上 下
9 / 151
剣聖の娘、王都に行く

シモン村

しおりを挟む


 行商人一行と別れた父娘は、その後はスピードを緩めることなく疾走し……馬車で3日以上かかるはずの行程を、わずか半日で駆け抜けてしまった。

 ウィフニデアを出発した時は天頂にあった太陽は、既にかなり傾いて西の森の中へと沈みつつあった。

 夕日に赤く染まる辺境の広大な森林地帯。
 その入口に、父娘が暮らすシモン村があった。


 集落は木の柵で囲われているが、それは防壁の役割を果たすのには余りにも頼りなく、あくまでも村の敷地を示す以上の意味は無さそうだ。

 一応、門らしきものもある。
 観光地でもないのに『ようこそシモン村へ!』などと看板が掛けられていた。
 やたらとカラフルでポップな意匠……一体誰が描いたのだろうか?

 その門には二人の若い男女が、門番のように立っていた。
 いや、革鎧を纏って佩剣してるところからすれば、実際にそうなのだろう。

 彼らは猛スピードで接近し、村の手前で急制動をかけた父娘に直ぐに気が付いて声をかけてきた。


「あっ、団長!!お帰りなさい!!」

「お帰りなさい!!」

「おう、お疲れさん」

「ただいま~!!」

 人口は精々100人程度の小さなシモン村だ。
 当然彼らは顔見知りである。
 気軽な様子で挨拶を交わす。


「俺たちの留守中に何か変わったことは無かったか?」

 自警団の実力者トップツーが不在だったので、ジスタルは念のため不在の間の村に問題がなかったか確認する。


「いや、特には……迷いドラゴンが近くまで来たんで退治したくらいですかね~」

「そうか」


 ……さらっと言ってるが、犬猫ではなくドラゴンだ。
 竜種としては小型で低ランクではあるが……本来であればウィフニデアの騎士が総出で対処するような魔物である。

 それを、さも日常のように……否、彼らにとっては日常であった。
 一体シモン村とはどんな人外魔境なのか……


「やたっ!じゃあ、今日はご馳走だね!」

「もう解体して各家庭に配ってるよ~」


 竜種の肉は高級食材である。
 王侯貴族でも滅多に食べられるものではない。

 それが、ここシモン村ではたまにあるご馳走程度の認識だ。


「お父さん、早く帰ろう!!」 

「分かった分かった。(やっぱりこいつは、色気より食い気だよなぁ……)」

 流石にもう少し女らしくても……と思わなくもないジスタルであったが、それはもう今更である。
 剣術に興味を示した彼女に、喜々として剣を教えたのは彼。
 エステルが少女らしい事に興味を示さないのは、彼にも責任の一端があるのだから……



















「ただいま~!!」

「帰ったぞ~」

 シモン村の大広場に面した自宅に帰ってきたエステルたち。
 元気よく帰宅を告げて中に入ったエステルは、家の中に充満する美味しそうな匂いに思わず鼻を鳴らす。

「うわぁ……いい匂い!今日はドラゴンシチューだね!!」

 色気より食い気のエステルは、匂いから今日の晩ごはんのメニューを察して目を輝かせる。
 母の作るシチューは彼女の大好物。
 しかも、今日はドラゴン肉が入った豪華版のはず。
 今からその深い味わいを想像して、急にお腹が空いてくるのだった。


 そして、彼女たちの帰宅を迎えるのは……


「お帰りなさいエステル。あなたも、お疲れ様」

 エステルの母エドナは3児の母……それも、一番上は15歳の娘がいるとは思えないほどに若々しい。
 夫のジスタル共々、非常に年齢不詳だ。

 彼女は、波打つ金髪と澄んだ水面のように透き通った青い瞳が印象的な美女である。
 常に柔らかな笑みをたたえ、物腰の柔らかな彼女は村の皆から慕われていた。

 エステルの美貌と青い瞳は母親譲りだろう。
 二人並べば、姉妹に間違われるかもしれない。



「おねーちゃん!おとーさん!お帰りなさい!」

 エステルの5つ下の妹エレナは明るく元気な可愛らしい女の子。
 赤い髪と青い瞳は姉妹でお揃いだ。


「ねーちゃ、とーた、おかえいなしゃい」

 少し舌足らずな小さな男の子は、エステルの弟、ジーク。
 御年3歳で、家族の誰もが彼にメロメロである。


「エレナにジーク、いい子にしてたかな~?」

 二人を抱き寄せて頭を撫でくり回すエステル。

 きょうだいの仲睦まじい姿に、父と母は穏やかな優しい目で見守っていた。






















「ご馳走さま!!あ~……美味しかった~!!」

 夕食のシチューをすっかり平らげ、エステルは満足そうにお腹をさすってご満悦である。


「あらあら……随分たくさん食べたわね。もう少し控えないと太るわよ?」

「大丈夫!!食べた分は、たくさん鍛錬するから!!ね?父さん!」

「そうだな。でも程々にしないと、ムキムキになっちまうぞ」

「え~!そんなおねーちゃん見たくない~!」


 家族団欒の楽しげな会話で盛り上がる。
 エステル一家のいつもの光景だ。



 だが、エステルがその話を始めたとき、空気が変わった。

















「王都……?」

「うん!!私、騎士になりたいの!!」

 デニスと話した内容を母に説明し、エステルは自分の希望を伝える。

 その話を聞いた母エドナは、複雑そうな表情だ。
 幼くも聡い妹と弟は敏感に空気を察知して黙って聞いている。
 ジスタルは目を閉じて口出ししない。


 そして……


「……私は、反対だわ」

「むぅ……どうして?」


 詳しくは聞いたことは無いが、エステルは父や母が王都に良い感情を持っていないことは知っている。
 なので、母がそう言うであろうことは予想はしていた。
 しかし、理由もわからないまま引き下がるわけにはいかなかった。


「あなたみたいな世間知らずが王都なんかに行ったら……悪い男に騙されて身ぐるみ剥がされて娼館に売られるのがオチよ」

「怖っ!?」

「いや、それは流石に極論すぎるだろ……」

 エドナの物言いにエステルは悲鳴を上げ、ジスタルはツッコミを入れる。


「まぁ、エドナのは大袈裟だが……人が多い分、悪い奴も多いだろうし、田舎モンが暮らしにくいのは確かだ」

「悪い奴はやっつけるよ!」

「そんな事したら逆に捕まりかねんぞ。王都に限らず、正当防衛ならまだしも暴力は容認されないからな」

「むぅ……じゃあ、どうしたら許してくれるの?」

 頬を膨らませて不満そうに彼女は聞く。

 母はそれには答えないが、父はしばし思案し……助け舟を出してくれる。

「そうさな……お前一人で行かせるのは心配でしょうがないが、誰か一緒に連れてくなら…………それならどうだ、エドナ?」

「…………そうね。私だってエステルがやりたいことを否定したいわけじゃないし……」

 渋々ながらも了承するのだった。



「誰かもう一人……?」

「お前が王都に行くと言えば、子分共が大人しくしてないだろ」

「う~ん……そうかなぁ?だとしても、そんなにたくさん連れて行ったら村が大変だよね……連れてくとしても一人だけかな」

「(なるべく、こいつの暴走を止めてくれるヤツがいいんだが)とにかく、明日にでも自警団で聞いてみたらどうだ?」

「分かった!そうするよ!!」


 こうしてこの場では一旦話は終わり、王都行きの話は明日に持ち越しとなるのだった。

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!

幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23  女性向けホットランキング1位 2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位  ありがとうございます。 「うわ~ 私を捨てないでー!」 声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・ でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので 「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」 くらいにしか聞こえていないのね? と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~ 誰か拾って~ 私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。 将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。 塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。 私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・  ↑ここ冒頭 けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・ そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。 「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。 だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。 この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。 果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか? さあ! 物語が始まります。

処理中です...