9 / 683
第一幕 転生歌姫のはじまり
第一幕 5 『出発』
しおりを挟む
目が覚めると、昇りかけの太陽が街を赤く染めるような時間で、窓から光は差し込んでいるものの部屋はまだ薄暗かった。
いつもの起床時間よりはかなり早いが、今日は依頼の約束があるのでそれほど余裕がある訳ではない。
皆を待たせるわけにはいかないから、さっさと支度を済ませてしまおう。
顔を洗い、口をゆすぎ、鏡を見ながら髪を整えて、着替える。
母親の形見だというペンダントを身につける。
そんな、毎朝やっていたであろうルーチンも問題なくこなす。
まだカティアは日常的には化粧をしてないようだ。
必要ないとも言えるが、【俺】の精神衛生的には助かる。
それにしても、不思議な夢を見た。
……いや、あれは夢じゃなく実際にあった事なのかもしれない。
そうであってほしいと思う。
彼女がこれからどうなっていくのか分からないけど、また会えるのを楽しみにしている。
早々に支度を終えて、宿の食堂に向った。
まだかなり早い時間だが、早朝から活動する商人や冒険者たちのために既に営業を始めている。
ただ、営業開始からはそれほど経っておらず、まだ食堂内は閑散としていた。
数人が朝食をとっているだけで、ほとんどのテーブルは空いている。
その中に父さんを見つけたので、給仕に注文をしてからそちらに向った。
「おはよう、父さん」
「おう、おはよう。だいぶ早いがよく眠れたか?」
「うん、大丈夫。他の皆はまだみたいね」
「そのうち来るだろ。アネッサには伝えてくれたんだよな」
「うん。今日はリィナも宿のお手伝いしながら留守番してるって」
「なら良かった。と、噂をすれば……来たな」
ティダ兄とアネッサ姉さん、ロウエンさんも一緒だ。
「おはよう、リィナはまだ寝てるの?」
「おはよう~、ダードさん、カティアちゃん~。まだ流石に早いし起こすのも可愛そうだから~、そっと出てきたわ~」
見送りたかった、とか後で拗そうだけど大丈夫かな……
まあ、リィナはしっかりした子だから大丈夫か。
ほかの皆とも朝の挨拶を交わして、給仕が持って来た朝食を食べ始める。
「よし、皆食べながらで良いから聞いてくれ」
先に食べ終わっていた父さんが、これからの予定を話し始める。
「俺たちがこれから調査に向うスオージの大森林だが、昨日侯爵に聞いた通り何らかの異常……おそらく強力な魔物がいる可能性が高い。熟練の斥候を擁する調査の専門家とも言えるパーティーが行方不明になっている。俺らはどんな状況にも対応できるようにと、戦闘能力を買われて指名された訳だが……不意打ちを受ければ俺らだって危ねえ。うちのロウエンだって斥候として相当なもんだが、それに頼りきらずに各自最大限に警戒してくれ。そんな状況なんでな、単独行動は危険だ。だから今回は、効率は悪いがバラバラに散開しないで密集陣形でいくぞ」
「その行方不明のパーティーって~、どの程度の実力だったんです~?」
「ああ、一応捜索も兼ねてるんで侯爵に確認したんだが、なかなかのもんだ。5人パーティーでな、リーダーがBランクの剣士、後はCランクって……それだけ聞くと大したことないように聞こえるんだがな」
「あとは魔道士が一人と、斥候役が3人って変わった構成らしいッス。調査専門ってのは伊達じゃないッスね。スキルも聞いた限りじゃ斥候系のものは大体網羅していて熟練度も5~7、正直このパーティーの不意を打つなんて、たとえ高位の魔物でも限られるんじゃないッスかね?」
アネッサ姉さんの疑問に、父さんとロウエンさんが答える。
「ねえ、ロウエンさん、限られるってことはある程度相手の目星は付くの?」
「うーん、そうッスねぇ……限られるっていっても魔物の種類は多いッスからねぇ……でも森林ってのを考慮すると、例えば脅威度Bランクのファントムウルフとか。こいつは隠形に優れる上に察知能力も高い。更に足の速さがハンパないんで、索敵範囲外から一気に接近されると熟練の斥候でも対処が難しいッス。あとは……同じくBランクのアサシンスパイダー。こいつはとにかく気配が掴みにくく相当に注意してないと奇襲を受けやすいッス。まあ、このあたりはオイラは察知できるし、万一奇襲されてもこの面子なら問題ないッス。そのほかだと霊体系のアンデッドとかも厄介ッスね。あとはAランクとかも考えられるッス」
なるほど……今ある情報だけでは絞り込むのは難しそうだね。
でも、ロウエンさんが挙げた魔物はどれも説得力があると思う。
「さすがロウエンさん、見た目も言動もチャラいけどこの手の知識はうちでも随一だよね」
「カティアちゃん、それ褒めてないッス」
「しかし、候補はそれなりにいるって事か。魔物が原因とも限らないしな。行ってみないとなんとも、か」
「ああ、ここで議論しててもしょうがねえ。皆メシは食い終わったな。じゃあ、そろそろ出発しよう」
話をしているうちにいつの間にか皆食べ終わっており、いよいよ出発することになった。
まずは馬を借りるため、東門の領軍詰所にある厩舎に向かうことになった。
日はすっかり昇り、さわやかな朝の空気の中にパンの焼けるいい匂いが混じる。
早くも職場に向かう人たちや、街の外に向かう同業者らしき人々、夜通し飲んでいたのかまだ酔いも覚めやらぬ様子で家路につく人など、まだ朝も早い時間だがそこそこ人通りがある。
宿は東門の近くなので、程なく領軍詰所に到着した。
門の前に立つ衛兵の一人に父さんが声をかける。
「すまない。我々は冒険者パーティーの……あ~『エーデルワイス』なんだが、侯爵閣下からこちらに話は行ってるだろうか?」
「はっ!エーデルワイスの皆さんですね。話は伺っております。厩舎の方にご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
そう言って、門の中に招き入れてくれる。
中に案内されて歩いてる途中……ちょんちょん、と姉さんが突いてくる。
なあに?
「エーデルワイスって~?」
「あ、そうか。まだ伝えてなかったっけ。昨日侯爵様にパーティー名は?って聞かれて急遽決めたの。姉さんもパーティー名はあった方が良いって言ってたって、ティダ兄から聞いたし。ほら、うちの一座のシンボルマークに使われてるじゃない?」
「あ~、あれね~。良いじゃない~。何だったら一座の名前もエーデルワイス歌劇団とかにすれば~?ダードレイ一座じゃなんだかダサいな~って思ってたのよね~」
……なんか、ナチュラルにディスってる気がするけど、それは父さんに言ってね。
そんな話をしながら、案内されるまま歩いていく。
詰所の建物には入らず脇を通り抜けて行くと、練兵場と思しき広場がありその奥の一角に厩舎があった。
「こちらです。今回お貸しするのは5頭でよろしかったでしょうか」
「ああ、ありがとう。5頭で問題な……っと。カティア、お前馬乗れたっけか?」
……乗れない。
本来の【私】なら。
一座で馬車は使うので御者はできるんだけど、何故か乗馬はしたことが無かったんだよね……
でも、いまの私のスキルには[乗馬4]がある。
……うーん、これゲームから引き継いだものみたいなんだけど、実際に乗れるのだろうか?
「……多分、大丈夫だと思う…?」
「多分って……何で疑問形なんだ?別に誰かと相乗りでもいいんだぞ」
「ちょっと試してみる。すみません、1頭お借りしても?」
「え、ええ、構いませんが……」
ちょっと不安だし、大人しそうな子がいいかな。
馬房を巡り一頭一頭見ていく。
よし、この子にしようかな。
近づいて声をかけたら鼻を擦り寄せてきてくれて、とても懐っこい感じの栗毛の子。
可愛い。
馬房から外に出して馬具を付けてもらい……
「乗せてもらうね?」
「ヒヒンッ!」
一声かけてから跨った。
……何となく走らせ方が分かるかな?
最初は並足で、その後軽く駆け足で練兵場を走らせてみた。
うん、大丈夫そうだ。
「よ~し、どうどう!……はい、ありがとうね」
「ぶるるっ!」
首を撫でながらお礼を言うと、どういたしまして、と返事してくれたような気がする。
うん!乗馬って楽しい!
【私】も【俺】も経験ないことなのでとっても新鮮な気分だ。
「あぁ、どうやら大丈夫みたいだな」
様子を見ていた父さんからも太鼓判をもらった。
どうやら、本来の私が持っていなかったスキルでも、問題なくその技能を扱えることが分かった。
「しかし、いつの間に乗馬なんて覚えたんだ?」
「あ、あぁ、ほ、ほら冒険者の依頼で遠出することもあるし、できたほうが良いと思ってたまに練習してたのですことよ。オホホホ……」
「?……そうか。しかし、お前どっちが本職かますます分からなくなってきたな」
「それは皆そうでしょ……」
馬を借り街を出た一行は、街道を一路東へ進む。
昨日も通ったが街道は平和そのもので、なんのトラブルもなく順調に進む。
やがて、街道から外れ北に向かって伸びる小道に入った。
街道程では無いが、馬が2頭並んで走る程度には広く、移動スピードが落ちることはなく快調に進む。
事前に確認した地図によれば、この道はスオージ大森林の近傍まで続いており、このまま進めば侯爵様に教えてもらった領軍の野営地の一つに辿り着くことができる。
道の両側は草原になっており、ところどころに大小の森林が見える。この先に進むにつれて徐々に森が深くなっていくのだろう。
小道に入ってしばらく進んだところでロウエンさんが警告を発した。
「大将!何かいるッス!多分、魔物が複数!」
「ちっ、面倒だな……振り切れねえか?」
「あそこの森の中、同じくらいのスピードで並走してるッス!」
そう言って、進行方向右手側の少し離れたところで道と並行している森を指す。
確かにこちらに合わせて森の中を走る複数の気配を感じる。
「父さん!ここで迎撃しよう!確かこの先は湿地で足場が悪くなるよ!」
「よし!馬を止めろ!各自迎撃態勢!」
「「「応!(は~い!)」」」
父さんが号令をかけると、皆一斉に馬を止め下馬し迎撃態勢を整える。
「来るッス!」
こちらが止まったのに合わせて森から一斉に飛び出してきた魔物、その数およそ三十匹程の……
「ブラッドウルフか!」
血で染まったかのように赤い毛を纏った体長1.5m程の狼で、単独ではそれほど脅威ではないが、大体は十数匹程の群れで行動し、その場合は脅威度Bランク相当とされる魔物だ。
その敏捷性を活かした連携を得意とし、並の冒険者ではかなり危険な相手だ。
しかも、通常よりもかなり数が多い。
だが……
「アネッサ!初撃頼む!」
「は~い、[氷弾・散]」
姉さんの魔法により、空気中の水分を凝集して作られた氷の弾丸が広範囲にばら撒かれる。
本来は単発のところ、散弾銃のようにアレンジしてる。
威力よりも相手の出鼻を挫くために発動速度と効果範囲を優先したようだ。
狙い通り、魔物たちの突撃の勢いは大きく削がれた。
そのうちの何匹かは当たりどころが良かったようで一撃で仕留める事ができたみたいだ。
そこに父さんとティダ兄が飛び込んでいく。
「ティダは右を頼んだ!ロウエンとカティアはアネッサと馬を守りつつ、抜けたやつを潰せ!」
「分かった」
「「了解!(ッス!)」」
父さんは指示を出しつつ本来は両手で扱うはずの大剣を片手で軽々とふるい、一振りでまとめて4~5匹を倒す。
ティダ兄は対照的に目にも止まらない双剣の連撃で次々とうち倒していく。
それでもさすがに数が多いので二人で全てを相手にできるわけではなく、間を抜けた2匹がこちらにやって来た。
左右から挟み込むように連携を取って迫ってくる相手をギリギリまで引きつける。
そして、襲いかかってくるタイミングに合わせてバックステップ……紙一重で躱し、2匹が交錯するのに合わせて一太刀でまとめて首を斬り飛ばす。
その後も、前衛二人は次から次へと屍を積み上げる。
ときおり抜けてくるのも、私とロウエンさんで危なげなく討ち取っていく。
瞬く間に数を減らしたブラッドウルフは、残り数匹になったところで逃げ出していった。
「よし、深追いはしなくていい。馬は大丈夫か?」
「ちょっと興奮してるけど~、大丈夫~。さすが良く訓練されてるわ~。よしよし、いい子ね~」
突然の襲撃から始まった戦闘もさして時間もかからずに終了、こちらの被害は特に無し。
流石は高ランク冒険者を擁するパーティーなだけに、全く危なげなかった。
気心の知れた者同士なので連携も問題なし、と。
「しかし随分と数が多かったな。ブラッドウルフってのはあんなに群れるもんだったか?」
「いや、普通は多くても十数匹程度のはずッス。これも異変の影響ッスかね?」
「そうかもしれん。スオージの森から追い出されたいくつかの群れが合流したのかもな」
しかし、あんなのが街道まで行ったら大変だ。
何匹かは逃してしまったが、数を減らせてよかったよ。
「じゃあ、馬が落ち着いたらまた出発だ。あっと、その前に後始末頼む」
「分かったわ~、カティアちゃんもお願い~」
「うん。じゃあ私はこっちをやるね」
死体の後始末を姉さんと手分けする。
今回は時間も惜しいので小規模高火力の魔法で手早く焼却して、一応魔核も集めておく。
「終わったよ」
「こっちも~」
「よし、じゃあ行くか。領軍の野営地はあともうすぐでたどり着けるだろう」
戦闘と後始末に少々時間は取られたが、特に問題なく直ぐに再出発した。
いつもの起床時間よりはかなり早いが、今日は依頼の約束があるのでそれほど余裕がある訳ではない。
皆を待たせるわけにはいかないから、さっさと支度を済ませてしまおう。
顔を洗い、口をゆすぎ、鏡を見ながら髪を整えて、着替える。
母親の形見だというペンダントを身につける。
そんな、毎朝やっていたであろうルーチンも問題なくこなす。
まだカティアは日常的には化粧をしてないようだ。
必要ないとも言えるが、【俺】の精神衛生的には助かる。
それにしても、不思議な夢を見た。
……いや、あれは夢じゃなく実際にあった事なのかもしれない。
そうであってほしいと思う。
彼女がこれからどうなっていくのか分からないけど、また会えるのを楽しみにしている。
早々に支度を終えて、宿の食堂に向った。
まだかなり早い時間だが、早朝から活動する商人や冒険者たちのために既に営業を始めている。
ただ、営業開始からはそれほど経っておらず、まだ食堂内は閑散としていた。
数人が朝食をとっているだけで、ほとんどのテーブルは空いている。
その中に父さんを見つけたので、給仕に注文をしてからそちらに向った。
「おはよう、父さん」
「おう、おはよう。だいぶ早いがよく眠れたか?」
「うん、大丈夫。他の皆はまだみたいね」
「そのうち来るだろ。アネッサには伝えてくれたんだよな」
「うん。今日はリィナも宿のお手伝いしながら留守番してるって」
「なら良かった。と、噂をすれば……来たな」
ティダ兄とアネッサ姉さん、ロウエンさんも一緒だ。
「おはよう、リィナはまだ寝てるの?」
「おはよう~、ダードさん、カティアちゃん~。まだ流石に早いし起こすのも可愛そうだから~、そっと出てきたわ~」
見送りたかった、とか後で拗そうだけど大丈夫かな……
まあ、リィナはしっかりした子だから大丈夫か。
ほかの皆とも朝の挨拶を交わして、給仕が持って来た朝食を食べ始める。
「よし、皆食べながらで良いから聞いてくれ」
先に食べ終わっていた父さんが、これからの予定を話し始める。
「俺たちがこれから調査に向うスオージの大森林だが、昨日侯爵に聞いた通り何らかの異常……おそらく強力な魔物がいる可能性が高い。熟練の斥候を擁する調査の専門家とも言えるパーティーが行方不明になっている。俺らはどんな状況にも対応できるようにと、戦闘能力を買われて指名された訳だが……不意打ちを受ければ俺らだって危ねえ。うちのロウエンだって斥候として相当なもんだが、それに頼りきらずに各自最大限に警戒してくれ。そんな状況なんでな、単独行動は危険だ。だから今回は、効率は悪いがバラバラに散開しないで密集陣形でいくぞ」
「その行方不明のパーティーって~、どの程度の実力だったんです~?」
「ああ、一応捜索も兼ねてるんで侯爵に確認したんだが、なかなかのもんだ。5人パーティーでな、リーダーがBランクの剣士、後はCランクって……それだけ聞くと大したことないように聞こえるんだがな」
「あとは魔道士が一人と、斥候役が3人って変わった構成らしいッス。調査専門ってのは伊達じゃないッスね。スキルも聞いた限りじゃ斥候系のものは大体網羅していて熟練度も5~7、正直このパーティーの不意を打つなんて、たとえ高位の魔物でも限られるんじゃないッスかね?」
アネッサ姉さんの疑問に、父さんとロウエンさんが答える。
「ねえ、ロウエンさん、限られるってことはある程度相手の目星は付くの?」
「うーん、そうッスねぇ……限られるっていっても魔物の種類は多いッスからねぇ……でも森林ってのを考慮すると、例えば脅威度Bランクのファントムウルフとか。こいつは隠形に優れる上に察知能力も高い。更に足の速さがハンパないんで、索敵範囲外から一気に接近されると熟練の斥候でも対処が難しいッス。あとは……同じくBランクのアサシンスパイダー。こいつはとにかく気配が掴みにくく相当に注意してないと奇襲を受けやすいッス。まあ、このあたりはオイラは察知できるし、万一奇襲されてもこの面子なら問題ないッス。そのほかだと霊体系のアンデッドとかも厄介ッスね。あとはAランクとかも考えられるッス」
なるほど……今ある情報だけでは絞り込むのは難しそうだね。
でも、ロウエンさんが挙げた魔物はどれも説得力があると思う。
「さすがロウエンさん、見た目も言動もチャラいけどこの手の知識はうちでも随一だよね」
「カティアちゃん、それ褒めてないッス」
「しかし、候補はそれなりにいるって事か。魔物が原因とも限らないしな。行ってみないとなんとも、か」
「ああ、ここで議論しててもしょうがねえ。皆メシは食い終わったな。じゃあ、そろそろ出発しよう」
話をしているうちにいつの間にか皆食べ終わっており、いよいよ出発することになった。
まずは馬を借りるため、東門の領軍詰所にある厩舎に向かうことになった。
日はすっかり昇り、さわやかな朝の空気の中にパンの焼けるいい匂いが混じる。
早くも職場に向かう人たちや、街の外に向かう同業者らしき人々、夜通し飲んでいたのかまだ酔いも覚めやらぬ様子で家路につく人など、まだ朝も早い時間だがそこそこ人通りがある。
宿は東門の近くなので、程なく領軍詰所に到着した。
門の前に立つ衛兵の一人に父さんが声をかける。
「すまない。我々は冒険者パーティーの……あ~『エーデルワイス』なんだが、侯爵閣下からこちらに話は行ってるだろうか?」
「はっ!エーデルワイスの皆さんですね。話は伺っております。厩舎の方にご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
そう言って、門の中に招き入れてくれる。
中に案内されて歩いてる途中……ちょんちょん、と姉さんが突いてくる。
なあに?
「エーデルワイスって~?」
「あ、そうか。まだ伝えてなかったっけ。昨日侯爵様にパーティー名は?って聞かれて急遽決めたの。姉さんもパーティー名はあった方が良いって言ってたって、ティダ兄から聞いたし。ほら、うちの一座のシンボルマークに使われてるじゃない?」
「あ~、あれね~。良いじゃない~。何だったら一座の名前もエーデルワイス歌劇団とかにすれば~?ダードレイ一座じゃなんだかダサいな~って思ってたのよね~」
……なんか、ナチュラルにディスってる気がするけど、それは父さんに言ってね。
そんな話をしながら、案内されるまま歩いていく。
詰所の建物には入らず脇を通り抜けて行くと、練兵場と思しき広場がありその奥の一角に厩舎があった。
「こちらです。今回お貸しするのは5頭でよろしかったでしょうか」
「ああ、ありがとう。5頭で問題な……っと。カティア、お前馬乗れたっけか?」
……乗れない。
本来の【私】なら。
一座で馬車は使うので御者はできるんだけど、何故か乗馬はしたことが無かったんだよね……
でも、いまの私のスキルには[乗馬4]がある。
……うーん、これゲームから引き継いだものみたいなんだけど、実際に乗れるのだろうか?
「……多分、大丈夫だと思う…?」
「多分って……何で疑問形なんだ?別に誰かと相乗りでもいいんだぞ」
「ちょっと試してみる。すみません、1頭お借りしても?」
「え、ええ、構いませんが……」
ちょっと不安だし、大人しそうな子がいいかな。
馬房を巡り一頭一頭見ていく。
よし、この子にしようかな。
近づいて声をかけたら鼻を擦り寄せてきてくれて、とても懐っこい感じの栗毛の子。
可愛い。
馬房から外に出して馬具を付けてもらい……
「乗せてもらうね?」
「ヒヒンッ!」
一声かけてから跨った。
……何となく走らせ方が分かるかな?
最初は並足で、その後軽く駆け足で練兵場を走らせてみた。
うん、大丈夫そうだ。
「よ~し、どうどう!……はい、ありがとうね」
「ぶるるっ!」
首を撫でながらお礼を言うと、どういたしまして、と返事してくれたような気がする。
うん!乗馬って楽しい!
【私】も【俺】も経験ないことなのでとっても新鮮な気分だ。
「あぁ、どうやら大丈夫みたいだな」
様子を見ていた父さんからも太鼓判をもらった。
どうやら、本来の私が持っていなかったスキルでも、問題なくその技能を扱えることが分かった。
「しかし、いつの間に乗馬なんて覚えたんだ?」
「あ、あぁ、ほ、ほら冒険者の依頼で遠出することもあるし、できたほうが良いと思ってたまに練習してたのですことよ。オホホホ……」
「?……そうか。しかし、お前どっちが本職かますます分からなくなってきたな」
「それは皆そうでしょ……」
馬を借り街を出た一行は、街道を一路東へ進む。
昨日も通ったが街道は平和そのもので、なんのトラブルもなく順調に進む。
やがて、街道から外れ北に向かって伸びる小道に入った。
街道程では無いが、馬が2頭並んで走る程度には広く、移動スピードが落ちることはなく快調に進む。
事前に確認した地図によれば、この道はスオージ大森林の近傍まで続いており、このまま進めば侯爵様に教えてもらった領軍の野営地の一つに辿り着くことができる。
道の両側は草原になっており、ところどころに大小の森林が見える。この先に進むにつれて徐々に森が深くなっていくのだろう。
小道に入ってしばらく進んだところでロウエンさんが警告を発した。
「大将!何かいるッス!多分、魔物が複数!」
「ちっ、面倒だな……振り切れねえか?」
「あそこの森の中、同じくらいのスピードで並走してるッス!」
そう言って、進行方向右手側の少し離れたところで道と並行している森を指す。
確かにこちらに合わせて森の中を走る複数の気配を感じる。
「父さん!ここで迎撃しよう!確かこの先は湿地で足場が悪くなるよ!」
「よし!馬を止めろ!各自迎撃態勢!」
「「「応!(は~い!)」」」
父さんが号令をかけると、皆一斉に馬を止め下馬し迎撃態勢を整える。
「来るッス!」
こちらが止まったのに合わせて森から一斉に飛び出してきた魔物、その数およそ三十匹程の……
「ブラッドウルフか!」
血で染まったかのように赤い毛を纏った体長1.5m程の狼で、単独ではそれほど脅威ではないが、大体は十数匹程の群れで行動し、その場合は脅威度Bランク相当とされる魔物だ。
その敏捷性を活かした連携を得意とし、並の冒険者ではかなり危険な相手だ。
しかも、通常よりもかなり数が多い。
だが……
「アネッサ!初撃頼む!」
「は~い、[氷弾・散]」
姉さんの魔法により、空気中の水分を凝集して作られた氷の弾丸が広範囲にばら撒かれる。
本来は単発のところ、散弾銃のようにアレンジしてる。
威力よりも相手の出鼻を挫くために発動速度と効果範囲を優先したようだ。
狙い通り、魔物たちの突撃の勢いは大きく削がれた。
そのうちの何匹かは当たりどころが良かったようで一撃で仕留める事ができたみたいだ。
そこに父さんとティダ兄が飛び込んでいく。
「ティダは右を頼んだ!ロウエンとカティアはアネッサと馬を守りつつ、抜けたやつを潰せ!」
「分かった」
「「了解!(ッス!)」」
父さんは指示を出しつつ本来は両手で扱うはずの大剣を片手で軽々とふるい、一振りでまとめて4~5匹を倒す。
ティダ兄は対照的に目にも止まらない双剣の連撃で次々とうち倒していく。
それでもさすがに数が多いので二人で全てを相手にできるわけではなく、間を抜けた2匹がこちらにやって来た。
左右から挟み込むように連携を取って迫ってくる相手をギリギリまで引きつける。
そして、襲いかかってくるタイミングに合わせてバックステップ……紙一重で躱し、2匹が交錯するのに合わせて一太刀でまとめて首を斬り飛ばす。
その後も、前衛二人は次から次へと屍を積み上げる。
ときおり抜けてくるのも、私とロウエンさんで危なげなく討ち取っていく。
瞬く間に数を減らしたブラッドウルフは、残り数匹になったところで逃げ出していった。
「よし、深追いはしなくていい。馬は大丈夫か?」
「ちょっと興奮してるけど~、大丈夫~。さすが良く訓練されてるわ~。よしよし、いい子ね~」
突然の襲撃から始まった戦闘もさして時間もかからずに終了、こちらの被害は特に無し。
流石は高ランク冒険者を擁するパーティーなだけに、全く危なげなかった。
気心の知れた者同士なので連携も問題なし、と。
「しかし随分と数が多かったな。ブラッドウルフってのはあんなに群れるもんだったか?」
「いや、普通は多くても十数匹程度のはずッス。これも異変の影響ッスかね?」
「そうかもしれん。スオージの森から追い出されたいくつかの群れが合流したのかもな」
しかし、あんなのが街道まで行ったら大変だ。
何匹かは逃してしまったが、数を減らせてよかったよ。
「じゃあ、馬が落ち着いたらまた出発だ。あっと、その前に後始末頼む」
「分かったわ~、カティアちゃんもお願い~」
「うん。じゃあ私はこっちをやるね」
死体の後始末を姉さんと手分けする。
今回は時間も惜しいので小規模高火力の魔法で手早く焼却して、一応魔核も集めておく。
「終わったよ」
「こっちも~」
「よし、じゃあ行くか。領軍の野営地はあともうすぐでたどり着けるだろう」
戦闘と後始末に少々時間は取られたが、特に問題なく直ぐに再出発した。
11
お気に入りに追加
344
あなたにおすすめの小説
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう!
そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね!
なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!?
欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!?
え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。
※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません
なろう日間週間月間1位
カクヨムブクマ14000
カクヨム週間3位
他サイトにも掲載
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
真紅の髪の女体化少年 ―果てしなき牝イキの彼方に―
中七七三
ファンタジー
ラトキア人――
雌雄同体という特性を持つ種族だ。周期的に雄体、雌体となる性質をもつ。
ただ、ある条件を満たせば性別は固定化される。
ラトキア人の美しい少年は、奴隷となった。
「自分は男だ――」
少年の心は男だった。美しい顔、肢体を持ちながら精神的には雄優位だった。
そして始まるメス調教。その肉に刻まれるメスのアクメ快感。
犯され、蹂躙され、凌辱される。
肉に刻まれるメスアクメの快感。
濃厚な精液による強制種付け――
孕ませること。
それは、肉体が牝に固定化されるということだった。
それは数奇な運命をたどる、少年の物語の始まりだった。
原案:とびらの様
https://twitter.com/tobiranoizumi/status/842601005783031808
表紙イラスト:とびらの様
本文:中七七三
脚色:中七七三
エロ考証:中七七三
物語の描写・展開につきましては、一切とびらの様には関係ありません。
シノプスのみ拝借しております。
もし、作品内に(無いと思いますが)不適切な表現などありましたら、その責は全て中七七三にあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる