上 下
23 / 25

5日目~2

しおりを挟む
   







「―――アンナ! 聞いてくれアンナ!」



 湖の中なのに不思議と僕の声はアンナに届いたようだった。





おにいちゃん…そのなまえで、よばないでっていったでしょ…?





 冷たい水とはまた別の何かが、僕の身体を締めつけ、苦しめていく。
 もがくことも出来ない。
 苦しくて、助けを呼ぶことも出来ない。
 それでも、僕は締めつけるその何かに触った。

「アンナ、もう良いんだ。苦しまなくて良いよ、苦しめなくて良いよ…」

 触れたその何かを、僕は優しく撫でる。

「怖かったよね、辛かったよね…ごめんね、誰もアンナのこと気がつかなくてごめんね」















「――――わたしは…あやまってもらうようなこと、されてないよ?」
「良いんだ、僕が謝りたいだけだから…」

 冷たかったその何かが、アンナの形へと変わっていく。

「わたしは、パパにかまってほしかっただけなのに…ママにほめてもらいたかっただけなのに」
「うん、そうだよね…」
「なのに、じゃまだってうるさいって、いつもいつもおこられて、たたかれて…ごはんもくれなくて……」
「いたかったよね、ごめんね」
「ううん、わたしがわるかったからしかたないの…」

 アンナのすすり泣く声が聞こえてきた。
 僕は更にアンナを優しく抱きしめる。

「だから、しんじゃったのも…わたしがわるいからだって…おもってて…でも、つめたくてこわくて……だから、パパとママにたすけてってさけんでたの…」





「でも…パパもママもいなくなっちゃって、ずっとさびしくて……だから、もうだれもいなくなってほしくなかったの…」



 だから夫人にも憑りついてしまい、今もこうして僕に憑りつこうとしている。
 けれど、もうそんな悲しい結末にはさせない。させたくない。

「もう寂しくないよ…僕が一緒にいてあげるから」
「…ほんとう?」
「うん」
「ずっとずっと?」
「ずっとずっと」

 だってそれがアンナを助ける、僕が助けてあげられる唯一の方法だから。
 例えこの方法がまちがいだとしても、これで友だちが救えるなら後悔はないよ。
 そう思って僕は目を閉じた。
 不思議と、苦しくなくなってきた。
 冷たさが心地良くなってきて、何だか眠くなってきたくらいだ。




 



 






おにいちゃん、おやすみ。





 うん、おやすみ。














 ◆






 その後、私が迎えに行ってもオットー様は姿を現さず。
 見つけることが出来ませんでした。
 屋敷の中を警官たちが捜索しましたが、そこでも見つからず…。



 しかし、それ以降は屋敷にも湖にも、悪い噂や怖い話といったものが聞こえてくることはなくなりました。
 屋敷はしばらくして取り壊され、湖には観光客が姿を見せるようになってきたからです。
 ですがおそらく、誰も知ることはないのでしょう。
 こうして湖に人が集まってくるようになったのは、1人の青年のおかげであるということを。
 そこに憑りついていた哀しい幽霊の女の子を、その身をもって救ったのだということも。





 ですがオットー様…。
 貴方はまちがっています。
 貴方は肝心なことを忘れていました。
 誰も笑っていないのです。
 依頼したエーデルヴァイス夫人の絵も笑っていないまま。
 アンナも、テレーザ様も、そして貴方自身も…誰も笑っていません。
 これではいつまでも、誰も笑えないままなのです。








     ~fin~







   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妖精猫は千年経った今でも歌姫を想う

緋島礼桜
児童書・童話
ここは、人もエルフもドワーフも妖精も当たり前のように仲良く暮らすこの世界。 そんな世界のとある町の一角に、まあまあの大きさはある酒場があった。 そこには種族なんて関係なく、みんな思い思いに酒を楽しみ、料理を味わい、踊りや歌を披露しては酔いしれている。 そんな酒場のマスターをしているのは一匹の妖精猫——ケットシーだった。 彼は料理の腕もなければ配膳も得意ではない。 なのに酒場の常連客はみんな彼を慕っている。彼はみんなの憩いであり癒しであった。 だが、そんな妖精猫には悪いクセがあった。 今日も彼は常連客と共に酒をちょびちょび舐めながら。悪いくせ―――もう何万回目となるだろうとある思い出話を、延々と話していた。 長く感じるような短くも感じるような、彼が初めて知ったある歌姫への愛の物語を。 第1回きずな児童書大賞応募作品です。

あさはんのゆげ

深水千世
児童書・童話
【映画化】私を笑顔にするのも泣かせるのも『あさはん』と彼でした。 7月2日公開オムニバス映画『全員、片想い』の中の一遍『あさはんのゆげ』原案作品。 千葉雄大さん・清水富美加さんW主演、監督・脚本は山岸聖太さん。 彼は夏時雨の日にやって来た。 猫と画材と糠床を抱え、かつて暮らした群馬県の祖母の家に。 食べることがないとわかっていても朝食を用意する彼。 彼が救いたかったものは。この家に戻ってきた理由は。少女の心の行方は。 彼と過ごしたひと夏の日々が輝きだす。 FMヨコハマ『アナタの恋、映画化します。』受賞作品。 エブリスタにて公開していた作品です。

フツーさがしの旅

雨ノ川からもも
児童書・童話
フツーじゃない白猫と、頼れるアニキ猫の成長物語 「お前、フツーじゃないんだよ」  兄弟たちにそうからかわれ、家族のもとを飛び出した子猫は、森の中で、先輩ノラ猫「ドライト」と出会う。  ドライトに名前をもらい、一緒に生活するようになったふたり。  狩りの練習に、町へのお出かけ、そして、新しい出会い。  二匹のノラ猫を中心に描かれる、成長物語。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

ずっと、ずっと、いつまでも

JEDI_tkms1984
児童書・童話
レン ゴールデンレトリバーの男の子 ママとパパといっしょにくらしている ある日、ママが言った 「もうすぐレンに妹ができるのよ」 レンはとてもよろこんだ だけど……

あいうえおぼえうた

なるし温泉卿
児童書・童話
 五十音(ごじゅうおん)を たのしく おぼえよう。  あいうえ「お」のおほしさま ころんと そらに とんでいる。 さてさて、どこへいくのかな? 五十音表と共に、キラキラ星の音程で歌いながら「ひらがな」をたのしく覚えちゃおう。 歌う際は「 」の部分を強調してみてね。 *もともとは「ひらがな」にあまり興味のなかった自分の子にと作った歌がはじまりのお話です。  楽しく自然に覚える、興味を持つ事を第一にしています。 1話目は「おぼえうた」2話目は、寝かしつけ童話となっています。  2話目の◯◯ちゃんの部分には、ぜひお子様のお名前を入れてあげてください。 よろしければ、おこさんが「ひらがな」を覚える際などにご利用ください。

処理中です...