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プロローグ

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「はっ!せいっ!!やぁっ!!」



 色めく花々が咲き誇る庭園。

 そこは一見して綺羅びやかな……しかしその実、ドロドロとした愛憎渦巻く女の園。
 年若き王の伴侶、妃の候補となる女性が集められた後宮の一画である。

 そんな場所には似つかわしくない快活なかけ声が、広々とした庭園に響いていた。


「はっ!ふっ!!せぇいっ!!」


 声の主……背中まである鮮やかな赤い髪を無造作に首の後ろで纏め、動きやすさ重視の簡素な服を着た少女は、掛け声を発しながら一心不乱に手にした木剣を振るっている。
 その格好は、およそ後宮住まいの女性とは思えないものだが、彼女は世話役の女官などではなく歴とした妃候補の一人である。

 服装に惑わされず、よくよく見てみれば……
 やや幼さが残るものの、透き通るような碧い瞳が彩る凛とした美貌は、なるほど、妃候補と言うのも頷けるかもしれない。




 そんな彼女に近付く数人の人影が。

 剣を振る少女の様子に眉を顰め、苦言を呈するべくやって来た他の妃候補たちだ。
 皆、少女よりも年上らしき妙齢の女性ばかり。

 その中の一人が代表して声をかける。


「ちょっと」


「はぁっ!!やぁっ!!」


「……もし?」


「つぇいっ!!てりゃあっ!!」


「っ!無視するんじゃないわよっ!!!」


 声をかけた妃候補は、少女がこちらに全く気が付かない事に腹を立て、手にした扇を畳んで彼女に投げつける!


「っ!?ていっ!!」

 カンッ!


 自分に向かってきた扇を察知した少女は、木剣でそれを弾き返した。
 それは投げた主のもとに、投げた時よりも倍するほどのスピードで一直線に向かい……


「痛っ!!?」


 投じた手元に当たって庭園の芝生に落ちた。





「…………あれ?どうしたんですか?皆さんお揃いで」

 流石に剣を振るうのを止めた少女は、集まっていた妃候補達に向き直って不思議そうに聞く。


「いつつ……どうした、じゃありません!!何で声をかけてるのに無視するのですか!!」

「あ、レジーナさん、すみません。私、剣の稽古で集中すると周りが見えなくなっちゃって……あ、殺気とか攻撃されれば、バッチリ気が付きますから大丈夫です!」

「誰もそんな事は心配してません!……いいですか、エステルさん。ここは後宮です。将来の妃や側室に相応しい女性となるべく、互いに研鑽を重ね高め合うところ。気品、礼節、教養……そういったものが求められる場所なのですよ。それなのに、あなたときたら……」

 レジーナが、こんこんとエステルを諭す。
 しかし、当のエステルはあっけらかんと言い放つ。


「はい!だから、毎日の稽古は欠かせませんよね!」


 ……ぶちぃっ!


「キェーーッッ!!!」

 どうにも話が通じないエステルに業を煮やしたレジーナは、頭を掻きむしりながら奇声を上げる!

「れ、レジーナ様!!お気を確かに!!」

「ご乱心!!レジーナ様ご乱心!!」


 ……とても、気品がある女性たちのやり取りには見えなかった。






















「……取り乱してしまい申し訳ありません」

「いえ~、お気になさらず」

「(イラッ……!)……ふぅ。まぁ、良いです。それにしても、何であなたみたいな人が選ばれたのか……不思議でなりません」


 妃候補として後宮に入る事が出来るのは、厳選な審査のもと選ばれた女性だけ。
 容姿はもちろん、家柄、教養、人脈、人柄……様々な素養が最高レベルで求められるのである。

「あなた……どの家の出だったかしら?」

「家?え~と……辺境のシモン村の……父さんは村の自警団団長をやりながら、母さんと一緒に畑仕事してますね。弟と妹が一人づつの3人きょうだいです!」

「つまり、平民でいらっしゃる……と。この時点でおかしいのですけど」

 そもそも妃候補ともなれば、それは貴族家の女性から選ばれるのが普通だ。
 歴代の王の中には平民から正妃を娶った者もいたらしいが……それはあくまでも例外中の例外。
 実際に、この後宮に入るための選抜試験のようなものがあるのだが、それは貴族家に対してのみ募集が通達されている。

 そうなると、エステルがこの場にいるのは有りえないことになるのだが……


「いや~、私も良く分からないんですよね。騎士の登用試験を受けに来たはずなのに。どういうわけか気が付いたらここにいたんですよ。あはは~」

「あはは~、じゃありません!!何でそんなにのんびりしてるんですか。……どうやら手違いがあったみたいですね。今からでも事情を話して……」

 と、そこで側に控えていた年配の女官が話に加わる。

「失礼します。僭越ながら……エステル様は確かに手違いがあったようですが、それは選考者も認識されてるとの事です。その上で、エステル様が現在後宮に入られているのは正式に認められているのです」

「……何故、そんな事を?」

「それは私めには分かりかねますが……世の中には、ミスを認めたくない方が一定数いらっしゃるものと存じます」

 ともすれば、暗に貴族批判をしてるようにも受け取れる。
 どうやらこの女官は、方向性は異なるがエステル並みに神経が太いようだ。

「……随分とハッキリ言いますわね。まぁ、そう言うのは嫌いではありませんけど。ですが……エステルさんはそれで良いのですか?」

「いや~……どうせ私が選ばれる事なんてあり得ませんし。選ばれなくても、後宮を出る時にはお金をもらえるらしいですし。そしたら、また騎士登用試験を受ければ良いですし。まぁ、それまではのんびりしようかな~……って」

「……逞しいですね。平民の方というのは、皆さんエステルさんみたいな方なんですかね?」

「そうですよ~」

「いえ、エステル様はかなり特殊かと。とても神経が図太くていらっしゃいます」

 躊躇いなく返事をするエステルに、歯に衣着せぬ物言いでツッコミを入れる女官。


「そうですか、安心しました」

「あはは~、レジーナさん辛辣ですね~」


 ……何だかんだで、彼女たちは打ち解けているようにも見えた。














ーーーーーーーー


「…………ふっ、面白い娘だな」


 女たちの姦しいやりとりの様子を、じっと眺める男がいる。
 金の長髪を後で束ねた貴公子。
 エステルより少し年上だろうか。
 彼の青い瞳は、興味深そうにじっ……と彼女を見つめていた。


 男子禁制の後宮の中あって、誰からも見咎められる事がないその男とは、即ち……


「剣聖の娘……か。『手違い』と言う事だが……私のもとに来た以上、そう簡単に手放すとは思わないことだ」


 太陽のように眩しい笑顔を振りまく少女を眺めながら……彼は怪しい笑みを、その美しい相貌に浮かべるのだった。
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