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第五幕~青年は事実を知る8

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「ほ、本当に…?」
「ああ…マダム・アークレには悪いけどミラースちゃんがいるからこの町じゃあ無理そうだからな…」

 軍都から離れた遠い遠い土地。
 エスタとルイスの故郷が近い南の地の片隅で。
 細々ながらもパンを作って売って。
 今の平穏と変わらない毎日を楽しく賑やかに過ごす。

「―――いいよ、良い。凄く、良い!」
「だろ?」

 エスタの表情は次第に明るくなっていく。
 それに合わせるようにルイスの表情も明るくなる。
 肩を組むエスタとルイスは声を上げて笑った。
 外では今日も暗く黒い雲が空を隠し、町を覆い尽くしている。
 しかし二人の顔はこの空とは真逆に清清しい晴れやかなものであった。
 


 エスタの胸中は喜びと安堵で満たされていった。
 
(良かった…言えて…本当に、良かった…!)

 最初から、ルイスの言葉を信じれば良かった。
 親友のことを信じ続けると言えば良かったのだ。
 日記にも、かつてそう書いていた。

『例え何があっても親友、それは未来永劫変わらない』

 二人の関係は永遠に変わらない。
 変わっては駄目なのだ。
 疑わしい言動も、悩ましいことも、全てを受け入れよう。
 信じよう。
 僕はルイスを信じよう。
 ようやく明るい表情を見せたルイスを見つめながら、エスタは改めて心に誓った。
 




 掃除を終えたその後。
 ルイスはいつものように夕食をご馳走になってから帰宅した。
 ご馳走と言っても、昨日持ってきたアークレの手料理の余り物と、簡単な料理ではあるが。
 ミラースは残念ながらルイスが戻ってきたときにはエスタの寝室に行ってしまったようで、キッチンにはいなくなっていた。
 仕方なく二人で食べたのだが、昨日に引き続き今日も楽しく食事出来たことにエスタは終始喜びを感じているようであった。

「―――また明日」
「ああ、またな」

 去り際も二人は満面の笑顔で。
 そして、別れた。








 同時刻。
 ドガルタの夜空はいつもよりも濃く黒い暗雲が広がっている。
 重い暗黒色の空の下、屋根に上っていたその人物は、そこから街並みを眺めていた。
 その背中には空の色とは見合わぬ白い翼。
 隠すことなく、雄々しく広げ、羽ばたかせる。
 その人物は街並みを見下ろしながら口角を吊り上げた。

「―――もう刻限は近々………」

 紅い双眸はまるで生気のない人形のような冷たさを放っている。
 それ故に、その笑みは歪で不気味に映ってしまう。

「―――さあ、宴はこれからだ………」

 次の瞬間。
 その姿は暗闇の空へと消えた。







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