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試練を乗り越えるのです!婚約破棄したくば!
しおりを挟む「ローザ!!俺は君との婚約を破棄する!!」
突然そんな声が響き渡り、多くの視線がその声の主に集まった。
ここは王立学園の大ホール。
今は学園でのパーティーのまっ最中であった。
生徒たちの注目が集まる先にいるのは、この国の第二王子であるダイーニ王子だ。
彼は先程の宣言とともに、ビシッ!と一人の女生徒に指を突き付けていた。
「まぁ……」
あまりにも突然の事に、ローザと呼ばれた女生徒は驚きの表情で、継ぐ言葉が出てこない様子。
彼女は公爵家の令嬢であり、ダイーニ王子の婚約者であった。
彼女は落ち着きを取り戻すと、彼に先ほどの発言の意図を問う。
「突然どうされたのです?とうとう気が触れてしまわれましたか……?」
「不敬っ!?……コホン。確かに唐突すぎたかもしれないが、前々から考えていたことだ。私はお前のその態度が……私を見下すような目が気に入らなかったのだ!」
これまでの鬱憤をぶちまけるかのように王子は言う。
だが、その言葉にも全く怯まずに、ローザは平然と言い放った。
「まぁ……見下すようなだなんて。実際、『コイツ馬鹿だな~』……なんて見下しておりましたのよ?」
「取り繕えよっ!?……くっ、やはり俺にとってお前は天敵だな」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「褒めてないっ!!……まぁいい。とにかく、お前との婚約は破棄する。そして俺は……フランと添い遂げるのだ!」
もう決定事項だと言わんばかりに、きっぱりとダイーニは断言した。
「フラン……?」
ローザの呟きに答えるように一人の女生徒が王子の隣に進み出た。
王子は彼女の肩を抱き寄せて、得意げな表情だ。
『どうだ、悔しいだろう』と、その目は言っているかのようだった。
一方のフランと呼ばれた少女は、王子に抱き寄せられながら複雑な表情を浮かべていた。
どこか申し訳無さそうに見える。
「ふっ……どうだ、ローザ?俺は、真実の愛を見つけたんだ」
「きもい……」
「きもい!?」
「まあ、良いですわ。王子がそこまで仰るのなら、仕方ありませんわね」
「……お前、いま『王子』に変なルビふらなかったか?」
「いいえ?とにかく、婚約破棄については了承しました」
と、ローザは特に未練もなく婚約破棄を受け入れる。
しかし。
「ですが……」
「何だ?さすがのお前も俺に未練が……」
「まったくこれっぽっちもないわなにいってんだてめえふざけんな」
「……」
ダイーニにみなまで言わせず食い気味にきっぱり断言するローザ。
彼は若干涙目だ。
「戯言はともかく、当人同士が婚約破棄を了承しても……あなた様と私の婚約は、様々な思惑の絡む政略で決められたことです。だから私達の一存で勝手に破棄はできません。それはあなた様も(その小さな脳みそでも)ご理解してらっしゃるのでしょう?」
「あ、ああ……それはもちろんだ(いま、何か……)」
「でしたら。今回はダイーニ様からのご要望ですので、関係各所との調整はすべてあなた様にお願いしますわ」
念押しするようにローザは言う。
言われたダイーニは少し気圧されながらも、なんだそんな事……と言わんばかりに頷いた。
「なるほど。覚悟の上……ということですわね」
悲痛な表情でそんな事を言うローザ。
ダイーニもフランも、周りで成り行きを見ていた他の生徒たちも、随分大袈裟だな……とでも言いたげに首を傾げた。
「では、まずは私の父からですね。現在、父は家督を兄に譲って隠居の身……公爵家保有の別荘の方に引きこもっているはずですわ」
「……別荘?どこにあるのだ?」
「カエレーズ山脈の奥地でございますわ」
「んなっ!?か、カエレーズって、お、お前……」
「はい。Sランクの魔物が犇き我が物顔で闊歩する、あのカエレーズ大山脈でございますね」
この国の辺境も辺境。
何者も寄せ付けない人跡未踏の地だ。
「な、なんでそんな場所に別荘があるんだ……?」
「さぁ……なんででしょうね?でも、景色は素晴らしいし、修練にはもってこいの土地なんですのよ」
「…………」
「では、頑張って下さいまし」
絶望の表情を浮かべるダイーニに、ローザは無情にも告げた。
よくよく考えれば、娘のローザならば連絡手段もありそうなものだが……素直に直接会いに行こうとするあたりダイーニは意外と誠実なのかもしれない。
……単に頭が悪いだけかもしれないが。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「も、戻ったぞ……!」
ダイーニがローザの父に婚約破棄の話をするため旅立ってから数週間後。
公爵家の屋敷で優雅にティータイムを楽しんでいたローザのもとに、ボロボロになってやつれたダイーニがやって来た。
「ちっ……死ねば良かったのに(良くご無事でお戻りになられました!)」
「逆っ!!本音と建前が逆だから!!」
「あら、失礼しました。……父から了承を得られましたか?」
「ああ、なんとかな……」
これまでの苦難の道のり思い出し、渋面になりながら答えるダイーニ。
王国騎士団の最精鋭を伴い、さらに最高ランクの冒険者を複数人雇い……それでもなお、生きて帰れたのが奇跡と思えるくらいだった。
「だが、これもフランと添い遂げるための試練と思えば何と言うこともない!……で、そのフランが何故ここにいるのだ?」
そう。
そこにいるのはローザだけでなく、ダイーニの想い人であるフランも何故か同席しているのだった。
「え、ええと、その……ローザ様にお茶に誘われて……」
「きさま、ローザ!!フランに何か嫌がらせでもしていたのだろう!!」
歯切れの悪いフランの言葉をみなまで聞かずにダイーニは激昂して叫んだ。
言いがかりではあるのだが、婚約破棄を持ち出してきた相手の想い人をティータイムに誘うなど、彼がそう思うのも無理からぬことかもしれない。
「人聞きの悪いことを言わないでくださいまし。あなた様がご不在の間、私達は友人となったのですよ」
「ほ、本当です、ダイーニ様!」
「そ、そうか……?ま、まあ、フランがそういうのなら……」
腑に落ちないながらも、当の本人にそう言われたのでは納得する他にない。
「まあともかく、次ですが……あなた様の兄上、王太子殿下でございますわね」
「兄上か。しかし……」
次に許可を取り付ける必要のある人物……彼の兄である王太子を指名されると、ダイーニは口ごもる。
その理由は。
「はい。王太子殿下は現在、魔王征伐のための遠征に出ておられますね。ですが、婚約破棄のためには必ず許可が必要となりますわ」
「くっ……分かってる!!行ってくるぞ!!待っててくれ、フラン!!」
「い、言ってらっしゃいませ、ダイーニさま……」
「頑張って下さいまし」
………………
…………
……
「ふう。やれやれ……行きましたか。騒がしかったですわね。フラン、お茶のおかわりはいかがです?」
「はい、ありがとうございますお姉様」
ダイーニが部屋を出ていったあと、彼女たちは仲睦まじい様子で再びティータイムを楽しむのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「も、戻った……ぞ……」
ダイーニが彼の兄である王太子に婚約破棄の話をするため旅立ってから数カ月後。
学園のカフェでティータイムを楽しんでいたローザとフランのもとに、ボロボロになって死にそうな表情をしたダイーニがやって来た。
「誰か警備を呼んで頂戴!!不審者が学園に侵入しているわ!」
「ま、まて!!俺だ!俺!!」
「オレダオレ?そんな詐欺師みたいな名前の人は存じませんが……」
「お前わざとやってるだろっ!?」
「はい、もちろんです」
「……もうやだこいつ」
がっくりと項垂れるダイーニ。
もうまともにやり合うだけの気力が無いようだ。
ただでさえ彼は魔王軍との激戦の最前線に王太子を訪ねて行ってきた帰りで、身も心もボロボロになっているのだから。
だが、それで手心を加えるようなローザではない。
「しかし王子、あなたが不審者であるのは紛れもない事実でございますよ?」
「……は?」
何言ってるんだこいつ?とでも言いたげに彼は間の抜けた声を漏らした。
「『は?』じゃありません。あなたは度重なる無断欠席が祟って……既に学園を退学処分となってますのよ?」
「はあぁっっ!!??」
学園のカフェにダイーニの叫び声が響き渡った。
「ま、まあ良い。これもフランと添い遂げるための試練と思えば、どうという事も……ないこともないが、それはともかく!兄上の許可は取り付けてきたぞ!!」
「はい、お疲れ様です」
「フラン、待ってろ!!もう少しでお前と……!」
「は、はい……」
「では次は……国王陛下でございますわね」
「よし!次が最後だ!!行ってくる!!」
「頑張って下さいまし」
これまでと異なり、国王は普通に城に居るはずである。
ダイーニは喜々として城へと帰っていった。
……そして、直ぐにまた戻ってきた。
「あら、王子?もう国王陛下の許可はいただけたのですか?」
「……父上からは婚約破棄のための条件を出された」
「条件?」
「ああ。『ローザと戦い、勝負に勝ったなら許す』とのことだ」
「まあ……」
ダイーニの意外な言葉に、ローザは目を丸くする。
さすがの彼女も、国王がそんな条件を出してくるとは予想してなかったようだ。
「ふっふっふっ……というわけで勝負だ!!修練場までついてこい!!」
「ふぅ……国王陛下がそう言われたからには仕方ありませんね。フラン、あなたも来る?」
「はい。お姉様の勇姿、見てみたいです」
「……フラン、そこは俺を応援してくれるところではないか?」
などとダイーニは言うが、女性であるローザ相手に本気で戦いを挑もうとしているのを見て周りが引いている事に、彼は気がついてなかった……
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「そこまで!!勝者、ローザ!!」
わーーっっ!!
立会人の教師の勝利宣言に、観客の生徒たちが盛り上がって歓声を上げた。
ローザ対ダイーニの勝負は一瞬で決着がついた。
刃引きした模擬剣と革鎧で武装したダイーニに対して、ローザは普段の制服のまま特に武器も持たずに対峙したのだが(なお、その絵面の対比のヒドさに観客たちはドン引きしていた)……
ダイーニが不用意に突っ込んできたところを、ローザがカウンターのボディーブロー一発で沈めたのだった。
「ふ……他愛のない」
「ぐおぉぉぉ……は、腹が……」
強烈な一撃をもらったダイーニは悶絶しながら地面を転げ回る。
とても惨めで哀れな姿だった……
「……しかしどうしましょうか。これでは婚約破棄出来ませんわね」
「ぐほぉ…………お、お前も婚約破棄したいなら……なぜ本気を出した……ていうか、なんでそんなに強いんだ……」
それは魔境に別荘を構えるような一族だからかもしれない。
「私もあなた様と婚約破棄したいのは山々なのですが……国王陛下が婚約破棄のための試練として私を指名されたのなら、全力を出さないわけには行きませんから」
「……婚約破棄になんで試練がいるんだよ。良いじゃないか融通を利かせたって……」
とことん情けないことを言うが、彼もそれだけ真剣なのだろう。
そして、少し考えたローザは……
「良いでしょう。では、私の身体に一度でも掠めることが出来たら合格とします」
と、ハードルを下げることにした。
「よっしゃぁああーーっ!!絶対に掠ってみせるぞ!!」
彼は勢い付くが、周りが更にドン引きしていることには全く気が付かない。
そして再戦となるのだが。
………………
…………
……
ドスッ!!
「ぐほぉっっ!?」
「はい、次」
………………
…………
……
ドゴォッ!!
「ぐぼぇっ!!??」
「次」
………………
…………
……
ドンッッ!!
「ぐはぁっっ!!??」
「ふぅ……まだまだですね」
「く、くそっ……しかし、なんで腹ばかり……」
「それはほら、ボディーは地獄の苦しみと申しますし……」
「鬼畜っ!!?」
その後も、ダイーニが挑んでローザが返り討ちにするという光景が何度も繰り返された。
最初はドン引きしていた観客たちも、王子の頑張りに感動を覚えたのか……段々と彼を応援する声援が上がり始めた。
そして、ついに……!!
シュッ……!
「あっ!?」
「む……」
「か、掠った……髪の毛に掠ったぞ!!!」
息も絶え絶えで振るわれたダイーニの剣。
無駄が削ぎ落とされ理想的な斬撃となったのが功を奏したのか……切っ先がわずかにローザの長い髪を掠めたのだ!
「やった……やったぞ!!どうだローザ!!参ったか!!」
ごく僅かに掠っただけだと言うのに、大はしゃぎで喜ぶダイーニ。
実に情けない……
無論、彼に声援を送っていた観客たちは再びドン引きである。
しかし、ローザは微笑みを浮かべて彼の健闘を称えた。
「よく頑張りましたわね、お見事です」
彼女のその言葉を受けて、その場に大きな拍手が鳴り響いた。
そして、その場の雰囲気に押されるように、ダイーニは観客に混じっていたフランのもとに駆け寄って、感極まった声で……
「フラン……俺はついにやったぞ!これで君と……どうか俺と結婚してくれ!!」
そう想いを伝えた。
彼らを祝福するかのように、再び歓声と拍手が巻き起こる。
そして、ダイーニの告白を受けたフランは、恥ずかしそうに俯いていた顔を上げて、笑顔で彼の想いに応える。
「お断りします!!」
「んなぁっ!?」
きっぱりと求婚を拒否したフラン。
驚愕に目を見開くダイーニ。
歓声と拍手が一瞬にして止み、まるで時が止まったかのようにその場が凍りついた。
そして、静寂を破ってローザがフランに歩み寄り、彼女の肩を抱き寄せて言い放った!
「王子、私は真実の愛を見つけました。私は彼女と添い遂げようと思いますわ」
「お姉様♥」
「んなぁーーっっ!!?」
ダイーニの絶叫が響き渡る。
そして彼は真っ白になって力尽きるのであった……
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