上 下
13 / 25

3日目~2

しおりを挟む








 日記の内容をちゃんとメモに取った僕は、他にも何かないか探した。
 けれど、その通路では他に手掛かりになるような私物は見つからなかった。
 念のため懐中時計を見ると、それほど時間は掛かっていないように感じていたのに、やっぱりもうお昼は過ぎていた。
 時間の早さに本当、驚いてしまう。

「日が暮れないよう気をつけながら右側もさっさと調べちゃおうか」

 僕の言葉にアンは小さく頷く。
 けどなぜだろう。
 今日のアンは少し寂しそうで、哀しそうに見える。

「もしかして…疲れちゃった?」

 そう尋ねるとアンは首を左右に振ってみせる。
 黙ったままで、でも明らかに不機嫌そうな顔に僕は困ってしまう。
 ただでさえ真っ暗な空間の中なんだ。
 2人の空気までどんよりにはさせたくない。




「…そうだ。じゃあ何か元気になる話でもしようか」
「元気になる、話…?」
 
 ようやく僕の顔を見てくれたアンに、僕は力強く頷く。

「気持ちが暗くなるときはさ、楽しいことを考えると元気になるでしょ? アンにとって楽しいことって何?」
「私は……」

 そう言うとまた俯くアン。
 けれどさっきとは違ってその横顔に哀しみのような不機嫌さはない。
 真剣に考え込むアンを横目に、僕が先に答えた。

「僕はね、やっぱり画家だし絵を描いてるときが一番楽しいよ」
「そうなの?」

 アンの目がキラキラと輝く。
 期待を寄せてくれるその顔が、僕にはちょっぴり眩しすぎる。

「風景も人の顔も動物も。色んな絵を描いていると楽しいんだ。喜んでもらえると嬉しいし、それに僕が描いたことによってその光景や姿が後々にも残っていくと思うと楽しいよ」

 アンにはちょっと難しい話だったかもしれない。
 けれどアンは僕の話をしっかり聞いて、何度も頷いてくれていた。
 それから、ちょっとした沈黙ちんもくをおいてから、アンは口を開いた。




「私はね…歌を歌っているときが楽しいかな…」

 そう言ってから直ぐに「誰にも言わないでね」と真っ赤な顔で年相応の顔をみせる。

「独りで寂しいときはこっそり歌うの。そうしたら寂しい気持ちも忘れられるから」
「じゃあ今も歌ってみる?」
「えっ?」
「さっきから寂しそうな顔してるから…あ、それとも僕の前じゃ歌うの嫌?」

 アンは強く頭を振って「そんなことない」と、答えた。
 けれどドンドンと顔色は真っ赤になっていって。耳まで紅くなる。
 相当恥ずかしいんだろうなと、僕は思わず苦笑してしまった。



 少しずつ、鼻歌でも良いよ。聞かせて。
 僕の言葉にアンはしばらくの間をおいてから、小さな声で歌い始めた。
 最初は照れ隠しの、ささやくような声で。
 けれどだんだんとその声は大きくなっていく。
 身体をゆらしてリズムをとっていて、つられるように僕も肩をゆらす。
 歌自体は僕も知っている、昔からある歌だった。






   ◆






哀しいけれど 花は咲く

明日もきっと 花は咲く

大雨だって 花は咲いている

嵐だって 花は咲いている

明日散るとしても 花は哀しまない

咲くことが 花であることだから





   ◆








「その歌…良い歌だよね」
「うん。歌詞の意味はあまりよくわからないけど、好き歌なの」

 そう言ってほほえむアンに、僕はようやく安心する。
 やっと明るい顔に戻ったアンと共に僕は改めて、手前右側通路を探索し始めた。





「ねえ、これはどうかな?」
「似顔絵かな…でも夫人のじゃないかも」

 同じく客室らしき部屋が連なる中で見つけたのは、落書きのような似顔絵が1つ。
 後はぬいぐるみや人形、風景画や花瓶と言ったものだった。

「こっち側の部屋は色んなものが飾られているみたいだね」
「そうね」

 他にも絵画が飾られているのは嬉しかったけれど、動物の絵ばかりで人の人物画は全くない。
 夫人の人物像は大体想像できてきたけど、このままじゃあ夫人の外見が全くわからないままだ。

「けど夫人の絵がほとんど無いなんて…描かせたくなかったのかな…」
「きっと描かれるのが恥ずかしかったのよ」

 独り言だった僕の言葉にアンがそう答える。
 答えてくれたついでに僕は他にも思っていた不思議をアンに聞いてもらった。

「ちょっと思ったんだけど…夫人って子供いたのかな?」
「どうして?」

 絵画や高価そうな置物、花瓶などがある一方で、なぜか屋敷内には子供が好きそうな人形やぬいぐるみも飾られている。
 見つけた似顔絵もそうだ。まるで子供が描いたような絵だった。

「…どうなんだろうね、私にはわからないよ」

 アンはそう言って答えるだけだった。
 けどまあそうだよね。
 夫人のことが何もわからないから、知りたいから、こうして僕たちは探索しているんだから。





 


   
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

霊能者、はじめます!

島崎 紗都子
児童書・童話
小学六年生の神埜菜月(こうのなつき)は、ひょんなことから同じクラスで学校一のイケメン鴻巣翔流(こうのすかける)が、霊が視えて祓えて成仏させることができる霊能者だと知る。 最初は冷たい性格の翔流を嫌う菜月であったが、少しずつ翔流の優しさを知り次第に親しくなっていく。だが、翔流と親しくなった途端、菜月の周りで不可思議なことが起こるように。さらに翔流の能力の影響を受け菜月も視える体質に…!

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

分かりました。じゃあ離婚ですね。

杉本凪咲
恋愛
扉の向こうからしたのは、夫と妹の声。 恐る恐る扉を開けると、二人は不倫の真っ最中だった。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...