63 / 151
剣聖の娘、裏組織と戦う!
執着心
しおりを挟むその日の夜。
昨日は夜更かししてアルドと手合わせしたエステルだが、晩餐(今回はアルドは来なかった)のあと直ぐに入浴して就寝した。
よく食べてよく眠る事こそ、彼女の元気の源だ。
まだお子様だから……ではないはず。
まだ他の者は起きているような時間なのだが、エステルはもう既にベッドの中でスヤスヤと寝息を立てている。
先程まで彼女の世話をしていたクレハも、部屋の主が就寝したため仕事を終えようとしていた。
ちょうどそのタイミングで部屋を訪れる者が……
「はい、どちら様でしょう……」
ノックする音を聞きつけたクレハが部屋の扉を開けると、そこにいたのはこの後宮そのものの主。
「アルド陛下?」
「ご苦労。あ~……その。エステルに会いに来たのだが……いま大丈夫か?」
少し遠慮がちに、視線を彷徨わせながらアルドは言った。
女性の部屋を訪れるのに慣れていない様子だ。
「エステル様は既にご就寝されましたが……」
「なに?……随分早いな。どこか具合でも悪いのか?」
「いえ、そう言うわけではなく、普段からこのくらいの時間には就寝なさっているらしいです」
「ふむ……(娯楽の少ない辺境出身なら普通……なのか?)」
実際のところ……確かに彼が思う通り、王都に比べれば地方の方が就寝時間は早いのかもしれない。
それにしても……ではあるのだが。
「それなら仕方ないか…………いや、顔だけでも見ておきたいな」
「……承知しました。どうぞお入りください」
本来なら女性の寝姿を見るなど……少なくとも、部屋の主の了承なしに男を入れるのは躊躇われるところ。
クレハも一瞬だけ悩んだが……ここは後宮で、アルドは後宮の主だ。
更に、エステルとアルドは既に……と、クレハは認識 (誤解)している。
それらのことを瞬時に判断して、彼女はアルドを部屋に招き入れた。
初めてエステルの部屋に足を踏み入れたアルドは、どこか緊張した様子だ。
「寝室はこちらでございます」
「あ、あぁ……(そう言えばこのメイド……勘違いしてるんだったな……)」
躊躇う様子もなくエステルの寝室を案内するクレハを見て、アルドはそう思ったが、特に勘違いを正そうとはしなかった。
「では私は失礼しますので……ごゆっくりどうぞ」
「う、うむ……」
これから何をすると思われているのか……そう考えると彼は気まずさを感じるのだが、クレハはあくまでも事務的に告げて部屋を出ていってしまった。
「……完全に誤解されたな。まぁ、何れは……だから別に構わないが」
彼は自分に言い訳するように独り言を呟いた。
だが、エステルの意志を無視してそういう関係になるつもりがないのは確かだ。
……半ば強引な手段で彼女を後宮に入れてはいるが。
今回は本当に顔が見たかっただけだ。
忙しい政務の合間を縫って、可能な限り彼女と交流をはかりたい……と。
このあと直ぐに政務に戻るつもりである。
そして彼は息を殺し、足音を忍ばせて寝室に向かう。
起こさないように気を遣ってるだけなのだが、その様子は完全に不審者のそれに見えた。
そして、やはり音を立てないようにして寝室の扉を開けて中に入る。
「すぅ~……すぅ~……」
大きなベッドの上で寝息を立てて眠る少女。
掛け布を纏めて腕の中に抱き、丸まって横になっている。
あまり寝相は良くないようだ。
「むにゃ…………ドラゴンのお肉……もっと……」
「…………何の夢を見てるのやら」
しばし彼女の寝顔を眺めるアルド。
起きているときの快活な様子と異なるエステルの姿。
こうして瞼を閉じて大人しく眠っていると、彼女の神秘的な美しさが際立ち、印象が全く異なるように彼は感じるのだった。
……寝言はアレだが。
「……あれ程の強さの持ち主とは思えないな」
こんな可憐な少女が、自分とほぼ互角の力を持つとは……と、改めて彼は思う。
そんな力を持ってたとしても、危険な任務を任せてしまったのは申し訳ない……とも。
例え王としての正しい判断であっても、アルドはそう思わずにはいられなかった。
自分でも戸惑うくらいに、アルドはエステルに惹かれている。
それは、彼女の太陽のような明るさや、真っ直ぐな性格を好ましく思った……と言うだけでは説明がつかない。
例えどんな手を使ってでも手に入れる……などと黒い感情すら抱いてしまう程に、静かな激情が彼の中で渦巻いているのだ。
(……このままここに居ては抑えが効かなくなりそうだ。そろそろ行くか)
彼はそう自覚してその場を去ろうとするが、最後に少しだけ……と、彼女に近付く。
ふわっ……と、仄かに甘い香りがアルドの鼻孔をくすぐった。
「ん…………」
エステルが身じろぎをして、微かな吐息の音が漏れるのを聞くと、アルドの心臓は跳ね上がる。
起こしてしまったのではないと分かると、彼はエステルの美しい紅い髪に触れようと、そっと手を伸ばした……
その時。
がっ!とエステルがアルドの手首を掴んだ。
「っ!?」
そして物凄い力でアルドを引き寄せて抱きついてきた。
「お、おい……エステル?」
「むにゃ……さむぃ…………エレナ、ジーク……おいで……」
どうやら寝惚けて妹弟と勘違いしているらしい。
「くっ……力が強い……」
エステルの手脚で完全にホールドされたアルドは逃れられない。
ぎゅうぎゅう、と力強く締め付けてくる。
……普段から彼女の妹弟は良く耐えられるものだ。
「ん…………あったかい………」
「……どうしたものか」
ひとまず抵抗するのは止めたものの、これからどうしようか……と悩むアルド。
流石に絞め殺される心配は無いとは思うが……彼の精神衛生上、非常によろしくない状況だ。
完全に密着してるので、柔らかな感触がゴリゴリと彼の理性を削り取っていく。
しかし。
「ん……クレイ…………」
その呟きを聞いたアルドは、す~……と一気に頭が冷えていくのを感じた。
「クレイ…………だと?君は……あいつの事が好きなのか?」
彼は呆然と呟きを漏らす。
(クレイは恋人ではないと言っていた。確かに雰囲気も恋人のそれではなかったが……)
初めて会った時に『恋人か?』と聞こうとしたのだが、クレイには食い気味に速攻で否定された。
それは照れ隠しなどではないように見えたのだが……エステルはそうではなかったのか?とアルドは思い悩む。
「…………まぁ、いい。これから俺の方を振り向かせれば良いだけの話だ」
そう宣言した彼は、唇をエステルの首筋に寄せて……
…………実際のところ、ここ最近の宿暮らしでエステルはクレイを湯たんぽ代わりにしようとしていただけで、先程の呟きもそれが原因だ。
クレイの名誉のために言っておくと、彼は彼女が抱きつこうとしてくるたびに、容赦なくベッドから追い出していたのだが……
そんな事を知る由もないアルドは、エステルへの執着心を更に強めるのだった。
15
お気に入りに追加
1,168
あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

目覚めれば異世界!ところ変われば!
秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。
ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま!
目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。
公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。
命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。
身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
みおな
ファンタジー
私の名前は、瀬尾あかり。
37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。
そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。
今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。
それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。
そして、目覚めた時ー

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる