エーデルヴァイス夫人は笑わない

緋島礼桜

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2日目~4

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「わかった、調理場は後回しだ」

 僕がそう言うとアンはホッとしたような顔をしていた。

「だとしても次はどこを探そうか…」

 調理場を除けば1階はこれで全て調べ終わった。
 次は2階を探す、ということになる。
 1階は大体客室のような部屋ばかりで、エーデルヴァイス夫人の部屋はなかった。
 だからきっと、2階に夫人の部屋があって、一番思い出の品々が沢山置かれていると僕は思った。




「時間は…まだ昼を過ぎたばかりだし…じゃあ今度は2階に上がって―――」
「待って」

 そう言ってまた制止するアン。
 アンは僕の腕を掴むと2階じゃなく、なぜか屋敷の外を指さしていた。

「2階も広そうだし…探しているうちに暗くなっても困るから。それよりも屋敷の周りも調べてみましょう?」
「屋敷の周り?」

 でもヨハンネスさんは屋敷の中にある私物でと言っていたし、外に夫人の思い出の品なんてあるのかな?
 けれど僕が首を傾げている間にもアンは僕の腕を強引に引っ張っていく。

「調べてみなきゃわからないじゃない?」

 ランプの灯りに照らされるそんなアンの顔は、どこか楽しそうに見えた。
 僕はこの状況を未だにずっと怖くてドキドキしているっていうのに。

「…アンって僕より幼いのに度胸があるね」
「ふふふ、そうでしょ? 私ね、この屋敷も嫌いじゃないの。だっておもむきがあってステキじゃない」

 おもむき?
 ステキ?
 このお化け屋敷が?
 ちょっと流石にそれは理解出来そうにないな…。
 僕がそう考えている間に、アンは屋敷の玄関まで僕を連れて来ていた。

「とりあえず湖まで行ってみない?」
「湖? そこって怖い噂とか伝説とかある…」

 そもそも湖なんて目的からかけ離れている気がするんだけど。
 あんまり行く気にはなれないけど、それでもアンは行こうとせがんでくる。
 まあでも…期日まで後3日間もあるし。
 
「わかったよ」
 
 僕がそう言うとアンは嬉しそうに目を輝かせた。
 よほど湖が見て見たかったのかな。

「それじゃあ昼ご飯も持って行こう。ついでにちょっとしたピクニックだ」
「ええ、ありがとう」

 そうして僕とアンは屋敷の外へと出た。





 屋敷の外はまだ夕暮れではなく。
 けれど朝起きたときにはなかった濃い霧が屋敷や森中に広がっていた。
 すぐ近くに建ててあるテントさえ見えなくなるほどだった。

「こんなに霧がかかっていたらちゃんと湖見れないかもね」

 僕の言葉を聞きアンは少しだけ俯いた顔をする。
 
「それでもいいの。行ってみたいだけだから」
「…そっか」

 僕はちょっとだけほほ笑むと鞄にパンと缶づめを詰めて支度を終える。

「よし、じゃあこっちだと思うから行くだけ行ってみよう。この濃霧だと迷子になっちゃうかもしれないから、手をつないで行こう?」

 そう言って僕はアンの前へ手を差し出す。
 大きく、嬉しそうに頷いたアンは迷わず僕の手を握り返した。











 


 屋敷から少しばかり歩いた先―――そこに湖はある。
 地図にも名前の載っていない、ただの湖。
 けれど大人も子供も湖が存在していることと、悪くて怖い噂だけは聞いたことのある湖。
 湖を見た人は生きて帰っては来られない、なんて噂もあるけれども。
 僕は今、そんな湖を目の前にしていた。

「綺麗だね」
「うん…」

 それは思った以上に透き通っていて、美しい湖だった。
 生憎の霧で周囲の景色が見えないのは残念だけど。
 それでもその霧がまた神秘的な雰囲気をかもし出していた。

「まるでこの世じゃないみたいだ」
「うん…」

 僕はゆっくりと湖へ近づき、恐る恐るその湖面に触れてみた。
 驚くくらいに冷たくて。でもそれ以外なんてことはないただの水だった。

「誰だよ、魔女が毒を流してるなんて言い出したのは…」

 そう言いながら、僕はふとヨハンネスさんの言葉を思い出した。



『真に恐ろしいのは屋敷の方なのです』



 屋敷の方が恐ろしいらしいのに、なぜ湖の方が怖い噂ばかり出回っているんだろう。
 もしかして、湖に誰も近づいて欲しくなかったから怖い噂を流したとか…?
 うーん…僕にはちょっとわからないや。





 僕はその後、アンと一緒に遅めの昼食をとった。
 アンは小食で全然食べなくて、だから代わりに僕がアンの分も食べる。

「そう言えば…アンは好きなものとかってある…?」
「え…?」

 それは何となく聞いてみたくなった質問だった。
 
「答えたくないなら良いけど…」

 アンはしばらく無言でいたけれど。
 そのうち、小さい声で「ある」と答えてくれた。

「あのね…可愛いものが好き。お花やお人形よりもぬいぐるみとか、小動物とかが好きなの」

 僕はアンの言葉をちゃんと聞きながら頷く。
 するとアンは次第に他のことも話し始めてくれた。

「甘いお菓子も好き。宝石とかよりもキャンディの方がキラキラしてるのに甘いんだもの」

 本当はおしゃべりが好きな子なんだろう。
 そんなアンの話を聞いているうちに気づけば夕暮れになっていて。
 僕たちはまた手をつなぎながらテントへと戻った。







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