上 下
45 / 144
剣聖の娘、後宮に入る……?

その頃の男たち

しおりを挟む


 エステルが後宮で晩餐会に臨んでいるころ……

 クレイは何故かギデオンと一緒に食事をしていた。

 場所はクレイ(と、本来はエステルも)宿泊している宿の近く、歓楽街にある酒場兼食堂だ。
 歓楽街と言っても色街などではなく、彼らが入ったような店が集まった区域で、治安もそれほど悪い訳では無い。
 酒に酔った客たちの陽気で賑やかな声で、店内は喧騒に包まれている。

 そんな中にあってクレイは少し不機嫌そうな顔をして、目の前に座るギデオンに向かって愚痴を零しているところだった……


「まったく……一体どうなってやがる。結局アイツ、帰ってこないし。王城に泊まるだって……?何だってんだ」

 騎士登用試験が終わったあと、彼のもとに伝言があった。
 曰く、『エステルは今日、王城に泊まるので、君は心配せずに先に帰って大丈夫だ』……と。


「あの嬢ちゃん、お前より強ぇんだろ?にわかには信じられんが……しかし、それなら特別待遇も分からんでも無ぇ」

「ああ、それは分かる(師匠の事が知られてるなら尚更な……)。だが、それはつまり……」

 クレイは複雑そうな表情で言う。
 ……何だか物凄くイヤそうな顔だ。

「どうした?」

「……いや、つまり、幹部待遇の可能性があるよな?」

「……腕っぷしだけでそうなるとは思わんが、そう言う可能性はあるかもな」

「うわ~……ありえね~……アイツが上司とかないわ~」

 顔を顰めながらクレイは言った。
 本当に嫌そうである。
 これまでの彼の苦労を思えば、それも仕方がないだろう……

 そしてある意味では、エステルが彼らの上司になると言うのはあながち間違ではないのかもしれないのだ。
 それはおそらく、彼らの予想の斜め上を行くだろうが……


「……だが、お前の言う通り、腕っぷしだけじゃそうはならないよな。じゃあ、大丈夫か」

 そう考えると少し安心するクレイだが、一抹の不安は拭いきれない。

 そして、その失礼とも言えるクレイのエステル評を聞いたギデオンは、複雑そうな表情で聞いた。

「……彼女は腕っぷしだけなのか?」

「そうだ」

 ノータイムで返すクレイ。
 なんなら若干食い気味だった。


 そして彼はギデオンに、いかにエステルが能天気で、適当で、何をしでかすか分からない娘であることを力説する。
 幼い頃からの数々のエピソードを交えて……

 それを聞くギデオンの表情は、段々と引きつって行くのだった…………







「そ、そうか……苦労したんだな、お前も」

「そうか、分かってくれたか!お前は良いやつだなぁ……」

 これまでの鬱憤を晴らすかのように語り終えたクレイは、ギデオンの労いの言葉に薄っすら涙すら浮かべた。
 そして話を聞いてくれたギデオンに感謝する。


「よし、ここは俺の奢りだ!じゃんじゃん食ってくれ!」

「……どんだけなんだよ、あの嬢ちゃん」

 あまりのクレイの喜びように、むしろギデオンはドン引きしている。


「あぁ……そういやお前、アイツに惚れたんだっけ?やめとけやめとけ。苦労するのは目に見えてるぞ」

「ばっ!馬鹿野郎!べ、別に惚れてなんか!…………いや、そうだったとしても、お前の話を聞いたらなぁ……」


 どうやらエステルは、自身が預かり知らぬところで、まだ始まってすらいない恋愛フラグをへし折られたようだ。
 そして、その事実を彼女が知ることは二度とないだろう……







「ところで、嬢ちゃんの事は置いといて……俺等はどうだ?」

「ん?試験のことか?大丈夫だろ。俺とお前は合格間違いないさ」

 ギデオンの問にクレイは事も無げに断言する。
 今日集まった者たちの中では、二人が突出した力を持っていたのは誰の目から見ても明らかである。

 しかし、ギデオンはクレイに手も足も出ずに敗北したため、少し不安になっていたようだ。
 あんな挑発をしてきた割に、見た目によらず繊細なのかも知れない。


「むしろ試験官の騎士よりも俺等のほうが既に実力は上だと思うぞ。お前が不合格なら全員不合格だろ」

「……そうか。それを聞いて安心したよ」

 ホッとしたように彼は言った。

 その様子を見たクレイは、何となく気になって質問をする。


「お前、何で騎士を目指してるんだ?腕を活かすならハンターとかもあると思うが……」

「ん?あぁ……別に大した理由じゃ無ぇが……。ウチは母子家庭でな……お袋に楽させてやりたいと思ってな。ハンターなんかより、騎士の方が安定してるしよ」
 
「そうか……俺もな、家族は母親だけなんだ……まぁ、もともとはエステルに触発されたってのが大きいんだが、お前と同じ理由だな」

 クレイは自分と同じ境遇であるギデオンに共感し、自分も同じ身の上だと明かす。




 そんなふうにして、彼らは親睦を深めるのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!

蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。 家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。 何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。 やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。 そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。 やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる! 俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

処理中です...