119 / 191
レティシア15歳 輝く未来へ
第104話 プレゼント
しおりを挟むイスパルナ北駅を出発したあと、一行を乗せた列車はトゥージスの街まで快調に走り抜けた。
特に信号システムのトラブルもなく、概ね試験ダイヤ通りに運行することができた。
「想像以上だったね……」
体験したことのないスピード感に、フィリップは今も興奮冷めやらぬ様子で呟いた。
「今回は最高80km/h……開業時に予定してる最高速度で走ってます。イスパルナ~トゥージスは約20km。それをおよそ20分で走ったので、表定速度は……約60km/hになりますね」
リディーが往路の試験結果をレポートに書き込みながら説明する。
「だんだんと感覚が麻痺してくるね。そういえば……このダイヤの許容誤差はどれくらいなんだい?」
レティシアの前世、日本であれば分単位どころか秒単位でダイヤが決められている。
たった数分遅れただけでも謝罪のアナウンスがされるほど、シビアな運行管理がされているのだが……
当然ながら、まだそれほど精密に管理することはレティシアも想定していない。
フィリップの問いにはレティシアが答える。
「営業開始時はそこまで過密ダイヤではないですからね。30分以内の遅れは定時扱いにする予定です」
今回の試験は距離が短いのでそれほど誤差も無いだろうが、距離が長くなるほどに管理は難しくなるはずだ。
そして、ダイヤの精度を上げるための課題はいくつがあるが……
「現状は時間計測の精度……つまり、時計の精度のバラツキが大きくて。ヴァシュロン製の超高級時計なら日差数秒くらいだったと思うのですけど……」
それほどの精度の時計ともなると、貴族や大富豪くらいしか手にする事ができない高級品だ。
実用品ではあるが、嗜好品でもある。
そして定期的なメンテナンスにもコストがかかる。
そんな高級品を、運行に携わる全ての人員に行き渡らせることなど予算的に不可能。
そうすると、精度のあまり高くない普及品を使うしか無いのだ。
「なるほどね。そういう事なら……僕も力になれるかもしれないな」
「え……?」
まさか王族権限で安く提供してくれるのだろうか……などとレティシアは一瞬考えたが、どうやらそういうことではないらしい。
「アレを出してもらえる?」
フィリップは同行した技術者の一人に声を掛ける。
彼は一つ頷いて、持っていた鞄の中から宝石箱のような小箱を取り出した。
それを開けると、中には懐中時計が収められている。
一見してレティシアが知るものと変わりはないように見えるが……
「この時計は……?」
「これは最近ヴァシュロンの工房が新たに開発した、全く新しい時計なんだ。まだ試作品ではあるけど……」
「新しい……時計?」
この世界にある時計と言えば機械式である。
しかしフィリップが披露したそれは、時を刻む仕組みが全く異なるという。
「時計の動力はゼンマイ。そして一定のリズムで時を刻む部品をテンプというんだ。でも、この時計の動力は超小型の魔導力モーターで、テンプの代わりに魔力で振動する水晶を用いてる」
(……ク、クォーツ式時計だ!!)
レティシアは前世にもあったそれを思い出し、驚愕する。
「機械式時計が高コストになる理由は……部品点数の多さと、それに求められる精度の高さ。細かな調整の難しさ。そうであるが故に、職人に求められる技術力も高いものが要求されるから、人件費も当然高額になる」
その説明にレティシアは頷く。
前世の高級機械式時計もそのあたりは同じだろう。
「しかし、この時計……魔水晶時計は、部品点数を大幅に削減することでコストも削減でき、かつ機械式以上の高精度が得られるんだよ。これが出来たのも、君たちが発明した魔導力モーターがあったからこそだね」
リディーの研究とレティシアのアイディアによって生み出された魔導力モーターの原理については、鉄道関連の技術の一つとして公開されている。
近年は鉄道以外の分野でも応用されつつあるが、魔水晶時計もその一つと言うことだろう。
「凄い!やっぱりヴァシュロンは技術の国ですね!」
「そう言ってもらえると嬉しいな。じゃあ、これは君に進呈するよ」
「え……いいんですか?まだ貴重な品なのでは……」
まだ試作品とのことなので、大量生産のラインは立ち上がっていないだろう。
であれば、彼女が言う通り貴重な品物であるに違いない。
「きっとこれから必要になると思って……もともと君に渡すために持ってきたものだから大丈夫。まあ、視察のお礼と思ってもらえれば」
「フィリップさま……ありがとうございます!」
思いがけず貴重な品物をプレゼントされ、レティシアは上機嫌でお礼を言った。
(……リュシアンから聞いた通りだね。感謝するよ)
フィリップは今回の訪問で、できるだけ自分のことをアピールするためにプレゼントを検討していたのだが……
事前にリュシアンに確認したところ、花や宝石、洋服などには全く興味を示さないと聞いていた。
実用的なものを好むのであれば……と思って用意したものだったが、それは正解だったようだ。
そして、その様子を見ていたリディーは……複雑そうな表情を浮かべていた。
11
お気に入りに追加
178
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。


加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ
犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。
僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。
僕の夢……どこいった?

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる