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レティシア5歳 はじまり
第1話 目覚め
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イスパル王国の大貴族……モーリス公爵家に第二子である姫が誕生したのは、戦乱の終結間もない5年前のこと。
大陸中の国々は未だ戦後の混乱の中にあり、戦いの傷跡が大きかった地域は復興の途上であったが、幸いにもモーリス公爵領は直接の戦闘区域になったことはなく、領民は平穏な日々を過ごしていた。
しかし、王国の重鎮であるモーリス公爵自身は、他領や他国の復興支援を行うため陣頭指揮をとる立場であり、仕事のため自領と王都を頻繁に行き来する生活を送っていた。
モーリス公爵家の幼い娘……レティシアは、父親が不在がちである事に少し寂しい思いをしていたが、いつも優しく甘やかしてくれる父のことを大変慕っており、王都から父が帰ってくるのを何時も心待ちにしていた。
母や、少し歳の離れた兄も、幼く愛らしいレティシアの事をたいそう可愛がっていて、彼女は家族の愛情を一身に受けてすくすくと成長していた。
5歳になったレティシアは明るく元気な……少しお転婆な女の子だった。
少々活発過ぎて使用人たちを困らせる事もあったが、モーリス家の邸の者たちは愛くるしい彼女のことを大切に思っていた。
ある日のこと。
邸中を元気いっぱいに駆け巡るレティシアと、お付きの年若いメイドが彼女を追いかける光景が繰り広げられていた。
それは、いつも変わらないなんの変哲も無い日常の光景……のはずだった。
「お待ち下さいっ!お嬢様!」
「キャハハッ!わ~い、捕まらないよ~!」
普段からそんな様子を見ていた母親は、「そろそろ淑女教育しないといけないかしらね……」などと呟いていたものだが、使用人たちは心の中で、「早くしてください……」と願っていたりもした。
今日も今日とて縦横無尽に駆け巡るレティシア。
不幸が訪れたのは、彼女が3階から下る階段にさしかかろうとした時だった。
「お嬢様!階段を駆け下りるのは危険です!」
「だいじょうぶだよっ!それ~!って、わわわっ!!?」
メイドの制止の声も気にせずに階段を駆け下りていた彼女だったが、足がもつれてしまい、その勢いのまま一気に階下まで転げ落ちてしまった。
「ああっ!?お嬢様ぁーーっ!!」
レティシアは転んだまま起き上がらない。
メイドは急いで駆け寄るが、どうやら気を失ってしまったらしい。
「だ、誰かーー!!お嬢様が!!」
慌てたメイドが大声で助けを呼ぶと、近くにいた使用人たちが集まってくる。
「誰か奥様とリュシアン様に……!あ、あとお医者様を?いえ、先ずはお部屋に……!?」
「落ち着かんか!頭を打っているかもしれん!慎重にお嬢様の部屋にお運びするんだ!お前たちは奥様とリュシアン様に知らせろ!お前は主治医の先生を呼びに行くんだ!」
「「「はいっ!」」」
オロオロするばかりのメイドに代わって、年配の使用人がテキパキと指示を出す。
平穏だった邸は一転して蜂の巣をつついたかのように大騒ぎとなるのだった。
レティシアが階段を転げ落ちて気を失ってから数刻。
医師の診察も終わって彼女は自室のベッドに寝かされていた。
診察によれば、外傷もなく魔法による精密検査でも異常は見られず、直に目を覚ますだろうとのことだった。
暫くは静かに寝息を立てていたレティシアだが、やがて身じろぎし、うっすらと瞼を開く。
そして、ややぼんやりとした面持ちながら目を覚まして上体を起こした。
先刻までは心配した母や兄が側についていたが、今は一旦席を外しているようだ。
お付きのメイドも今は控えの間の方にいるので、今部屋の中にいるのは主たるレティシア一人だけだった。
起き上がって暫くはぼんやりしていた彼女だったが、次第にその目には光が宿って行く。
「………………?」
状況が掴めていないらしく、不思議そうにキョロキョロと部屋の中を見渡す。
「え……?ここ、は…………!?何だ!?声がっ!?」
自ら発した声の色に驚愕する。
相当混乱しているようだ。
「まるで子どもの声じゃないか…………って!?手も小っさ!?」
声だけではなく、視界に入った自らの手も子供のそれだった事で混乱に拍車がかかる。
「いったい何が起きてるんだ……たしか『俺』は…………痛っ!?」
記憶を呼び覚まそうとすると、頭に鋭い痛みが走り思わず苦悶の声を上げる。
「……レティ……シア?なんだこの記憶は……『俺』は黒須鉄路…………ううん、『わたし』はレティシア…………何だこれっ!?なにこれぇっ!?」
目が覚めて以降の男のような口調と、本来の彼女の口調が混じり合いながらそれは悲鳴となって部屋中に響く。
その声を聞きつけた側付きのメイドが部屋に入ってくる。
「お嬢様!どうされました!?」
「な、なんでもないよ。ちょっとこわいゆめをみたの」
その言葉は自然と口にすることができた。
そのおかげか、先程までの混乱は完全ではないが沈静化する。
「そうですか…………お嬢様、お加減は如何ですか?どこか痛いところはございませんか?」
「え~と、いたいところはないわ」
先程は鋭い頭痛を感じのだが、既にそれは治まっている。
「ほっ、よかったです…………お医者様は大丈夫だと仰ってましたが、なかなか目を覚まされなかったので心配しました。…………お嬢様、だから申し上げましたでしょう?階段を駆け下りては危ないと。これを機に、少しは大人しくしてくださいね」
「う、うん……ごめんなさい、エリーシャ。もうはしらないようにするわ」
メイド……エリーシャからお小言を聞いて、気を失う前の記憶を思い出したレティシアは素直に謝る。
だが、もともとのレティシアの記憶は思い出したものの、依然もう一つの記憶については混乱したままである。
「では、私はお嬢様が目覚められたことを奥様とリュシアン様にお知らせしてきますね。お嬢様はご無理をなさらず、このままお休みしててくださいね」
「うん、ありがとう、エリーシャ」
そうしてエリーシャは部屋を出ていった。
それを確認したレティシアは、今のうちに……と記憶の整理を試みるのだった。
大陸中の国々は未だ戦後の混乱の中にあり、戦いの傷跡が大きかった地域は復興の途上であったが、幸いにもモーリス公爵領は直接の戦闘区域になったことはなく、領民は平穏な日々を過ごしていた。
しかし、王国の重鎮であるモーリス公爵自身は、他領や他国の復興支援を行うため陣頭指揮をとる立場であり、仕事のため自領と王都を頻繁に行き来する生活を送っていた。
モーリス公爵家の幼い娘……レティシアは、父親が不在がちである事に少し寂しい思いをしていたが、いつも優しく甘やかしてくれる父のことを大変慕っており、王都から父が帰ってくるのを何時も心待ちにしていた。
母や、少し歳の離れた兄も、幼く愛らしいレティシアの事をたいそう可愛がっていて、彼女は家族の愛情を一身に受けてすくすくと成長していた。
5歳になったレティシアは明るく元気な……少しお転婆な女の子だった。
少々活発過ぎて使用人たちを困らせる事もあったが、モーリス家の邸の者たちは愛くるしい彼女のことを大切に思っていた。
ある日のこと。
邸中を元気いっぱいに駆け巡るレティシアと、お付きの年若いメイドが彼女を追いかける光景が繰り広げられていた。
それは、いつも変わらないなんの変哲も無い日常の光景……のはずだった。
「お待ち下さいっ!お嬢様!」
「キャハハッ!わ~い、捕まらないよ~!」
普段からそんな様子を見ていた母親は、「そろそろ淑女教育しないといけないかしらね……」などと呟いていたものだが、使用人たちは心の中で、「早くしてください……」と願っていたりもした。
今日も今日とて縦横無尽に駆け巡るレティシア。
不幸が訪れたのは、彼女が3階から下る階段にさしかかろうとした時だった。
「お嬢様!階段を駆け下りるのは危険です!」
「だいじょうぶだよっ!それ~!って、わわわっ!!?」
メイドの制止の声も気にせずに階段を駆け下りていた彼女だったが、足がもつれてしまい、その勢いのまま一気に階下まで転げ落ちてしまった。
「ああっ!?お嬢様ぁーーっ!!」
レティシアは転んだまま起き上がらない。
メイドは急いで駆け寄るが、どうやら気を失ってしまったらしい。
「だ、誰かーー!!お嬢様が!!」
慌てたメイドが大声で助けを呼ぶと、近くにいた使用人たちが集まってくる。
「誰か奥様とリュシアン様に……!あ、あとお医者様を?いえ、先ずはお部屋に……!?」
「落ち着かんか!頭を打っているかもしれん!慎重にお嬢様の部屋にお運びするんだ!お前たちは奥様とリュシアン様に知らせろ!お前は主治医の先生を呼びに行くんだ!」
「「「はいっ!」」」
オロオロするばかりのメイドに代わって、年配の使用人がテキパキと指示を出す。
平穏だった邸は一転して蜂の巣をつついたかのように大騒ぎとなるのだった。
レティシアが階段を転げ落ちて気を失ってから数刻。
医師の診察も終わって彼女は自室のベッドに寝かされていた。
診察によれば、外傷もなく魔法による精密検査でも異常は見られず、直に目を覚ますだろうとのことだった。
暫くは静かに寝息を立てていたレティシアだが、やがて身じろぎし、うっすらと瞼を開く。
そして、ややぼんやりとした面持ちながら目を覚まして上体を起こした。
先刻までは心配した母や兄が側についていたが、今は一旦席を外しているようだ。
お付きのメイドも今は控えの間の方にいるので、今部屋の中にいるのは主たるレティシア一人だけだった。
起き上がって暫くはぼんやりしていた彼女だったが、次第にその目には光が宿って行く。
「………………?」
状況が掴めていないらしく、不思議そうにキョロキョロと部屋の中を見渡す。
「え……?ここ、は…………!?何だ!?声がっ!?」
自ら発した声の色に驚愕する。
相当混乱しているようだ。
「まるで子どもの声じゃないか…………って!?手も小っさ!?」
声だけではなく、視界に入った自らの手も子供のそれだった事で混乱に拍車がかかる。
「いったい何が起きてるんだ……たしか『俺』は…………痛っ!?」
記憶を呼び覚まそうとすると、頭に鋭い痛みが走り思わず苦悶の声を上げる。
「……レティ……シア?なんだこの記憶は……『俺』は黒須鉄路…………ううん、『わたし』はレティシア…………何だこれっ!?なにこれぇっ!?」
目が覚めて以降の男のような口調と、本来の彼女の口調が混じり合いながらそれは悲鳴となって部屋中に響く。
その声を聞きつけた側付きのメイドが部屋に入ってくる。
「お嬢様!どうされました!?」
「な、なんでもないよ。ちょっとこわいゆめをみたの」
その言葉は自然と口にすることができた。
そのおかげか、先程までの混乱は完全ではないが沈静化する。
「そうですか…………お嬢様、お加減は如何ですか?どこか痛いところはございませんか?」
「え~と、いたいところはないわ」
先程は鋭い頭痛を感じのだが、既にそれは治まっている。
「ほっ、よかったです…………お医者様は大丈夫だと仰ってましたが、なかなか目を覚まされなかったので心配しました。…………お嬢様、だから申し上げましたでしょう?階段を駆け下りては危ないと。これを機に、少しは大人しくしてくださいね」
「う、うん……ごめんなさい、エリーシャ。もうはしらないようにするわ」
メイド……エリーシャからお小言を聞いて、気を失う前の記憶を思い出したレティシアは素直に謝る。
だが、もともとのレティシアの記憶は思い出したものの、依然もう一つの記憶については混乱したままである。
「では、私はお嬢様が目覚められたことを奥様とリュシアン様にお知らせしてきますね。お嬢様はご無理をなさらず、このままお休みしててくださいね」
「うん、ありがとう、エリーシャ」
そうしてエリーシャは部屋を出ていった。
それを確認したレティシアは、今のうちに……と記憶の整理を試みるのだった。
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