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第五幕~青年は事実を知る6

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 背後から、店のドアの閉まる音が聞こえた。
 それを耳にしながらルイスは壁を背に座った。
 しゃがみ込んだ彼は柄にもなく頭を抱え込む。
 顔色は青白く、呼吸は荒い。
 まるで、世界が終わる瞬間を目撃したかのようだ。

「くそ…くそっ―――何で此処に…アイツが……!」

 下唇を噛みしめ、固く瞼を閉じるルイス。
 が、直ぐに彼は正気に戻った。
 目の前に座る少女の姿に気付いたからだ。
 ルイスは慌ててその場から彼女の顔を覗き込む。
 しかし、少女―――ミラースはテーブルに顔を伏せたまま眠っているようだった。
 更に幸いなことに、先ほどの物音で起きた様子もない。
 その様子に安堵するルイス。
 彼は立ち上がるとミラ―スを起こさないよう静かに歩き出す。
 それから、家の裏戸から何処かへと出て行った。
 室内には静寂とした空気が流れる。
 と、顔を伏せて寝ていたはずの少女はゆっくりと瞼を上げた。
 はっきりと、輝きを帯びた瞳には動揺の色も窺える。

「どうして……?」

 少女は誰に言う訳でもなく、静かに呟く。
 そのか細いの両腕は、確かに少しだけ、震えていた。





 

 その日の夕方。
 閉店後の店内では日課の清掃が始まっていた。
 そこにはエスタ、そしてルイスの姿があった。
 しかし、いつもとは違い二人には気まずい空気が流れていた。
 二人は互いに思うところがあり、それを言えないでいた。
 が、ここでエスタが意を決し、口を開いた。

「―――あのさ…さっき、記者の人から聞いた話だけど…」

 モップで床を拭いていたルイスの手が止まる。
 構わず、なるべく彼を見ないようにエスタは言葉を続けた。

「あれ…事実なの?」

 無言を通すルイス。
 エスタも冷静を装いながらも、その手を止めてしまっている。

「ルイスは知ってたの…?」

 彼の口が動き出すまで、エスタは沈黙し、静観し続ける。
 と、ルイスは重い口を開き、答えた。

「―――知らなかった」

 それは、ようやく聞いたルイスの言葉だった。



 先ほど記者の男が去った後、ルイスはしばらく何処かに出掛けていた。
 それから直ぐに帰ってはきたものの、閉店して今に至るまで。
 二人は一言も喋っていなかった。



 ルイスにとっても今出た言葉は、ようやく出せた答えだった。
 同時に、それに対してエスタがどんな言葉で返そうと、受け入れる覚悟も出来ていた。
 だがルイスの予想に反し、エスタの答えは違った。

「そっか……それなら、良いんだ」

 驚きのあまり、ルイスは見開いた目でエスタを見つめる。
 視線が合ったエスタは微笑みを浮かべると、それ以上は何も言わず掃除を再開した。
 思わずルイスは彼の肩を掴んだ。

「おい、何が良いんだよ…それ以上聞かないのか、疑わないのかよ…?」

 振り返ったエスタは笑みを見せたまま、首を縦に振った。

「うん。ルイスからそう聞けたなら…僕はそれで満足だよ」

 そう言ってエスタは頭を下げた。

「僕の方こそ色々と変なことを聞いてごめん…でも僕はルイスの言葉を信じるって決めたんだ」

 迷いのない純粋な眼差しに、ルイスは思わず眉を顰める。
 
「どうして…そこまで…?」

 ルイスの問いに一瞬だけ、エスタは眉尻を下げながら答えた。

「親友を信じたいって思うのは、駄目なのかな…?」







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