ファンタスティック・ノイズ

O.T.I

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千現神社

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 僕たちの住む場所は、関東地方にあるごくありふれた市だ。
 人口は約10万人程度で、ギリギリ首都圏に入ってる。
 市街地は駅を中心にそこそこ賑わっているけど、目立った産業や観光地もなく全国的な知名度は低いと思う。

 だけど、僕たちが今いる『千現神社』は、何で有名にならないのだろう?……と不思議に思えるくらい、見応えのある大きな神社だ。
 歴史も相当に古いらしいけど、建立された年代はハッキリと分かってないみたい。


「……それでな、古くは富士信仰の『浅間せんげん神社』と同じ字を当てていたらしいんだ。だけど江戸時代になって今の『千現』に改めたらしい」

「はぁ……ふぅ……そう、なんだ……」

 レンヤの解説に、僕は息を切らせながら返事をする。


「なあに?ユウキってば……これくらいの石段で息を切らせるなんて、運動不足なんじゃない?」

「ふぅ……はぁ……だ、だって……この階段……キツイし長いし……」


 神社のある場所は小高い丘……というよりは、ちょっとした山になっている。
 東京ドーム何個分なんて表現できるくらいの広大な敷地に、鬱蒼と生い茂る草木。
 普段生活をしている街の様相とは異なる、さながら別世界とも言える雰囲気だ。

 いま僕たちが上っている石段はかなり急な上に、かなりの長さがある。
 参道入口の鳥居をくぐってから、もう百段は上ってきたんじゃないかな……?
 それでもまだ半分くらいで、見上げる先にまだまだ続いているのを見るとゲンナリする。
 何で二人ともそんなに平気そうな顔をしてるんだろう……





 さて、僕たちは最初、スミカや僕が妖精を目撃した住宅地を訪れたのだけど、そこでは特に変わったものは確認できなかった。
 そうなれば……やはり何かあるとすればここだろう、ということで直ぐ近くのこの神社へとやって来たわけだ。

 延々と続いた石段をどうにか最後まで上り切ると、参道入口のものよりも大きく立派な朱塗りの鳥居の先に広大な神社の境内が広がっていた。
 石段もそうだったけど、僕たち以外の人がいる気配は無い。
 賑やかな蝉の鳴き声がかえって静寂さを感じさせる。



「はぁ……はぁ……やっと……ついた~」

 両膝に手を当てて屈みながら、乱れた息を整える。
 汗で制服が張り付いて気持ち悪い。
 というか、スミカとレンヤがケロッとしているのが非常に解せない……


「だらしないわねぇ……もうちょっと体力つけたほうが良いわよ、ユウキ」

「何で二人ともそんなに涼し気な顔をしてるの……運動部でもないのに」

「俺は朝早起きして走ってるからな」

「私もね。ユウキも一緒に走ったらいいんじゃない?」

「う~……パスで」

 間違いなく健康的なんだろうけど。
 低血圧の僕が早起きしてジョギングなんて無理。

「ユウキは朝が弱いよね~」

 その通り。


 しかし朝一緒に走ってるって……この二人、もしかして付き合ってるのかな?
 そう考えると、幼馴染に置いていかれるような……少し寂しい気持ちで胸が締め付けられるような気がした。

 …………やっぱり僕も走ろうかな?




「さて……やっぱりいつ来ても神秘の気配を感じるよな、ここは」

 境内を見渡しながらレンヤは言う。


「そうね……」

「僕もそう思う」

 レンヤならではの言葉とも言えるが、それに関しては僕もスミカも同意見だ。
 何というか……空気感が違う気がする。
 神社という場所柄だけではない、何か・・を感じさせるんだ。

 そんな事を考えながら、僕たちは一礼して鳥居をくぐった。


(ん?今、なにか……?)

 鳥居をくぐった瞬間、ふと違和感を覚える。
 そして、さっき以上に空気が変わったような感じがした。
 それは二人も同じようで、僕たちは戸惑ったように辺りをキョロキョロと見回す。


「何かしら……?」

「二人とも感じたのか。何だろうな、今のは……なにかピリッとしたような……」

 辺りを見回したけど、特に変わったところはない…………ん?


「あ、あれ?いつの間に……?」

「どうしたの?ユウキ?」

「蝉の声が…………聞こえない……?」


 あれだけ賑やかだった蝉の鳴き声が聞こえなくなっていた。

 そして更に。


「あ!あそこに……人がいるよ」

 そう。
 それも本当にいつの間にか……気が付いたら神社の拝殿の前に誰かが佇んでいた。


「誰もいなかったわよね……」

「そのはずだ」

 やっぱり二人とも認識していなかったんだ。


 遠目ではっきりとは見えないけど、その人物は髪の長い女性のようだ。
 ……と言うか、あれは巫女さんかな?
 緋袴の巫女装束のように見えた。
 神社にいるのは当たり前のようにも思えるが、どこかしらちぐはぐな印象を受けた。



「こっちを見てるな……よし、行ってみるか」

「そうね、話を聞いてみましょうか」

 そう言ってレンヤとスミカは特に迷いを見せる事もなく進んでいく。
 僕は先ほどからの違和感の正体が分からず少し躊躇ったが、結局は二人の後に続いて歩き出した。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「すみませ~ん、ちょっと良いですか?」

 女性 (やはり巫女さんのようだ)の眼の前までやって来た僕たち。
 レンヤが気軽な様子で彼女に声をかけた。


「ええ、何かしら?」

 凛とした美しい声。
 鈴を転がすような、というのはこう言う声を指すのだろうか。
 そして声だけでなく、その容姿も非常に整っている。
 艷やかなロングストレートの黒髪は、腰まで届くほどに長い。
 眉に少しかかるくらいのところで切り揃えられた前髪、白い肌、黒目がちの瞳……まるで日本人形のような美貌だが、それはどこか神秘的で現実離れしてるようにも思えた。
 年齢は……僕たちと同年代の少女であるようにも見えるし、その落ち着きようから年上の女性であるようにも見え、どうにも判然としない。



 そんな彼女を前にして、レンヤは少し言葉に詰まったらしいけど……どうにか続く言葉を口にする。


「あ~、その……ちょっと変なことを聞きますけど、この辺でヘンな・・・ものを見ませんでした?」

 流石のレンヤもいきなり『妖精を見ませんでしたか?』とは聞けないか。
 すごく曖昧な質問だ。
 巫女さんは小首を傾げ考える素振りを見せるけど……


「変なもの…………例えば、どのような?」

「え~と、例えば……『妖精』とか……?」

 当然の彼女の問に、レンヤは少し言い淀みながらもそれを口にした。
 オカルトマニアのくせに、自分が変なことを言ってる自覚はあるんだなぁ……


「見たわ」

「「「えっ!?」」」

 あっさりと返ってきたその答えに、僕たちは驚いて絶句する。
 まさかこんな直ぐに手がかりが得られるとは思わなかったから。


「み、見たって……ど、どこでですか?」

 いち早く我に返ったスミカが、興奮した様子で更に問いかけた。


「あれは……どこだったかしら……?何せ、この神社は『時に千のうつつが交わる場所』だから……その手の話には事欠かないわ」

「千の現……もしかして、だから『千現神社』?」

 思わず僕が漏らした呟きに彼女は頷く。

 だけど、『現が交わる場所』ってどういう意味なんだろう?
 そう疑問に思っていると、レンヤがそれを聞いてくれた。

「『千の現』って、要するに……この神社は別の世界と繋がっている……って事ですか?」

「ええ、そうよ」


「じゃあ、妖精はその異なる世界から現れた……とかかしら?」

「そうかも知れないわね…………それよりあなたたち、もう帰ったほうがいいわよ」

 スミカの問に答えたあと、彼女は突然そんな事を言う。
 確かにもう少しで夕暮れ時になるし、そうなれば帰宅する頃合いだと思うけど……どうも、そう言うニュアンスではなさそうに聞こえる。

「それは、どういう……?あ、そう言えば、まだ名乗ってませんでした。僕は神永友希、こっちは首藤連矢、彼女は森瀬鈴美香です」

 と、僕は自身と幼馴染たちの紹介がてら、彼女の名前と先程の言葉の意図を聞く。
 その時、彼女が一瞬だけ怪訝そうな表情をしたのに僕は気づいた。


「あら、どうも……私は『かんなぎ奏女かなめ』よ。それで、帰ったほうが良いと言うのは……さっき言ったでしょう、ここは『時に現が交わる場所』だって。今はまさにその時。そして、あなた達は既に迷いかけている。ここにこうしている事が何よりの証拠」

 彼女は名前も神秘的な響きをしていた。
 そして彼女の言っていることは、やはり良く分からなかった。
 だけど……その表情からはあまり感情は読み取れないのだけど、彼女が心配してくれているのはなんとなく分かった。

 でも、レンヤには巫さんの言葉の意味が分かったらしく、驚いた表情で言う。

「まさか……この場所も千の現の一つなのか?俺たちはもう既に別世界に入ってる……?」

「あ!さっき鳥居をくぐった時の違和感って、それじゃない!?」

 そう言われてみれば……

 巫さんの話は普通に考えれば突拍子もないものだけど、僕たちの誰もが彼女の話を疑っていない。
 ここに来た時の違和感の正体を言い表しているのだと思えたからだ。


「現の一つ……異なる世界の一つと言うのは、少し違うわ。ここは常世とこよ……幽世かくりよ……現と現の狭間の場所。狭間であるが故に、本来交わるはずのない世界が交わる可能性を持つのよ」

「幽世……まさに神秘そのものじゃないか!……だけど、見た目は俺が知ってる千現神社と変わらないな」

 確かに。
 異世界とか言われても、それっぽい何かがあるわけじゃない。
 強いて言うなら……いま僕たちの目の前にいる巫さんは、非現実的な存在のように感じられるけども。
 むしろ彼女が居るからこそ、異世界という言葉が現実味を帯びる……とさえ言えるかもしれない。


「そう言えば……さっき、巫さんが突然この場所に現れたように見えたわね」

 そうだった。
 僕たちが階段を上って来て境内を見渡したときには誰もいなかったはず。
 鳥居をくぐって違和感を覚えたあと……いつの間にかここに立っているのに気づいたんだ。

 ということは……

「あの鳥居が境界……?」

「そうよ。私から見れば、あなた達のほうが突然現れたように見えたわね」

 なるほど。
 お互いそう見えるのは、まあそうだろうね。


「それで……『もう帰ったほうが良い』と言うのは?」

「あなた達は『妖精』を見たのよね?つまり、異なる世界の住人を。それは、どこでかしら?」

 僕の問には直接的な答えは返さずに、彼女は逆に質問してくる。

「俺は見てないけど……こっちの二人が見たって」

「僕が見たのは、この神社の直ぐ近くの住宅街です」

「私も同じよ。写真もあるわ。ほらコレ」

 スミカが巫さんにスマホを見せたけど……彼女はそれをチラッと一瞥しただけで、直ぐに僕たちに向き直って続ける。


「この神社の外にまで広がって世界が漏れ出ている。更に境界が曖昧になればいずれは……いえ、もう遅いかも」

 そう言って巫さんは、視線を僕たちの後ろの方に向ける。
 つられて振り向いてみると……


「「「あっ!?」」」

 僕たちは同時に驚きの声を上げた。

 そこにはここに来るきっかけとなった存在……つまり、『妖精』たち・・が舞い踊っていた。


『うふふ……』

『きゃはは……!』


 神社の森を背景に、楽しそうに戯れる無数の妖精たち。
 特にこちらを気にする様子もない。
 彼女 (?)たちはそれぞれが淡い光を纏っていて、とても幻想的な光景を生み出していた……


「おお…………本当に、妖精がいる……」

「何よ……信じてたんじゃないの……?」

 レンヤが漏らした呟きに突っ込みを入れるスミカの声も、どこか上の空といった感じだ。

 かくいう僕は、言葉すら出てこず……その光景に魅入っていた。
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