上 下
18 / 144
剣聖の娘、王都に行く

王城見学

しおりを挟む


 騎士団登用試験まで、あと数日となったある日。
 ここ数日、エステルとクレイは王都を散策して土地勘を養っていた。

 そして、本日は……


「……本当に大丈夫か?」

「大丈夫だって!!私は一度通った道は忘れないよ!」

「……お前、一度行った場所なんか興味無いだろ」

「シモンの民たる者、常に開拓者の精神を持たないと!」

「言ってる事が矛盾してるのに気付いてくれ……」


 二人が何を話しているかといえば……

 クレイが今日は図書館に行ってみたい、と最初提案したのだが、全く興味がわかないエステルが「だったらそれぞれ単独行動にしよう!」……言い出したのだ。

 何かと小姑のようにうるさいクレイの目から離れて伸び伸びしたい……と思ったわけではない。
 ……はず。


「迷子になったら適当に彷徨くんじゃなくて、巡回の兵士とかに聞くんだぞ。宿の名前は分かってるな?」

 まるで小さな子供に言い聞かせる母親のように何度も確認するクレイ。

「も~う、分かってるって!!うるさいなぁ~」

 ……やはり、少しうるさいと思っていたようだった。


















「ん~……のびのび~!ふ~ふふんふん~ふ~……」

 クレイと別れたエステルは、賑わいを見せる街路をひとり歩いて行く。
 調子外れな鼻歌すら飛び出すほど開放感を感じているようだ。

 ……散々クレイにおんぶに抱っこだった癖に、随分現金なものである。



「さぁ~て、どこに行こうかな~。まだ行ってないのは……あっちの方かな?」

 早速、開拓者精神とやらを発揮することにしたらしい。
 複雑に入り組んだ街の街路を迷いなく進んでいくエステル。
 完全に直感で道を選んでいるが、エステル・シックスセンスがポンコツであることを彼女は自覚していない。
 果たしてどうなる事か……









「あれ~?随分人が少なくなったね……」

 暫く街を適当に歩いてたエステルだったが、あれほど賑やかだった喧騒がいつのまにか遠ざかっていた。
 周囲の建物も一つ一つが大きく、閑静な住宅街といった雰囲気だ。


「何か、デニス様のお屋敷みたいなのがたくさんある……あんまり面白そうな場所じゃないかな?……ん?」


 キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていたエステル。
 ふと、彼女はある一点を見つめる。
 どうやら何か彼女の興味を惹くものがあったようだ。


「あれってもしかして……お城かな?」


 エルネ城は宿泊している宿からも遠目に見えていたが、随分近くまでやって来たらしく、その威容がはっきりと確認できた。


「あそこに王様がすんでるのか~……よし、近くで見てみよう!!」


 自分が住む国の王様など、彼女はいまいちピンと来ていない。
 ただ、彼女が騎士に興味を持つきっかけとなったのは、デニスから『若き王はかなりの実力者』だと聞いたからだ。
 父やデニスは呆れていたが、いつか手合わせしてみたい……と、彼女は本気で思っていた。


 俄然興味が湧いてきた彼女は、逸る気持ちのままに足早になって王城を目指すのだった。













 そしてやって来たのは王城前の大広場。
 先程までの閑散とした雰囲気から一転、観光客らしき多くの人々により再び賑わいが見られるようになった。


「おぉ~……さすが王様が住んでるところだね~。凄く大きい!!この前見た神殿よりも大きいな~」

 間近に王城を見たエステルは目を輝かせる。

 大広場から王城に続く城門には門番の兵が立っているが、門は大きく開け放たれていて自由に出入り出来るようだ。

 その先、前庭を挟んで優美かつ壮大な城が建っていた。
 ここまで間近に来ると、その全容を全て視界に収めきれないくらいに大きな城だ。


「へぇ……中に入れるんだ~。折角だから見学してこうっと」


 エルネ城は王の居城というだけでなく、国政の中心であり、行政手続きの場でもある。
 そのため、一般に開放されている区画までは自由に出入りすることができ、多くの観光客も訪れているのだった。



「こんにちは~!!お疲れ様です!!」

 元気な挨拶をしながら城門をくぐるエステル。
 門番の兵士たちは、美少女に声をかけられ満更でもない様子でにこやかに手を振って応える。


 人の流れに乗って進むと、まず道の両側に綺麗に整えられた庭園が出迎えてくれる。
 そこも自由に入ることが出来るようで、そこかしこに休憩用のベンチや四阿ガゼボが設けられて憩いの場となっている。


 さらに進むと、いよいよ城の中に入っていく。


 高いアーチ状の天井をもつ広い廊下が真っ直ぐ続き、暫くすると広大な玄関ホールに辿り着く。

 ここは市民の行政上の各種手続きを行う場所となっていて、観光客に混じって一般市民らしき人たちもちらほらと確認できた。


「ふぅん……お城の中ってこんななんだ~……」

 感心した様子でキョロキョロと辺りを見回しながら、さらに奥に進もうとする。


 その時……



「……ん?君は……エステルじゃないか?」


 突然、エステルに声をかけてくる者がいた。

 彼女が声がした方を振り向くと、そこにいたのは……


「あ……アランさんじゃないですか!!こんにちは~!!」

「あぁ、こんにちは。……どうしたんだ、こんなところで?一人か?」

「はい!!今日はクレイとは別行動です!!」

 思いがけず知り合いと出会ったエステルは、嬉しそうに答える。


「そうなのか。……ふむ、だったら俺がこの城の中を案内しようか?」

 少し考えてから、アランはそんな提案をする。
 ……彼の目が一瞬、怪しげな色を見せた事に、エステルは気が付かなかった。


「え、いいんですか?ぜひお願いします!!」

 アランの提案に、エステルは悩むこともなく即座に返事をする。
 彼女の中に遠慮という言葉はない。


「よし、それじゃあ案内しよう」


 こうして、エステルはアランの案内のもと、王城見学を行うことになるのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!

蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。 家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。 何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。 やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。 そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。 やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる! 俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

処理中です...