上 下
58 / 177

54.

しおりを挟む
日の当たる廊下の窓からは青々とした木の葉が風に揺れているのが見える。今日はお天気も良いし、庭でお花の観察をしようかな。
最近文字を読めるようになってきたから、庭で見つけた花を図鑑で調べる事にはまっている。過去の転生では、花をゆっくり見たり本を読んだりする事がなかったから、目に写るもの全てが珍しく思えるのよね。それに、何かを学ぶことはとっても楽しい。

「ミュラお嬢様、ごきげんよう。どちらに行かれるのですか?」
廊下の向かい側からハリーが涼しい笑顔でやってくる。手には山のように箱が積まれていた。

「ハリー、ごきげんよう。重そうな荷物ね。私はお庭に行く途中だったのだけれど、お手伝いしましょうか?」
私はワンピースの裾をちょこんと持って、まだおぼつかないカーテシーをした後、ハリーの側へと駆け寄る。

「ふふ、お手伝いは必要ございませんよ。それと、いつもお伝えしておりますが、わたくしの様な者にまで礼をする必要はございません。」
ハリーは美しい笑顔で、この箱意外と軽いんですよと持ち上げてみせる。

「そう?手伝いが必要ならいつでも言ってね。挨拶は私がしたいんだからいいのよ。それにこれもマナーのお勉強でしょう?」

「ありがとうございます。ミュラお嬢様はお庭に行く途中でしたね。サーラには伝えておりますか?」

「うんん、お庭に行くだけだからいいかなって。それにサーラはお部屋の花を活け直すと言っていたから今は部屋に居ないの。」

「ではサーラにはわたくしから伝えておきましょう。ミュラお嬢様、屋敷の門や塀の付近には近付いてはなりませんよ。危ないですからね。」

「大丈夫、わかっているわ。そうだ!ハリー、ちょっとしゃがんでくれる?」

なんでしょう?とハリーが私の目線に合わせて腰を落としてくれる。
私がすかさずハリーの頬にチュッとキスをする。

「なっ!?ミュラお嬢様?!」
ハリーは目を見開き、上ずった声をあげる。
いつも冷静なハリーが珍しい。

「カイ兄様に親しい人への挨拶の仕方を教わったのよ。間違っていたかしら?」

「は?!…い…いえ。…間違っては…おりませんが…。しかし、わたくしはミュラお嬢様にとって親しい人に含まれるのでしょうか…。」

「もちろんよ。ハリーったら変な事言うのね。じゃあ、私はそろそろ行くわね。ハリーもお仕事頑張ってね。」

パタパタと横を通り過ぎた後、速度を緩め淑女らしく歩き出す。
ハリー、なんだかちょっと変だったな。どうしたんだろう?やっぱりお仕事忙しくて疲れてるのかな?

小さい頃はハリーの事が少し怖かった。
ハリーは涼しい顔で何でもスマートにこなしてしまう。隙が無くて完璧で…そんな彼から見たら私なんか出来損ないで…目が合うと怒られそうな気がしてしまった。

でも今は違う。
ハリーはとても優しい。完璧だけど、完璧ではない部分も少し見えてきた。この5年間でハリーのいろんな顔を見てきたからこそ、今はハリーの事が怖くない。

いつも忙しくしているハリーは、ちゃんと休憩しているのかしら?家令ってお休みはあるの…よね?でも休んでいる日なんてあったかしら?

そういえばサーラもあまりお休みしていない気がする。あれ?公爵家の労働環境って大丈夫?

今度パパに聞いてみようかな。
ハリーやサーラが倒れたら大変だもの。
うん、そうしよう。
私は庭へと進む廊下で決意を固めたのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】

階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、 屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話 _________________________________ 【登場人物】 ・アオイ 昨日初彼氏ができた。 初デートの後、そのまま監禁される。 面食い。 ・ヒナタ アオイの彼氏。 お金持ちでイケメン。 アオイを自身の屋敷に監禁する。 ・カイト 泥棒。 ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。 アオイに協力する。 _________________________________ 【あらすじ】 彼氏との初デートを楽しんだアオイ。 彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。 目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。 色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。 だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。 ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。 果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!? _________________________________ 7話くらいで終わらせます。 短いです。 途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。

《短編集》美醜逆転の世界で

文月・F・アキオ
恋愛
美的感覚の異なる世界に転移 or 転生してしまったヒロイン達の物語。 ①一目惚れした私と貴方……異世界転移したアラサー女子が、助けてくれた美貌の青年に一目惚れする話。 ②天使のような王子様……死にかけたことで前世を思い出した令嬢が、化け物と呼ばれる王子に恋をする話。 ③竜人族は一妻多夫制でした……異世界トリップした先で奴隷になってしまったヒロインと、嫁を求めて奴隷を買った冒険者グループの話。

ヤンデレ幼馴染が帰ってきたので大人しく溺愛されます

下菊みこと
恋愛
私はブーゼ・ターフェルルンデ。侯爵令嬢。公爵令息で幼馴染、婚約者のベゼッセンハイト・ザンクトゥアーリウムにうっとおしいほど溺愛されています。ここ数年はハイトが留学に行ってくれていたのでやっと離れられて落ち着いていたのですが、とうとうハイトが帰ってきてしまいました。まあ、仕方がないので大人しく溺愛されておきます。

男島〜familiar〜

冬愛Labo
恋愛
ある日子供が出来ないと残酷な診断を言われる倉本アリア。その悲しみで泣いていると異世界に召喚される。 着いたその先は男性しか居ない通称男島。 そして、そこでの役割は…?

【完結】R-18乙女ゲームの主人公に転生しましたが、のし上がるつもりはありません。

柊木ほしな
恋愛
『Maid・Rise・Love』  略して『MRL』  それは、ヒロインであるメイドが自身の体を武器にのし上がっていく、サクセスストーリー……ではなく、18禁乙女ゲームである。  かつて大好きだった『MRL』の世界へ転生してしまった愛梨。  薄々勘づいていたけれど、あのゲームの展開は真っ平ごめんなんですが!  普通のメイドとして働いてきたのに、何故かゲーム通りに王子の専属メイドに抜擢される始末。  このままじゃ、ゲーム通りのみだらな生活が始まってしまう……?  この先はまさか、成り上がる未来……? 「ちょっと待って!私は成り上がるつもりないから!」  ゲーム通り、専属メイド就任早々に王子に手を出されかけたルーナ。  処女喪失の危機を救ってくれたのは、前世で一番好きだった王子の侍従長、マクシミリアンだった。 「え、何この展開。まったくゲームと違ってきているんですけど!?」  果たして愛梨……もとい今はルーナの彼女に、平凡なメイド生活は訪れるのか……。  転生メイド×真面目な侍従長のラブコメディ。 ※性行為がある話にはサブタイトルに*を付けております。未遂は予告無く入ります。 ※基本は純愛です。 ※この作品はムーンライトノベルズ様にも掲載しております。 ※以前投稿していたものに、大幅加筆修正しております。

異世界転生先で溺愛されてます!

目玉焼きはソース
恋愛
異世界転生した18歳のエマが転生先で色々なタイプのイケメンたちから溺愛される話。 ・男性のみ美醜逆転した世界 ・一妻多夫制 ・一応R指定にしてます ⚠️一部、差別的表現・暴力的表現が入るかもしれません タグは追加していきます。

処理中です...