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レティシア12歳 鉄の公爵令嬢
第70話 旧交
しおりを挟む王都技術開発品評会。
それは近年になって、アクサレナで行われるようになった催し物である。
職人や技術者、研究者……そして、そのような者たちを擁する工房、学術研究機関など……
個人団体を問わず、そしてイスパル国内はもとより国外からも多くの者が集まって、研究・開発した成果を大々的に発表する場だ。
ここで発表された品物や技術は、広く一般の人々の目に触れるのはもちろんだが、国や大商会が興味を示せば大きなビジネスチャンスが生まれる。
過去の開催においても多くの商談が行われ、あるいは新たな研究に対する投資が行われるなど……着実に実績を積み上げていた。
そして『品評会』の名の通り、各々の成果の発表に対しては主催者である国が選定した有識者たちによる審査が行われる。
そして、最も優れた発表は『金賞』として、国王直々に表彰が行われるのだ。
出展する者たちは皆その栄誉に与るために、この日に向けて日々研鑽を積むのである。
王都技術開発品評会は王都の六番街区……豊穣神エメリールの神殿にほど近い、広大な緑地公園内の特設会場で行われる。
王都民の憩いの場である閑静な公園も、品評会当日は多くの人出で賑わうことになるだろう。
そして数日後に本番を控えた特設会場では、出展予定者や主催側のスタッフたちが急ピッチで準備を進めており、その中にはレティシアとモーリス商会の面々の姿もあった。
「ここが会場か~。……うん、デモ走行には十分な広さがありそうだね!」
プレイベントの夜会に出席した翌日のことである。
レティシアは初めての社交界デビューということもあって少し疲れていたが、出展準備のため会場に線路を敷設するとあっては休んでもいられなかった。
「特設会場の外周をぐるりと一周……で良かったよね?」
「はい。主催側のスタッフに確認して、既に敷設予定の箇所には印を付けているはずです」
レティシアの確認に答えるのはエリーシャだ。
かっちりしたスーツ姿に眼鏡をかけた彼女は、まさに会長秘書といった趣である。
(……昨日、メイド隊と一緒に暴走していた人物と同じとは思えないくらいサマになってるねぇ~。でも、その眼鏡……伊達だよね?)
エリーシャは、わりと形から入る娘のようである。
「で、リディーは?」
「リディーさんは……親方さんと一緒に、線路を敷設してくださる作業員の皆さんに説明を行っているところかと思います」
手帳を見ながら秘書は答える。
どうやらその手帳には、主要メンバーのスケジュールが書き込まれているようだ。
「そっか。じゃあ、マティス先生は?」
「マティス先生は、アスティカントの方々にご挨拶に伺うと仰ってましたね」
「学院の?……知り合いが来ているのかな?まあ、アスティカントの出展は多いからね」
カルヴァード大陸最大の学術機関である『学院』では、様々な分野で最先端の研究が行われている。
当然ながら今回の品評会でも多くの出展が予定されていた。
そしてレティシアの言う通り、学院の教師であったマティスの知り合いが来ていても、何ら不思議ではないだろう。
品評会会場の学院の出展ブースにやって来たマティスは、かつての教師仲間や教え子たちと旧交を温めていた。
そして一通り顔見せも終わって、モーリス商会の準備に戻ろうとした時……彼に声を掛ける者がいた。
「マティス先生、お会いできて光栄です」
マティスに声をかけてきたのは、学院の生徒と思しき若い女性。
紺色のお下げ髪の、少女のように可愛らしい顔立ちなのだが、大きな黒縁のメガネが少々垢抜けない雰囲気だ。
記憶には無い女性に声をかけられたことに、マティスは少し戸惑いながら応えた。
「君は……?」
「私は、学院修士課程、グレイル研究室所所属のリーゼと申します」
「おお、グレイルの教え子か!」
彼女の口からよく知る旧友の名を聞いて、マティスは相好を崩した。
「はい。マティス先生のことは、グレイル先生からよく聞いておりました。それに先生の数々の研究論文……大変興味深く拝見させていただいております」
「そうか、それは光栄だな。……今回の品評会にはグレイルも来ているのかね?」
生真面目さが感じられるリーゼの言葉に一つ頷いてから、気になった事を聞く。
一通り顔見知りには挨拶をしたが、旧友の姿は無かった。
もし彼が来ているのなら会っておきたい……と。
しかしリーゼは首を横に振る。
「いえ、グレイル先生は今回来ておりません。今は次期評議長選挙の活動で忙しいみたいですから。……まぁ、それがなくても、先生はご自分の研究分野以外はあまり興味を示さないと思いますけど」
「それはそうかもしれんな。しかし、あいつが評議長に……?大丈夫なのか?」
旧友をよく知る身としては、ついついそんな感想が口をついて出てしまう。
マティスのそんな態度を見れば、彼のグレイルという人物に対する評価がどのようなものか窺えるだろう。
「あはは……グレイル先生ご自身も、あまり乗り気じゃないみたいです。でも、他に適任者がいないとかで担ぎ出されて……って事らしいですよ。というか、アスティカントの評議長って誰もやりたがらないですよね……マティス先生も、そうだったらしいじゃないですか」
「……まあな。自分の研究だけでなく、畑違いの分野も監督せねばならぬしな……。アスティカントに集まるような連中だと、やりたがるやつは中々おらぬだろ。しかしグレイルがなぁ……元気にしておるか?」
懐かしそうに目を細めながら彼は聞く。
アスティカントの教師を退任してから彼はモーリス領に帰郷し、レティシアの魔法の師として過ごしてきた。
彼女が5歳の頃の話だから、もうかれこれ7年も前のことだ。
マティスが学院の者たちと会うのはそれ以来となる。
「ええ、相変わらずですよ。いつ、セクハラでクビになるかと……周りはハラハラしてますけど」
「全く、年甲斐もなく……。一度痛い目を見てるだろうに」
そう言って苦笑しながらも、やはり昔を懐かしむ穏やかな表情である。
「『最凶首席アネッサ』先輩の伝説ですか?今も学生たちの間で語り継がれてますよ」
「……伝説になっておるのか。まぁ、確かにエピソードには事欠かなかっただろうな……」
自分が現役の時の教え子の話が、今もなお語り継がれていることに驚くマティス。
しかし、彼の記憶の中でも特に強烈なインパクトを残したその女生徒の事を思えば、さもありなん……とも思う。
「でも、何だかんだでグレイル先生は人望があるんですよねぇ……不思議なことに女生徒にも。私も嫌いじゃないですし」
「学院の七不思議の一つだな。まあ、偏屈者揃いの中で、あいつは人当たりも面倒見も良いから。じゃなければ評議長に推す声も出ぬだろう」
「そうですね。でも、それはマティス先生も同じだったんじゃないですか?グレイル先生も『マティスの奴がおればのぉ……』って言ってました」
「……私は器ではないよ」
それは彼の本心からの言葉ではあるが、そう言われるのは悪い気はしない……と思うのだった。
その後リーゼはマティスに別れの挨拶をして、会場を後にした。
何でも他の予定が詰まっているとのことで、出展準備の手伝いだけで本番を見ることなく学院に戻るらしく、とても残念そうな様子であった。
そしてマティスも、出展準備の手伝いをするためにモーリス商会に戻るのだった。
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