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5日目~3
しおりを挟む「―――アネット…アネット・エーデルヴァイス!!」
湖の中なのに不思議と僕の声はアンナに届いたようだった。
おにいちゃん…その、なまえは……ちがうよ…?
冷たい水とはまた別の何かが、僕の身体を締めつけ、苦しめていく。
もがくことも出来ない。
苦しくて助けを呼ぶことも出来ない。
それでも、僕は締めつけるその何かに触った。
「アネット、僕は君も助けたいんだ…だから、もう良いんだ。苦しまなくて良いよ、苦しめなくて良いよ…」
触れたその何かを、僕は優しく撫でる。
「怖かったよね、辛かったよね…ごめんね、誰もアネットのことに気がつかなくてごめんね」
「ちがうっ! わたしはアネットじゃない、アンナなの、アンなの!!」
その怒りと同時に僕は更にきつく、苦しく締めつけられていく。
上手く息が出来なくなってきた。
このままじゃ、しめつけられたまま気を失ってしまいそうだった。
「アネッ、ト……」
哀しいけれど 花は咲く
明日もきっと 花は咲く
大雨だって 花は咲いている
嵐だって 花は咲いている
明日散るとしても 花は哀しまない
咲くことが 花である証だから
僕は咄嗟に歌を歌った。
アンが恥ずかしがりながらも歌ってくれた、あの歌を。
苦しみながらの、僕のつたない歌だったけれど。
けれども。
その直後。
冷たかったその何かが、アンナの形へと変わっていく。
きつく苦しかった締めつけが、静かにゆるんでいく。
「―――ごめんな、さい……アンナに、憑りつかれてて…私、何も、出来なくて…」
すすり泣く声が聞こえてきた。
「じゃあやっぱり、僕と一緒にいたアンは、アネット…君なんだね?」
アンは静かに頷いた。
泣きじゃくりながら、アンはゆっくりと僕に全てを話してくれた。
アネット・エーデルヴァイス夫人こと、アンは生まれ持った霊感の強さから周囲に嫌われていた。
エーデルヴァイスさんと婚約もしたけれど、ひどい扱いばかり受けていた。
そんな中、引っ越してきたあの屋敷で、アンナという幽霊の女の子と出会った。
境遇が似ていたことと、その生い立ちに同情したアンはアンナと直ぐに仲良くなった。
友だちになれた、はずだった。
けれど、日に日にアンナの行動は悪霊のように悪化していった。
始めは可哀想だからと言うことを聞いていたアンだったけど、それも限界がきた。
だけど、そのときにはもう、アンはアンナに憑りつかれていた。
思うように喋ることも動くことも出来なくなっていた。
―――そしてその結果、アンはアンナによって命を落としてしまった。
「アンナは私と離れたくなくて…私を取り込んでしまった…だから私とアンナは一心同体の幽霊になってしまったの…」
アンナとアネット・エーデルヴァイス。
2人で1つの幽霊になってしまったせいで、アンは思うように動けなくなってしまった。
そして、アンナを助けることも出来なくなってしまったのだという。
「でも…オットーが来てくれたおかげで私は私を―――アネット・エーデルヴァイスを取り戻せたわ。ありがとう」
「助けるって約束したし…エーデルヴァイス夫人を笑顔にするって、依頼も受けてたしね。でも何よりも…」
友だちだから、助けたかったんだ。
僕がそう言うとアンはクスクスと笑った。
自然と見せたその笑顔はとても可愛らしく、恐怖なんてものはもう、感じない。
「けれど……友だちって…こんなおばあちゃんなのに…?」
そう言った直後。
アンの身体が、みるみるうちに変わっていく。
しわしわの手に、顔も…どうみてもおばあちゃんという顔に変わっていく。
気がつくとそこには、あの屋敷で見つけたアネット・エーデルヴァイス夫人の姿があった。
僕は思わず驚いてしまった。
けれど、直ぐに顔を左右に振った。
「歳が離れてようと幽霊だろうと、友だちに関係ないよ」
僕がそう言うとアンは嬉しそうに小さく頷く。
「あ、でも悪い人と悪い幽霊じゃないなら、って話だからね」
「ふふふ、そうね…」
僕よりもすごい年上になってしまったはずなのに、その笑顔は少女アンのときと同じ純粋でかわいい笑顔だった。
「もう、会えないのかな…」
「そうね……アンナを救うってことは、私も一緒に救われるってことだから…」
「でも、それでも、また遊びに来るよ」
「うん、いつでも屋敷でも湖でも、待ってるから」
「……屋敷は、ちょっとごめん…怖いから…」
そう言って僕とアンはもう一度、声を上げて笑った。
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