49 / 144
剣聖の娘、後宮に入る……?
真夜中の手合わせ
しおりを挟む愛剣を返してもらったエステルは、その調子を確かめるようにビュンビュンと振り回す。
彼女にとってはショートソードなど小枝のようなものである。
その細腕からは想像も出来ないほどの膂力を誇り、辺境の魔物と戦うときはその倍以上はある大剣を用いるのが常なのだ。
だが……それが本来の得物では無いとはいえ、その技量は全く劣るものではない。
むしろ、父である剣聖ジスタルはオーソドックスな片手剣を得意とするため、その技を徹底的に仕込まれた彼女の剣技は至高の領域にあると言っても過言ではない。
一方のアルドの得物は、エステルとそう変わらないショートソード。
王が持つ剣という割に、華美な装飾などなく実用一点張りのものだ。
そして、エステルとアルドはある程度距離を置いて対峙する。
エステルは正眼に構える。
アルドも中段だが……少し右側に傾けてエステルの左肩口に狙いを定める構え。
先程までの和やかなは空気は霧散し、二人の闘気の高まりとともに、張り詰めた糸のような緊張感がその場に漂い始める。
木の薫りを纏った夜風が、二人の間に早咲きのプリュケスの花のひとひらをどこからともなく運んできた。
薄桃色のそれがゆっくりと落ちていき……地面に触れようとする、その刹那の瞬間。
ガキィンッ!!!
剣と剣を打ち鳴らす激しい金属音が中庭に響き渡り、火花が散った。
お互いが同時に、神速の踏み込みで間合いに飛び込んで剣を振るったのだが……構えの態勢から次の瞬間にはもう切り結んでいた。
そして、常人では視認すら不可能な初撃のあと、両者とも一所には留まらず、やはり神速の足さばきと斬撃を幾度となく繰り出す。
キィンッッ!!
キンッ!キキンッ!!
キキキキィンッッッ!!!
超高速で振るわれる刃は照明の光を照り返し、その斬撃の軌跡が無数の流星となって闇に刻まれる。
そして衝突するたびに星屑の輝きをまき散らす。
(……やっぱり強い!!クレイより……ううん、もしかしたらお父さんより強いかも知れない……!)
剣戟の応酬のさなか、エステルは戦うための思考とは切り離された頭の中の別の部分でそう考える。
かつて彼女が戦った者の中での最強は、言うまでもなく父ジスタルだ。
その父をも超えるかもしれない相手に、エステルは喜びに打ち震え笑みを浮かべた。
それは戦う者がするような獰猛なものではなく、純粋な喜びを表す無邪気な笑顔。
彼女は純粋に、心の底からこの戦いを楽しんでいるのだ。
その一方でアルドは……
(……やはり強いな。今のところ俺と互角か。だが……今も本気に違いないが、まだまだ引き出しはあるだろう。……お互いにな)
彼もエステルと同じように並列思考でそんなことを考えていた。
いつしか戦いはより一層激しさが増し、やがて中庭いっぱいを使って嵐のごとく吹き荒れる。
彼らの踏み込みによって方々の地面は抉られ、斬撃の余波が庭木や植込みの枝葉を無惨にも切り飛ばす。
……朝になったら庭師が真っ青になる事だろう。
今更ながらその惨状に気が付いたアルドは、『少々やりすぎたか……』とようやく思い至り、これ以上ここで戦いを続けるのは止めておいた方が良いと判断する。
だが、完全にゾーンに入ってしまってる二人の戦いは急に止めることができない。
下手に手を止めれば、瞬く間に暴風に飲み込まれて蹂躙されてしまうだろう。
(……さて、どうしたものか?)
エステルの実力を考えれば、これ程の戦いになることはアルドは十分予想できた。
彼女を引き留めたい一心で手合わせを提案したが、少し早まったか……と彼は思った。
だが、今も楽しそうな笑みを浮かべているエステルの表情を見ると、やはり良かった……とも思える。
とにかく、何とかして戦いを終わらせなければ千日手にもなりかねないような勢いだった。
(……仕方ない。彼女なら大丈夫だろう)
アルドはそう覚悟を決めると……
足を止めて、だらん……と剣を下げてしまう。
未だ激しい剣戟が繰り返されていた中での、突然の行動である。
「!?……っ!!」
エステルは、アルドが突然無防備な態勢になった事に驚愕して、彼に振るわれようとしていた斬撃を既のところで止めた。
「な……なんで急に止めるんですか!?あ、危なかったじゃないですか!!」
非常に珍しいことに、エステルは怒りをあらわにしてアルドに詰め寄る。
いかにエステルと言えども、達人同士のギリギリの戦いのさなかで振るった剣を急に止める事は難しい。
危うくアルドに怪我をさせてしまうところだったので、彼女が怒るのも無理はないだろう。
だが、彼は努めて冷静に言う。
「……周りを見てみろ」
「え?………………あ」
言われて辺りを見回して、ようやくその惨状に気付いたエステル。
そして、慌ててアルドに謝った。
「あわわ…………ご、ごめんなさい!!」
「あ、いや。これをやったのは俺も同じだ。だが流石にこれ以上は自重しておかないとな……」
辺りを見回せば、手入れが行き届いて美しかった後宮の中庭は惨憺たる状況となっていた。
切り飛ばされた無数の枝葉や花々。
それが当たり一面に飛び散って、まるで嵐でもやってきたかのような無惨な光景だ。
常人離れした二人の戦いを受け入れるには、どうやら繊細すぎる場所だったようだ。
「うう……どうしましょう……」
「……まぁ、君は気にしないで良い。俺が誘ったんだしな(……俺はドリスに説教されるだろうが)」
この状況が発覚したときの事を思うと、アルドは内心でため息が出そうになるが……彼の自業自得なので、甘んじて小言を受け入れる覚悟を決めた。
「それよりも、手合わせはどうだった?」
「はい!アルドさまはやっぱり凄く強くて……楽しかったです!!」
青ざめた顔から一転、満面の笑顔でエステルは答えた。
それを見たアルドは後悔の気持ちなど全て吹き飛んでしまうのだった。
「…………」
寝静まっていたはずの後宮の一室で、エステルとアルドのやり取りを見つめる者が居た。
実は手合わせの前に、アルドは音が周囲にもれないように魔法を使っていたのだが……その人物は彼女たちが手合わせをする前からずっと、一部始終を見ていたのだ。
「エステル…………思った通り、ただの令嬢などではありませんでしたか」
今も楽しそうに話をしている二人を見つめながら、その人物はそんな呟きを漏らす。
「…………果たして、この先どうなるのでしょうね?」
何か含みがあるようなその言葉を聞くものは、誰もいなかった。
2
お気に入りに追加
1,145
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む
めぐめぐ
ファンタジー
魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。
彼女はお茶を飲みながら、青年に語る。
婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を――
※終わりは読者の想像にお任せする形です
※頭からっぽで
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!
蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。
家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。
何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。
やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。
そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。
やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる!
俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる