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レティシア15歳 時代の変革者たち
第93話 駅弁
しおりを挟む翌日、レティシアは朝早くから公爵家のとある場所へと向かっていた。
彼女は眠たそうに目を擦り、あくびを噛み殺しながら廊下を歩いていく。
すれ違う使用人たちと挨拶を交わし、やがて目的地に到着する。
「おじゃましま~す……」
少し遠慮がちに声をかけながらやって来たその場所は、公爵邸の厨房。
ここは公爵一家や来客だけでなく、住み込みで働く使用人たちの食事も賄うためかなりの広さがある。
そして、まだ早朝であるにも関わらず、朝の仕込みのため既に多くの料理人達が仕事をしていた。
「おや……お嬢さま?どうされましたか?まだ朝食まで随分と時間がありますが……」
レティシアが来たことに気付いて声をかけてきたのは、この厨房を取り仕切る料理長だ。
「あ、おはようございます、料理長さん。すみません、お忙しいところ……」
と言いかけて、彼女は少し逡巡する。
徹夜の勢いでここまで来たものの……厨房の慌ただしい雰囲気を見ると、邪魔するのは憚れると思ったのだ。
彼女が口籠っていると、料理長は雰囲気を察して先回りして応える。
「今は待ち時間なので……何かお話があるのでしたら、お聞きしますよ」
流石に長年モーリス家で働いてきただけのことはある。
レティシアの事も小さい頃から良く知っているので、彼に気を遣って遠慮してる事はすぐに分かったのだろう。
「ありがとうございます!それじゃあ……ちょっと相談したいんだけど……」
「私に……ということは、何か食べたい料理があるということですかな?」
これまでもレティシアは、前世で食べていた料理が無性に恋しくなることがあって、彼に頼んで何度か作ってもらったことがあるのだ。
……前世も今世も料理はからきしの彼女の説明なので、彼はかなり苦労したものだが。
今回もそうなのだろうと料理長は思ったが……
「えっとね、私が食べたいんじゃなくて……ちょっとこれを見てもらいたいんだけど」
そう言って彼女は手に持っていた資料を手渡す。
「これは……企画書?……ふむ……ほぅ……なるほど、この『駅弁』というのを作りたいということですな」
「そうなの。コンセプトとしては、コンパクトな箱詰めの1人分、でも十分な食べごたえがあって、食べやすくて、冷めても美味しくて……」
傷みにくく、大量生産が可能で、バリエーションも豊富……
そういった事を、身振り手振りを交えて料理長に伝えるレティシア。
料理長はメモを取りながら、興味深そうに彼女の話を聞き、時おり質問もする。
いつの間にか他の料理人も集まってきた。
そして。
「……なるほど。今まで以上に変わったオーダーですが、なかなか面白そうですな。朝食の準備が一段落したら早速、試作品を作ってみましょう」
などと、かなり乗り気になって応えた。
「本当?ありがとう!そんなすぐに作ってもらえるとは思わなかったよ」
「お嬢さまのご依頼は、料理人にとってやり甲斐のあるものばかりですから。我々としても料理の幅が広がる事になりますし……こちらこそ、ありがとうございます」
それは本心からの言葉だ。
彼らはいつも、新たな食材や調理方法の探求しており、向上心を持っている。
一流の料理人たる所以だろう。
カティアの何気ない一言によって、レティシアが徹夜して企画を考えた『駅弁』計画は、こうして始まった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
厨房をあとにしたレティシアは、流石に眠気が限界にきていた。
朝食までの僅かな時間だけでも寝ておこう……と、ふらふらとした足取りで自室に向かう。
すると、その途中の廊下で、ルシェーラと出会った。
「あ、レティシアさん。おはようございます」
「あ~、ルシェーラちゃ~ん……お~は~よ~」
「ど、どうされました……?なんだか具合が悪そうなのですが……大丈夫ですか?」
ふらふらしながら間延びした声で挨拶を返すレティシアに、彼女は心配そうに言う。
「だいじょ~ぶだいじょ~ぶ……ちょっと寝不足なだけだから~。……ルシェーラちゃんはこんな朝早くからどうしたの?朝食にはまだ早いけど」
話しているうちに少しだけ覚醒した彼女は、自分のことは棚に上げて聞く。
「私は日課の鍛錬をしようかと思いまして……ちょっとお庭をお借りしますわ」
「そっか~、頑張ってね~」
やはりふらふらしながら答えるレティシア。
もうほとんど瞼は閉じかけている。
「ほ、本当に大丈夫ですの……?お部屋までお送りしましょうか?」
「だいじょ~ぶですって!じゃあ、またね~」
「あ、レティシアさん……」
そう言ってレティシアは、ふらふらと頼りない足取りで立ち去っていった。
「…………商会の仕事がお忙しいのかしら?」
残された彼女はポツリと呟いた。
レティシアがモーリス商会の会長として日々忙しくしていることは、彼女も知っている。
大切な友人であり、将来の義理の妹でもあるレティシアにはあまり無理をしてほしくない……彼女はそう思うのだった。
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