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第六幕~青年は親友を信じた2

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「確かに凄い力ではあるよ…でもそれは心の強い人じゃないとちゃんと扱うことが出来ない…僕は弱いから、使おうとも思わなかった……」

 気付けばミラースの膝にあった怪我は止血どころか傷跡も残っていなかった。
 あまりの感嘆に傷のあった箇所をしばらく眺めていたいほど。
 しかし、今はそれどころではない。

「ありがとう、早く行こう!」

 そう言って、今度はミラ―スがエスタの手を掴もうとする。
 だが、エスタはそれを拒んだ。

「エスタ…どうしたの?」

 不安そうに尋ねるミラ―スに、エスタは頭を振って答えた。

「…ミラースは先に逃げてて」

 目を丸くするミラースだったが、直ぐその理由に察しがついた。






「まさか…ルイスに会うの……?」

 苦笑を浮かべ、エスタは頷く。

「馬鹿!」

 当然の怒声だった。
 彼がしようとしていることは、また捕まりに行くようなものだ。

「このまま逃げれば…逃げ切ればいつもの平穏な日々が帰ってくるかもしれないのに…!」
「ごめん。僕は馬鹿だ……でも、それでも、僕はルイスを信じたい。だからもう一度ルイスと会って話がしたい」

 こんな僕と話しをしてくれるかは判らないけど。
 悲しみを帯びた瞳でそう話すエスタ。

「駄目だよ…とりあえず今は逃げようよ。ルイスと会うのはそれからでも間に合うよ」
「ううん。今会って話しをしないと……きっと僕もルイスも一生後悔すると思うから」
 
 エスタ自身でも、この選択の先に待つ結末を予想出来ていた。
 しかし、それでもエスタの中に迷いはない。
 それだけはやり遂げたいと、覚悟を決めていた。
 ミラースの言葉は耳に届かなくなっていた。

「エスタ…」

 ミラ―スの言葉は一切届かず。
 死すら厭わない様子のエスタに、歯痒さとやるせなさを抱くミラ―ス。
 と、二人の背後から兵士の声が聞こえてきた。

「―――居たぞ!」

 その声に二人は止めていた足を再び動かした。





 ただただ行く宛ても決められず走り続ける二人。
 先々に待つ兵士たちをどう切り抜けようか。
 頭の中はそのことだけで一杯一杯だった。
 息は次第に荒くなり、足並みも乱れてきている。
 不意にミラ―スは走っている最中だというのに、エスタの顔色を伺った。
 懸命に走るエスタは終始顔を顰めている。
 その表情には悲しみにも願いにも似たものが伺えた。
 ミラースは思わず顔を俯く。

(やっぱり会いたいんだ―――)

 と、そのときだった。
 彼女の油断が足下を狂わせた。
 躓いてしまったミラ―スにつられて、肩を借りていたエスタもまた身体を傾けてしまう。

「エスタ!」

 派手に転んでしまった二人。
 ミラ―スの翼から抜け落ちた羽がひらひらと宙を舞う。
 彼女は直ぐに起き上がり、隣のエスタを見た。
 怪我はない様子であったが、エスタの呼吸は荒く、顔もいつの間にか酷く青ざめていた。

「僕は…平気だから、ミラ―スは先に逃げて……」

 何故こんなにも彼が苦しそうなのか。
 ミラースは先ほど、エスタが言っていた言葉を思い出した。

『自分の回復力を分けた』

 つまりそれは、エスタはミラースに何かしらの力を分けたぶん、自分の力が失われているということ。
 ミラースはエスタの肩を揺さぶり、もう一度彼の名を呼ぶ。

「エスタ…駄目だよ…エスタも一緒じゃなきゃ…」

 意識はあるだろうが、呼吸を荒くさせている彼にはミラースの言葉に答える余裕もないらしい。
 そうこうとしているうちに、足音は徐々に此方へ向かってきている。
 もう声を掛けることも出来ない。
 しかしこのままでは―――。

(お願い…エスタ……!!)

 咄嗟に瞼を閉じ、ミラースは神に祈った。
 天使が信じる神『黒鷹』に。
 その直後だった。
 突然、エスタの身体がふわりと浮かんだのは。







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