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剣聖の娘、裏組織と戦う!

作戦決行日

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 数日後。

 人身売買組織壊滅作戦を決行する……つまり、エステルが攫われた娘を装って潜入する日がやって来た。

 作戦に先立って、彼女はごく一般的な王都平民の娘の服装に着替えている。
 戦闘が発生することも考慮して動きやすさ重視の格好だ。


「普通の服って、何だか久し振りな気がする~」

 ここ数日の後宮暮らしで彼女はすっかりドレスなどの上質な服に慣れていたので、ついそんな感想も口をついて出てくる。
 やはり彼女はお洒落に目覚めたようであり、所作も多少は女らしさが増した……かもしれない。


 そしてエステルは作戦決行前の最終確認を行うため騎士団本部の作戦会議室へとやって来た。
 そこには既にアルドやディセフ、今回の作戦で実行部隊を指揮する隊長格の騎士たち姿があった。
 そして……


「来たか、エステル」

「あ、クレイ!」

 居並ぶ騎士たちの末席にクレイが居た。
 まだ入団したばかりの彼がこの場にいるのは、かなり異例な事だ。
 だが、先日のエステルとの手合わせで彼の実力は既に騎士団内部に広く知れ渡っており、今回の作戦においても大きな期待がかかっているのである。
 また、ここにはいないが、ギデオンも実働部隊の主力として抜擢されている。




「エステル、こちらへ」

「は~い」

 アルドが自分の隣を指し示し、エステルに着席を促した。

 この場の者の間では、エステルがアルドのお気に入りであることはすっかり定着している。
 王の態度を見れば、彼女を伴侶として迎えようとしているのは誰の目にも明らかだった。
 当の本人は全く認識していないが。


 そして、それを見たクレイは複雑そうな表情を浮かべる。
 それは、本当に彼女を王妃などにして大丈夫なのだろうか……という懸念の現れか。
 いや、あるいは…………?



「よし、これで揃ったな。ディセフ、頼む」

「はっ!」

 アルドの指示を受けてディセフが説明を始める。
 既に作戦の詳細は各部隊に共有されており、これは最後の認識合わせとなる。


「これより、こちらのエステル嬢に、攫われた街娘を装って組織の内部に潜入してもらう。今回の作戦は、彼女の類まれなる単身での戦闘能力があればこそだ」

 これまでも囮作戦は検討されてきたが、作戦遂行に足るだけの能力を持った女性騎士がいなかったため実践できなかった。
 その点、エステルは最強クラスの力を持つ上に、彼女の美貌は組織からすればかなりの『商品価値』があるはずだ。


「今回の作戦に当たり、一つ懸念があります。今まで集めた情報からの推測ですが……おそらく敵組織には相当な力を持った魔導師がいるのではないか、と言われております。エステルの剣術の腕前は大変素晴らしいとは思いますが……」

 騎士の一人がそんな懸念を口にした。

 彼がそういうのももっともな話だ。
 魔法は直接的な攻撃手段も脅威だが、真に恐るべきは搦め手にこそある。
 眠りや幻惑、思考誘導から果ては洗脳など……状態異常を引き起こすものや精神攻撃系は、どんなに屈強な戦士であっても成すすべもなく無力化されてしまう事がある。


「無論、突入部隊の中には宮廷魔導師からも人員を投入する予定だが……対魔法ということであれば、彼女にとってはそれほど脅威にはならないだろう」

「ほぇ?」

 アルドがエステルを見ながら騎士の懸念に答えた。


「それはどういう……」

「彼女は優れた剣士であり……そして聖女でもある。その身に悪しき影響を及ぼす魔法については耐性があるはずだ。毒も効かぬしな」

 アルドの言葉を聞いた騎士たちの間にざわめきが起きる。
 あれ程の剣の腕前を持ちながら、更に聖女の力まで持つとは……何という規格外の娘だろうか、と。
 そして、流石は王が伴侶に選ぶだけの事はある……と感心するのだった。


(この反応……アルド陛下は当然エステルの両親、師匠とエドナさんの事は知ってるみたいだけど、騎士団内部には知らされていないのか。……しかし、アイツはちゃんと潜入捜査なんか出来るのかねぇ?直ぐに暴れだすのがオチだと思うんだが)

 クレイは内心でそんな失礼な事を考える。
 しかし、それがエステルをよく知る者の率直な感想であるのは間違いないだろう。


 果たして、彼女は人身売買組織壊滅作戦を成功に導くことは出来るのだろうか?
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