上 下
485 / 683
第十三幕 転生歌姫と生命神の祈り

第十三幕 8 『魔王』

しおりを挟む

 これは私の夢の中。
 だけど、今見ているのはかつて確かにあった出来事。
 世界中を恐怖に陥れた魔王と、勇者たちの最終決戦。




『……よくぞ、ここまで辿り着いたものだ。お前たちこそ正に勇者と呼ぶに相応しかろう』

『……リシィに何をした!!』

『目を覚まして、リシィ!!』

『リシィ!!そんなとこで寝てないで早く起きろ!!』


 ここまで攻め込まれても余裕の態度を崩さない魔王は、威厳あふれる低い声で寧ろテオフィール達のこれまでの健闘を称える。

 そして、対する三人は祭壇に横たわってるリシィに声をかけるが、彼女はピクリともしない。


『控えなさい、下郎ども。この方をどなたと心得るか。全人類を高みへと導く至高のお方なるぞ。それに、神聖なる儀式を邪魔立てするとは、無粋の極み』

 魔王の傍らに控え、豪然と言い放つのは調律師だ。
 今の時代の彼女よりも、更に冷徹な雰囲気を感じる。

 そして、横たわるリシィに向き直ってから、尚も言葉を続ける。



『我が姉ながら『黒き神』に反旗を翻すなど……愚かな選択をしたものです。ですが……此度はその魂を捧げ、人類の進化の先にまで至る事が出来れば……それが過ちであった事を理解してくれるはず。そして……あぁ、姉さん……かつての約束通り、私達は共に歩んでいきましょう……』

 恍惚の表情すら浮かべて、彼女はそう言った。

 そして、調律師は意識を集中して祈りの言葉を紡ぎ始める。
 『黒き神』を崇め奉り、リシィの魂を捧げ、果てにその身を人類を超越したものにすることを希う。


『やめなさい!!テオ、お願い!!』

『ああ!!』

 リディアの言葉に応じて、テオフィールがシギルを発動させる。

『ロラン!行くわよ!!』

『応よ!!』

 そして、リディアとロランが飛び出して、魔王と調律師に最後の戦いを挑んだ!!

 二人とも先ずはリシィを救出するべく調律師に襲いかかるが、その前に魔王が立ちふさがる!


『儀式の邪魔はさせぬ』

 そう言いながら、魔王はどこからともなく現れた巨大な剣を手にして二人を迎え撃つ!


 リディアもシギルを発動させ、手にした剣から鮮烈な青い輝きが放たれる。
 あの剣は……聖剣グラルヴァルだ!

 ロランが手にした長柄斧ポールアクスも眩い白銀の輝きを纏っているところを見ると、名のある神聖武器に違いない。



 立ちはだかる魔王に、二人は飛び出した勢いそのままに突っ込んで雷の如き神速で武器を振るう!!


 ガィンッッ!!!

 ギィンッッ!!!


 しかし、魔王はおよそ片手で扱えるようなものには見えない巨剣を目にも留まらぬ速さで振るって、二人の初撃を叩き落とした!


『くっ……!速いっ!?』

『そんなバカでかい剣で……!!』

『ふ……ぬるいな。そんなものか?お前たちの力は?』

 その場から微動だにせず二人の攻撃を防いだ魔王は、嘲笑とともに挑発の言葉を浴びせる。


『まだまだぁっ!!!』

『うおーーーっっ!!!』

 魔王を倒さなければリシィの元には辿り着けないと判断した二人は、全力を以て戦いを継続する。



 その間、テオフィールのシギルによって彼の身体から滅魔の光が放たれ……調律師に向かって収束した光の奔流が襲いかかる!!


『無駄ですっ!!』


 光が彼女を飲み込もうとした瞬間……!
 ブワッ!と調律師が纏った闇の衣が大きく広がり、リシィもろとも闇の結界が覆う!

 滅魔の光と闇の結界は互いに対消滅を繰り返して拮抗する。


『くっ……闇が……祓えない!!』


 魔王との戦いでリディアとロランは手一杯。
 助力を願うのは難しい状況だ。


 やがて……リシィが横たわる祭壇の上空に黒い靄のようなものが現れた。
 それは瞬く間に濃さを増して、光を飲み込む漆黒の闇となった。


『さあ、『黒き神』よ!!ここに贄を捧げます!!』

 すると、『闇』から何本もの黒い触手がリシィの身体を絡め取る!

『……あっ!?くぅっ!!……あぁーーーーーっっ!!!』

 それまでただ眠っていたように目を閉じていたリシィは、身体中を這い回る触手が侵食し始めると、目を見開いて身体を震わせて苦痛の叫び声を上げる!


『『リシィーーーッッ!!!』』

 テオフィールとリディアの悲痛な叫び声が響き渡るが……闇の触手はリシィの身体を持ち上げていき……遂には闇の本体の中に彼女を取り込んでしまった!!



 もはやリシィを救い出すことは叶わないのか……そう思ったその時!


『させるかよっ!!!でりゃあーーーっっっ!!』


 魔王と切り結んでいたロランが一瞬の隙を突いて、渾身の気合でもって長柄斧ポールアクスを投擲した!!

 それは、唸りを上げて回転しながら調律師に向かって猛然と襲いかかり……闇の結界を切り裂く!!



『!!しまっ……!?』

『テオフィール様!!今です!!!』

『うぉーーーーっっ!!!』


 これまで滅魔の光を阻んでいた闇の結界が一気に霧散し、光は調律師もろともリシィを捕えた『闇』を飲み込んでいく!!

 それはあっという間に『闇』を祓い……そしてリシィは祭壇の上に転げ落ち、再び眠りにつく。
 その髪は……艷やかな黒から白銀に染まっていた。


『リシィ!!そんな……間に合わなかったの?』

 髪色の変化を見たリディアが絶望の呟きを漏らした。

 その瞬間!


『ぐぁーーっっ!!?』

 武器を失ったロランが魔王の巨剣をまともに受けて大きく吹き飛んだ!!

『ロラン!!?』

『ぐ……はぁっ!!』

 どうやら即死は免れたようだけど、苦しそうな呻き声を上げて血反吐を吐いたところをみると、内臓に大きなダメージを負った様子。
 あれでは、もはや戦闘続行は無理だろう……


『……ヴィーはやられたか。消滅は免れたようだが、暫く活動することは出来まい。……まこと、やりよるわ』


 ロランは戦闘不能。

 そして、テオフィールも先の滅魔の光による攻撃で、肩で息をしているような状態だ。
 おそらくはシギルの発動も長くは維持出来ないだろう。

 一方で調律師も……倒し切ることは出来ていないが、戦闘不能に追い込んでいる。


 そして、魔王はまだまだ余力を残している。
 まだ本気も出していないだろう。



 果たして……ここから魔王を打倒することが出来るのか……?

 結末を知ってはいても、私はそう思わずにはいられなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

私って何者なの

根鳥 泰造
ファンタジー
記憶を無くし、魔物の森で倒れていたミラ。テレパシーで支援するセージと共に、冒険者となり、仲間を増やし、剣や魔法の修行をして、最強チームを作り上げる。 そして、国王に気に入られ、魔王討伐の任を受けるのだが、記憶が蘇って……。 とある異世界で語り継がれる美少女勇者ミラの物語。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

処理中です...