上 下
52 / 145
剣聖の娘、裏組織と戦う!

誤解

しおりを挟む

 エステルが宿でクレイと話をしている頃。


 国王アルドは朝早くから執務室で書類と格闘していた。
 今夜もまたエステルに会いに行こうと思い、なるべく早く仕事を片付けたいと思ったからだ。

 熱めのお茶を淹れてもらい、時々それを口に含んで眠気を覚ましながら決裁を進めていく。



 コンコン……

「失礼します」


 そこへ宰相フレイがやって来る。
 彼は入室するなり、挨拶もそこそこに切り出した。


「陛下……」

「ん?……どうした、そんな険しい顔をして?」

 まあ、フレイのそれは割とよく見せる表情なので、そう聞きながらもアルドはそれほど気にせずに、書類を眺めながらカップを口に運ぶ。


「陛下……あまり関心しませんね」

「?……何がだ?後宮の中庭のことなら……」

「それもそうですが……。私が言いたいのは、その……これまでの事を思えば、女性に積極的になるのは良い事だと思います」

「……?」

「しかし、数日前に出会ったばかりのエステル嬢に手を付けるのは、いくらなんでも早急すぎるのではないでしょうか」

「ブフーーーッ!?」


 少し遠慮がちに……しかしはっきり言われた言葉に、思わず口に含んだお茶を盛大に噴くアルド。


「な、な……何を言ってるんだ!?」

「……違うのですか?」

「違うわ!!……一体どこからの情報なんだ、それは……」

「エステル嬢の世話人が……エステル嬢が、それはそれは嬉しそうに『陛下と一戦交えた』と言っていた……と。ドリスから報告がありました」

「あ~……」

 その報告にアルドは額に手を当てて天を仰いだ。
 どうやら大きな誤解が生じているようだ……と。


「……それは言葉通りの意味だ。隠語ではない」

「そうですか。まぁ、そんな事だろうとは思ってました」

「…………」

 何だか言外に『ヘタレ』と言われた気がしてアルドは複雑そうな表情だ。



「それはともかく……彼女にちゃんと事情は説明されたのですか?」

 フレイは更に聞くが、こちらの方が本題だろう。


「とりあえず、俺が画策して後宮審査会を受けさせたことは話したが……」

「……何だか歯切れが悪いですね?」

「ん、まぁな……。実は……」


 そうして、アルドはフレイに昨夜の経緯を説明する。
 あのエステルの盛大な勘違いと、二人で手合わせしたことを。



「……はあ。『極秘任務』……ですか」

「すまん。俺には否定できなかったよ。ああも嬉しそうにされるとな……」

「……別にそれはよろしいのでは。実際のところ、後宮の警護体制については課題となってましたし。エステル嬢ほどの達人がいてくれればこちらとしても助かりますね」

「そうだな。近々、騎士団から女性騎士を選抜して……彼女に引き合わせるか。……本当は普通に後宮に迎えたかったんだが」

「良いではないですか。むしろお互いを理解するための時間ができたと思えば良いのですよ」

「そう……だな。その通りだ」

 フレイの言葉を受け、自分に言い聞かせるように呟くアルド。

 そして、エステルの妄想の産物に過ぎなかった『極秘任務』であるが……どうやら本当に体制が組まれる事になるようだ。
 嘘から出たまこととはこの事だろう。





「そう言えば……後宮入り候補の中にはレジーナ様もいらっしゃる、とか……」

「ああ。ミレー侯爵家令嬢とともに、エステルとも大分打ち解けているように見えたな」

「……エステル嬢が彼らの娘であることは?」

「知らないはず……とは思うが。……何だ?不安なのか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……少々、因縁めいたものを感じたので」

 フレイはそう言うが、その表情には隠しきれない不安の色が僅かに見えた。


「因縁……か。確かにそうかもしれん。だが、前も言った通りもう既に終わった事。彼女たちには関係ない。そうだろう?」

「……ええ、そうですね」

 それきり二人は押し黙る。
 それは内心で自らに言い聞かせているようにも見えた。

 だが……一度感じてしまった不安の火種は、このあとも彼らの心の奥底で燻り続ける事になる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

1000年生きてる気功の達人異世界に行って神になる

まったりー
ファンタジー
主人公は気功を極め人間の限界を超えた強さを持っていた、更に大気中の気を集め若返ることも出来た、それによって1000年以上の月日を過ごし普通にひっそりと暮らしていた。 そんなある時、教師として新任で向かった学校のクラスが異世界召喚され、別の世界に行ってしまった、そこで主人公が色々します。

全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!

蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。 家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。 何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。 やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。 そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。 やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる! 俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

伯爵様の子供を身篭ったの…子供を生むから奥様には消えてほしいと言う若い浮気相手の女には…消えてほしい

白崎アイド
ファンタジー
若い女は私の前にツカツカと歩いてくると、「わたくし、伯爵様の子供を身篭りましたの。だから、奥様には消えてほしいんです」 伯爵様の浮気相手の女は、迷いもなく私の前にくると、キッと私を睨みつけながらそう言った。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...