた奇跡の子なのだ」
そう言う彼の顔には、娘にはついぞ見せなかった慈しみの表情が浮かんでいた……
24
お気に入りに追加
1,145
あなたにおすすめの小説
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
1000年生きてる気功の達人異世界に行って神になる
まったりー
ファンタジー
主人公は気功を極め人間の限界を超えた強さを持っていた、更に大気中の気を集め若返ることも出来た、それによって1000年以上の月日を過ごし普通にひっそりと暮らしていた。
そんなある時、教師として新任で向かった学校のクラスが異世界召喚され、別の世界に行ってしまった、そこで主人公が色々します。
全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!
蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。
家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。
何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。
やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。
そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。
やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる!
俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
伯爵様の子供を身篭ったの…子供を生むから奥様には消えてほしいと言う若い浮気相手の女には…消えてほしい
白崎アイド
ファンタジー
若い女は私の前にツカツカと歩いてくると、「わたくし、伯爵様の子供を身篭りましたの。だから、奥様には消えてほしいんです」
伯爵様の浮気相手の女は、迷いもなく私の前にくると、キッと私を睨みつけながらそう言った。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる