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レティシア15歳 輝く未来へ
第106話 ままならぬ思い
しおりを挟むイスパルナに戻ってきた一行。
フィリップたち視察団の面々はとても満足した様子だ。
そして公爵邸に戻る間も、レティシアやリディーたちも交えて白熱した議論を交わしていた。
「レティ、初日からとても有意義な視察だったよ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ。外部の方のご意見は我々としても大いに助かります。明日以降もよろしくお願いしますね」
今回の視察は5日間のスケジュールとなっている。
基本的には今日と同じように、各種試験に立ち会う形となるが、一日は休養日に充て、最終日はヴァシュロン王国における鉄道導入に関する課題についての検討会議も行われる予定だ。
さて、視察初日は無事に終わり、視察団一行はそれぞれ公爵邸の客室に向う。
彼らにはしばらく旅の疲れを癒やしてもらったあと、歓迎のための晩餐会の席で再び顔を合わせることになる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
晩餐前の時間。
レティシアは自室で着替えなどの準備をしていた。
「……どうかな、パーシャ?」
「はい、今日もとても素敵でございます」
普段は服装に無頓着な彼女も、来賓を迎えるにあたってはしっかりと身なりを整えていた(カティアを迎えた時のことはともかく……)。
デビュタント以来、それなりに場数を踏んでいるので慣れたものではある。
昼間は視察団を案内する事もあって比較的動きやすいドレスを着ていたが、晩餐会に向けてはよりフォーマルな装いとなっていた。
ちなみに……先程までモーリス家メイド隊が荒ぶっていたのは言うまでもない。
それにも、レティシアはもう慣れてしまった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
モーリス公爵家の中でも比較的広い会場にて、立食形式で晩餐会は行われる。
モーリス公爵家の面々とフィリップら視察団のほか、技術者同士の交流の場ということでモーリス商会の主だったメンバーも招待されていた。
まずは公爵家当主のアンリが開宴の挨拶を行う。
次いで、視察団を代表してフィリップ、モーリス商会代表のレティシアが、それぞれ挨拶を行った。
そのあとは、料理に舌鼓をうち、和やかに談笑し、昼と同じように熱い議論を戦わせたり……招待客等は思い思いに宴を楽しんでいた。
そんな中にあって、レティシアとフィリップは二人で楽しそうに話をしていた。
会話の内容は、鉄道に限らず様々な技術に関すること。
なので、レティシアとしても気負わずに話をすることができた。
興が乗ってきた彼女が、前世の知識をもとにした様々な道具などの話を披露すると、フィリップは真剣な様子で聞き入った。
やがて、会話が一息ついたところでフィリップが切り出す。
「レティの話はどれも興味深いものだね。でも、ちょっと話疲れただろう。外を歩かないかい?」
「そうですね~……少しお酒も入ったから、ちょっと酔いを覚ましておきたいかも」
この国では特に飲酒の年齢制限は定められてないし、15歳で成人扱いなので咎める者もいない。
それでも自制して、酒を飲むにしてもそれほど強くないものを選んではいたが、かなり酔いが回ってきていたようだ。
普段は快活な少女といった雰囲気の彼女も、上気した表情が妙に艶かしく見えた。
そうして二人は連れ立って、会場のバルコニーの方へと歩いていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…………」
視察団の人々と議論しながら、リディーはレティシアたちの様子が気になって、時どき横目でチラチラと確認していた。
そして二人がバルコニーの方に向かうのを見て、いっそうソワソワした気持ちになる。
「会長が気になるんか、副会長?」
「!……いえ、別に……」
暫し会話にも加わらず、ぼぅ……としていたところ、親方に声をかけられて彼は我に返った。
「いいのかい?アレは間違いなく気があるぞ」
フィリップがレティシアに……なのは言わずもがな。
あの様子を見れば誰もがそう思う。
そしてレティシアの方も、それが恋愛的なものかは別として……彼に対して好意的なのは間違いないだろう。
「だから、別に俺は何も……」
「そうか?……まあ、若いってなぁ、いいもんだよな。青春時代を思い出すぜ。俺もカミさんとなぁ……」
などと、聞かれてもいないのに馴れ初めの話を始める親方。
リディーは曖昧に「はぁ……」とか生返事をするだけで、ちゃんと話を聞いてるのか疑わしい。
「あら、面白そうな話をしてるわね?」
と、そこで声をかけてきたのはアデリーヌだ。
彼女もレティシアたちが気になって様子を伺っていたのだが、二人が会場から出ていくのを見届けたあと、今度はリディーの様子が気になってやってきたのだ。
「親方の馴れ初め話も気になるけど……レティとフィリップ殿下の話をしていたのでしょう?」
「そうですぜ。フィリップ殿下は会長に気があるぞ……って、リディーに発破かけてたとこなんですがね」
「いや、だから……」
「ふふふ……気になるわよね~」
リディーが何か言おうとするのを遮ってアデリーヌが言う。
まるで「分かってるわよ」とでも言うかのように頷きながら。
「はぁ……何を言ってるんですか。私は平民なんですよ。レティのことは大切な仲間だと思ってますが……それだけです」
「あら、私の母も平民の出よ?」
「男女では婚姻の意味も違うでしょう。特に貴族家は……」
「……リディー君は古風なのねぇ」
確かにリディーの言う通り、貴族家に嫁ぐ立場だったアデリーヌの母とは違うだろう。
モーリス家の跡継ぎはリュシアンなので、リディーがモーリス家に婿入りというわけにもいかない。
だから彼は、レティシアと自分がどうにかなるとは思っていなかった。
しかし。
「私達としては、家のことよりもレティが幸せになれる相手であることが重要なのよ。それに……あの子、たぶん叙爵されるわよ。それくらいの功績があることは、あなた達の方が良く分かってるんじゃない?」
「……」
もしそうなったら、自分は……と、リディーは考える。
心の奥底に閉じ込めて蓋をした想いを、解き放って良いものなのか……
「悩んでるわね。でも、早く自分の気持ちに素直になった方が良いわよ。見ての通り、フィリップ殿下は強力なライバルよ?婚約の申し込みは一度断ってるけど、あの様子だと……」
「……婚約話の相手って、フィリップ殿下だったのですか?」
リディーが驚きの表情で聞いてくるのに、逆にアデリーヌは戸惑いを見せる。
「レティから聞いてなかったの?」
「婚約を申し込まれた、とは聞きました。ですが相手までは……。そうですか、あの方が……。奥様、やはり私には分不相応の話だったみたいです。……ちょっと頭を冷やしてきます。失礼します」
そう言ってリディーは話を切り上げて、その場を立ち去ってしまった。
そして、残されたアデリーヌと親方は顔を見合わせ……同時にため息を付く。
「……はぁ。発破をかけるつもりだったのだけど。失敗だったかしら……」
「う~ん……なかなか難しいもんですなぁ……」
人の心はままならない……二人はそれを実感したのだった。
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