【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I

文字の大きさ
上 下
93 / 191
レティシア15歳 時代の変革者たち

第80話 なやみ

しおりを挟む

 レティシアが婚約申込みの話を聞かされた翌日。

 モーリス商会の会長室で書類仕事をしていた彼女のもとに、副会長リディーがやってくる。
 そして、彼は普段とは異なるレティシアの様子を見て、開口一番に言う。


「……どうしたんだ?随分深刻そうな顔をしているが……」

 書類仕事の手も止まり、何やら真剣な表情で考え事をしていた彼女は、ハッ……となってリディーの方を見る。
 彼が入室してきた事すら、今気付いたかのようだ。

「えぁ、その……な、なんでもないよっ!」

 慌てて取り繕うように彼女は応えた。
 明らかに何かを隠しているような反応をリディーは訝しむが……特に突っ込んで聞くようなことはしなかった。
 だが。

「……まぁ、悩みごとがあるならいつでも相談にのるぞ。これでも年長者なんだからな」

 と、フォローするのは忘れなかった。


「うん、大丈夫。ありがとね。……それより、それは?」

 彼女はリディーの気遣いに礼を言ってから、彼が手に持っている書類に目をやる。

「あぁ……昨日の初動試験の結果を、親方がまとめてくれたレポートだ。試験後の各部のチェック結果も書かれている」

「あ!見せて見せて~!」

 さきほどの深刻そうな表情から一転して、普段通り戻ったレティシアの様子に内心で安堵してから、リディーはレポートを彼女に手渡した。


「どれどれ~……ふむふむ……ほうほう……なるほど~」

 素早く目を通してページをめくっていく。
 あっという間にレポートを読み終えた彼女は顔を上げて言う。

「うん、全く問題なしだね」

「親方や品質管理部門の方でもお墨付きをもらったからな。今後も予定通り試験ができそうで安心したよ」

 そして、二人は笑顔で頷きあった。


 鉄道の方は順調に計画が進んでいる。
 近日中には実験線が予定通り整備され、より本格的な試験も開始される。
 実験線から続く営業路線の着工や、開業に向けて諸々の準備も進むことだろう。


 その一方で。
 フィリップからの婚約申込の話は、レティシアの心に雫を落として波紋を生じさせていた……




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 商会の仕事を早めに切り上げたレティシアは、公爵邸に帰る前にとある場所に寄り道しようとしていた。

 普段は護衛がてらエリーシャが同行することも多いが、今は一人である。


 やって来たのはディザール神殿総本山。
 とくに何かの用事があるわけではないが……静かな場所で落ち着いて考えたいと思ったのだ。

(……本当はこういう悩みって、エメリナ様の領分だと思うのだけど)

 カルヴァード12神の一柱であるエメリナは、生命を司る女神である。
 そして、恋人や夫婦に祝福を与えると言われ、エメリナ神殿には、恋の悩みを抱える多くの者たちが訪れるという。
 だが、あいにくとイスパルナにはエメリナ神殿は存在しない。

(ディザールさまも、困っちゃうよね)

 厳しい男が困ったような顔をしているところを想像して、彼女は思わずクスッとしてしまう。



(まあでも……何を悩んでいるのかも、良くわかっていないのだけど)

 だからこそ、落ち着いて考えたいと思ったのだ。



 そしてレティシアは……燭台の灯りとステンドグラスから差し込む陽の光によって、神秘的に彩られた礼拝堂の奥、神像の前まで進もうとする。

 そこでは多くの人々がいたが、みな一心に祈りを捧げるだけで静寂を破るような者はいなかった。

 レティシアもその中に混じろうとしたとき、彼女に小声で声をかけてくる者がいた。


「レティちゃん……?」

「え……?あ、ロアナさま……こんにちは」

「こんにちは。……どうしたの?一人でここに来るなんて、珍しいわね?」

 ロアナと呼ばれたのは……歳は20代半ばから30代前半くらい、腰まで届く淡い金髪に空色の瞳、穏やかな雰囲気をまとった女性だった。
 その格好からすれば神殿の聖職者……それもかなりの地位であることがうかがえる。
 そして、レティシアに語りかける口調はくだけており、親しい関係であることを示していた。


 実は彼女、ディザール神殿総本山の最高位である大司教だ。
 領主一家であるモーリス家とは、祭事の打ち合わせなどで度々会っているので面識があるのだ。


「あ、いえ……今日はただお祈りに来ただけです」

「そう…………何か悩みごとがあるなら、相談にのるわよ」

 レティシアの様子から何かを察したロアナは、気遣わしげにそう言う。
 幼い頃から接してきたので、親戚の娘さん……くらいの感覚を持っているようだ。


 それに対してレティシアは、『何でもない』と応えようとした。
 しかし……ふと、思い直して応える。

「相談に……乗ってもらえますか?」

「ええ、もちろん。ここでは何だから……」

 快く応じるロアナ。
 そして彼女は、レティシアを神殿内の別室へと案内するのだった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ

犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。 僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。 僕の夢……どこいった?

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...