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レティシア15歳 輝く未来へ
第110話 迷い
しおりを挟むレティシアがエリーシャに呼ばれ、立ち去ったあと。
残された男二人はモーリス商会の見学を続けていた。
一階店舗をぐるりと見回り、フィリップが興味を持った商品をリディーが説明する。
そして、そのあとは地下の技術開発室へと向かうことになったのだが……
「なるほど、ここがモーリス商会の『頭脳』ってことだね。……誰もいないみたいだけど?」
「今の時間は、みんな各工場や車両基地の方に出払ってます」
「そっか……じゃあ、丁度いい。さっきは人の目があったけど、ここなら話もできるかな」
「?」
フィリップが呟いた言葉に、リディーは疑問の表情を浮かべる。
先ほども彼は同じようなことを言っていたが……
「単刀直入に聞こうか。君は……レティの事をどう思ってる?」
「……大切な仕事のパートナーです」
やや反応が遅れたリディーだったが、はっきりとそう答えた。
彼はフィリップがレティシアに婚約を申し込んだのであれば、そのような質問は予想の範囲内ではあったのだが……実際に質問されて戸惑うのは仕方がないだろう。
だが、フィリップはその答えを聞いて頭を振る。
「いや、そうじゃないでしょ。僕が聞きたいのは……君はレティの事を女性としてどう想ってるのか……ってことだよ」
「どう……も何も、特別な事は何も……」
リディーはそう答えるが、フィリップから視線をそらし、どこか歯切れも悪い。
それが本心でないことは明らかだ。
「ふぅん……もしかして、僕がレティに婚約を申し込んだことは聞いてる?それで遠慮してるのかな?」
彼の質問はあくまても直球だ。
誤魔化しを許さないような雰囲気すら感じさせる。
「別に遠慮なんて……。ですが、私が平民であるのは事実ですから。公爵令嬢のレティとどうこうなる……など、もとより考えられることではありません」
その言葉はともすれば、本当はレティシアに気がある……と言っているようにも受け取れる。
そしてそれは、実際その通りなのだろう。
「アンリさんは、あまりそういうところは気にしないと思うけどなぁ……。そもそも、彼女はもうとっくに自立してるんだよ。どっかの貴族家に嫁がせて家に縛り付ける……なんてのはダメでしょ。あ、もちろん僕はそんな事をするつもりはないよ。あの娘の魅力は、自由な意志のもとでこそ……だよ」
口調こそ軽いが、その響きは真剣なもの。
それを聞いたリディーは、この方ならば諦めもつく……などと自身を納得させ、再びその想いに蓋をしようとする。
だが、そんな彼の想いを汲んだ……と言うわけではないだろうが、フィリップは更に続けた。
「だからね、自分が平民だから諦める……なんて理由は、彼女に対して失礼だと思うんだよね。僕が王族だから遠慮するってのもね。……あはは!何で僕はライバルの背中を押してるんだろね?」
敵に塩を送るようなその言葉に、リディーの閉じかけた心の蓋はその寸前でとどまる。
だが、まだ迷いが晴れたわけではない。
依然として、彼は内に秘めた想いを外に出すような決断を下せない。
あるいは、それは恐怖心といっても過言ではないだろう。
レティシアの想いが向く相手が誰なのか……それを知るのが怖いのだ。
「ま、何度も言うけど、僕のことは王族とは思わず、普通に友人として接してもらいたいな。恋のライバルだとは思ってるけど、それはそれとして……ね。僕は君のことも気に入ってるんだから。……リュシアンなんて初対面の時からフツーだったし、今なんて僕が王族だなんて忘れてるフシがあるよ」
最後は少し自虐的に言うのは、彼の気遣いであろう。
実際に彼とリュシアンは気の置けない友人同士なのは事実であるが。
「……ありがとうございます」
フィリップの言葉に、リディーは短く感謝の言葉を返す。
いろいろと複雑な思いが胸中に渦巻くが、『友人として』と言う言葉には素直に嬉しいと思ったし、それに応えたい……と、彼は思うのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あ、ここにいたんだ。お待たせ~」
ちょうど男二人の話が終わったころ、レティシアがやってきた。
「あ、レティ。問題は片付いたのかい?」
「はい!大丈夫です!」
「結局、何の問題だったんだ?」
片付いたと言う事だが、副会長としては情報を押さえておきたいだろう。
「なんかね、工場の方から『これから必要になる鉄が全然足りない!』って……」
「……大問題じゃないか」
「いや、それがさ……各鉱山の生産予定の集計値情報に間違いがあって。確認してチョチョイと直してきたよ。いや、まさか二桁も違ってたら、そりゃあ足りないよねぇ」
前世ならパソコンでも使えば集計・分析も比較的容易だが……と彼女は思うが、それは言っても仕方がないこと。
今回は各鉱山の報告書を集めて合計するだけだったので、それほど時間はかからなかった。
「と言うか、エリーシャの方で大体整理し終わってたから、私はそれに問題がないかを確認して再決裁するだけだったけど」
「さすがエリーシャさんだな。……俺は鉱山関係は担当外だからチェックしてないが、会長殿の最終確認は……」
「あ~あ~!聞こえな~い!」
きっといつもの如く、書類は右から左へ流れていったのだろう……
「ま、それも終わった事だし……フィリップさま、次はどこに行きましょうか?」
「う~ん、そうだねぇ……じゃあ……」
こうして彼らはモーリス商会をあとにして、その後もいつくかの観光地を巡り……その日を終えた。
そして、リディーの心に秘められた想いは、果たしてこれからどうなるのか?
それが解き放たれるのか、奥底に封じられるのか……今は誰にも知る由もなかった。
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