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剣聖の娘、裏組織と戦う!
潜入前
しおりを挟むいよいよエステルが組織に潜入する時がやって来た。
もともと彼女を危険に晒すことに難色を示していたアルドが、心配そうに声をかける。
「エステル、くれぐれも気を付けるのだぞ。あくまでも自身の安全を最優先に考えてくれ。もし君に不埒な真似をするような輩がいたなら、その時は遠慮する必要はない」
「はい!えっちな事をされそうになったら潰します!!」
ナニを潰すのかは秘密だ。
皆聞かなかったことにしている。
「……取り敢えず、ギリギリまでは我慢してくれると助かるんだが」
ディセフが複雑そうな表情で言う。
仕える主君の手前、彼とてエステルに無理をさせる様な事はあまり言えないのだが……作戦の成否に関わるところなので、そう言いたくなるのは致し方ないところだろう。
「本当に大丈夫なのか?」
「何?心配してくれるの、クレイ?」
「そりゃあな。お前、大抵の事は力で解決するじゃないか。早々に大立ち回りを演じる光景が目に浮かぶよ」
彼は幼馴染の少女に危険が及ぶかもしれないということについては全く心配していない。
彼女を害することができる存在などいないと思っている。
それは、ある意味ではエステルに対する信頼の証なのだが……
「失礼な。それはその方が手っ取り早いからでしょ。私だって今回の作戦の……私の役割くらい分かってるんだからね!」
「それなら良いんだけどな……(本当かなぁ……?)」
その点に関してはクレイはいまいち信用しきれないのだった。
(多分、自分の身の危険については、ある程度我慢できるかもしれんが……他の囚われた女性が酷い目にあっていたら、果たしてどうかな……)
正義感の強い彼女が、他人の痛み我慢できるかどうか。
クレイはそれを懸念していた。
エステルのそういうところは彼女の美点であり、彼も好ましいと思っている。
しかし、彼女が作戦のために冷酷になれなければ……早々に自分たちの出番がやってくるかも知れない。
彼はそう考えていた。
そして、夕刻。
エステルは王都の人気のない路地裏へとやって来た。
彼女の他に、『アラン』に扮したアルドとディセフ、クレイの他、数人の騎士たち。
彼等は皆、騎士であることが分からないように、普通の平民の格好をしていた。
更に……
「いいか、おかしな真似は考えるなよ。この地域一帯には、俺たち以外にも市民に扮した騎士や兵達が配置についてお前達を監視している。エステル嬢に危害を加えようとしたり、おかしな動きを見せれば……」
「わ、分かってる……!俺たちだってせっかくの減刑の機会なんだ。馬鹿な真似はしねぇって約束する!」
「……ならば良い。しっかり役割をこなせよ」
「わ、分かった」
ディセフが念押ししている相手は、数日前にエステルが捉えたゴロツキ達である。
彼等は婦女暴行未遂、誘拐の現行犯として牢に収監されていたのだが、作戦に協力する事を条件に減刑……いわゆる司法取引が行われた。
エステルを潜入させるためには、どうしても組織の息のかかった人間が仲介する必要があるのだ。
「……よし、これでどうだ。キツくないか?」
「うん、大丈夫だよ~」
クレイがエステルを後ろ手に縄で縛る。
この後、更に猿轡をした上で麻袋を被せるのだが。
「縄は切れ込みが入ってる。いざとなれば、お前なら簡単に引き千切れるはずだ」
「うん。別に切れ込みなくても切れると思うけど」
「……まぁ、馬鹿力だからな」
エステルの物言いに、若干呆れたようにクレイが言う。
実際エステルにとっては、縄くらい無理矢理引き千切るのは容易なこと。
例えそれが鉄製の鎖であっても同じだろう。
……本当に人間だろうか。
「本当にそこまでする必要があるのか?」
アルドが不満そうに言う。
想い人がそんなふうに拘束されるのを見るのは良い気分ではないだろう。
「少しでも怪しまれたら、彼女が危険にさらされる可能性が高くなります。我慢してください」
「……分かってる」
当然彼も分かってはいるが、言わずにはいられないのは仕方がない。
(アルドへ~か、私は大丈夫です!心配してくれてありがとうございます!)
(!……ああ。どうか、攫われた娘たちを救い出すために君の力を貸してくれ)
(はい!お任せください!)
念話で話しかけてきたエステルに、アルドは一瞬だけ驚きの表情を見せるが……彼女の言葉に覚悟を決めて、大切な臣民の救出を託すのだった。
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