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第五幕~青年は事実を知る4

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「これまたお伽噺の存在を持ち出すなんて…そんなのが本当に存在すると思ってるんですか?」

 そう切り出したのはルイスだった。
 彼は半信半疑といった口振りで、肩を竦めて見せる。
 だがエスタから見ればその言動は『全く信用していない』というより『話を反らしたくて仕方がない』というように映ってしまう。
 ルイスの額にはじんわりと汗が出ていた。
 確かに今日は特に暑い日だと、エスタもまた汗を滲ませる。

「ま、確かに俺も小さい頃は婆さんから『悪いことすると天使の呪いを被せるぞ』なんぞとただの灰をぶっかけられたことはあるけどな―――天使の呪いは実在すんだよ」

 男は暑苦しい顔で、涼しい笑みを浮かべながら断言した。
 エスタとルイス、二人の表情が思わず強張る。
 男は構わず、話しを続ける。

「話を戻すとな…シューア村が壊滅した直接の原因ってのが、実は『天使の呪い』によるものなんじゃないかって噂なわけだ」

 静かに息を呑むエスタとルイス。
 エスタに至っては喉の渇きを水で潤す時さえ惜しいと思っている。
 本当に今日は暑い。そう何度思ったかも忘れるほどに、エスタは男の話に聞き入っていた。

「これはあくまでも当時の軍兵たちによる話だけどな……旧国家は村を砲撃した爆弾のなかに『天使の呪い』と呼ばれる灰を詰めてたんだそうだ」

 村人たちは砲撃による爆発とはまた別に、拡散し撒き散らされた灰を吸い込んでしまったことだろう。
 まさか粉塵に毒まで含まれているとは、村人も誰もそうは思わなかっただろうな。
 男は吟遊詩人の如く、感情を含ませ、そう語る。

「そ、その呪いって……」
「伝説の通り、病によって―――っていうのならまだ可愛かったことだろうな」

 事実の『病』は、伝記とは異なっていた。
 いや、伝記に書かれていた『病』というのが、そういう意味であったのだろう。
 『天使の呪い』による病―――それは、灰を取り込んだ人間が突如、姿を変え、暴れ回るというものだったのだ。

「―――姿を変えて…」
「……詳しくは知らんが、呪いから作られた兵器で異形な姿…とくれば、わからんでもないだろ?」




 エスタの脳裏に、天使の姿が過った。
 それも、文献に描かれているものではなく。
 今も奥の部屋で寝ているだろう少女の姿であった。
 そう言えばミラ―スは今、どうしているのだろうか。
 この話を聞いてしまっているのでは?
 だとしたら、彼女は今、何を思っているのだろうか。
 ふとそんな事を思うものの、男の語りによってエスタの好奇心はまた彼の虜となってしまう。




「天使の呪いは天使を生み出す劇薬。その事実に気付いた軍はその兵器の不発弾をわざわざ惨劇の現場から探し出して来たんだと、さ」
「ど、どうして……軍がそんなことを…?」
「単純明快。天使を知るには天使しかない―――っと、この先はお前さん方には関係ないか…」

 男はそう言って思案顔を浮かべる。
 が、すぐに彼は何かを匂わせるように口角を吊り上げてみせた。
 その言動から、この男が何か思惑を持って話していることは明白だった。
 それは砂の渦の中へずぶずぶと身体が埋まっていくような、不穏な感覚。
 しかし、それでもエスタは真実を求める好奇心に抗えず、自らその深みに潜っていってしまう。
 少しでも―――ルイスとミラ―スがこの事件と無関係であると、わかることが出来るならば。
 エスタはその一心で男の話に耳を傾ける。
 






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