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第六幕~青年は親友を信じた3

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 ミラースは直ぐに瞼を開けた。
 目の前にはエスタを担ぐルイスがいた。

「こっちだ」

 静かにそう言うとルイスは路地裏に続く柵の扉を開けた。
 突然現れたルイス。
 そして、エスタを担ぎ、何処かへ導こうとしているルイス。
 彼を信じて良いのかどうか―――否、信じられるわけがない。
 だが、彼女には選択肢もなかった。
 まばらな足音が、徐々に大きくなっている。
 軍の兵たちが確実に近づいていた。
 ミラースは顔を顰めながらも、ルイスの言うとおりに駆け出した。



 ルイスが案内する道は人がいるかいないか、ギリギリの建物の隙間であった。
 人が通れるかどうかもギリギリな道だ。

「…なんでこんな道知ってるの?」

 出来るだけ疑っていることを示すように、低い声でミラースは尋ねる。
 するとルイスはいつもと変わらない表情と口調で答えた。

「色々…この街を調べまわっているうちに覚えたんだよ。ま、犯人の逃走ルートを探すためでもあったけどさ」

 陽気とも取れる彼の口振りと性格は、今にして思えば飄々としていて掴み処がなかったと、ミラースは思う。
 時折見せていた真面目で冷たい視線も、今思えば偽りの仮面が剥がれた瞬間の顔だったのかもしれない。

「―――貴方がわからない」

 思わず、出た言葉だった。
 しかし、意外なことにルイスは苦笑を浮かべたのだ。

「…俺もだよ」

 囁くような、独り言のような声で彼はそう言った。







 ルイスが導きながら辿り着いた先は工場地区の片隅にある小さな工場だった。
 正しくは廃工場だ。
 機器の老朽化により随分と昔に使わなくなり、町の人たちからも忘れられた場所。

「もう、大丈夫だから…」

 と、ルイスに背負われ続けていたエスタが此処で声を上げた。
 その言葉を聞いたルイスは彼を静かに下ろす。
 まだよろめいていたが、先ほどより断然顔色は良くなっていた。

「…軍の人も近づかないって言われてる廃工場…だっけ」
「けどどうせ直ぐに見つかる。あくまでも一時しのぎの休憩場みたいなもんだ」

 エスタの言葉にそう答えるルイス。
 随分と使われていない廃工場は、窓ガラスが破られ暗雲が良く見えた。
 よく見ると天井すらなくなっている。
 雨ざらしになり錆びついた壁と機材が不気味さを醸し出している。
 そんな場所だった。

「助けて…くれたんだよね…?」

 偶然あった古びた木箱に暫く座り込んでいたエスタ。
 呼吸も粗方整った彼はおもむろに、その真っ直ぐな瞳をルイスに向けた。

「でも、ルイスは裏切ったんだよ?」

 ミラ―スに白い目で見られ、眉を顰めるルイス。
 言い訳でしかないと思いつつも、彼は口を開く。

「裏切ったフリだったんだ。あの人を欺くには従うフリをしないと無理だからな…護送車にお前たちを乗せたらそれごと奪って逃げるつもりだった」

 大きな想定外があったお陰で大分変更になったけどな。
 そう付け足し話すルイス。
 真実とも嘘とも思える言葉に、ミラ―スはエスタを一瞥する。

「信じるの、エスタ…?」

 軍の人間である以上、本来ならば信じられるはずがない。
 信じてはいけない人だった。
 そう思っているミラ―スだが、決定はエスタに委ねようと決めた。
 だが委ねるも何も、結論はもう出ていることも、彼女は解っていた。





 迷いのない、いつもと変わらない双眸がルイスを見つめる。
 思わず視線を反らしたくなるほどの眩さに、眉を顰める。
 しかし、それでも。
 ルイスは真っ直ぐにエスタを見つめ返した。

「―――僕はルイスを信じるよ」

 予想していた通りの言葉を、エスタは迷わずに言った。
 その揺るぎない双眸を見たときから、ルイスは解りきっていた。
 真っ直ぐ過ぎるほどの信念。
 こうであるべきだと、重圧ともいえる願い。
 此処に居たいと、思わせてくれるような安心感。
 彼はそんな想いに溢れていたから。






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