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2日目~1

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 目が覚めると、僕はいつものベッドの中じゃないことで驚く。
 それから直ぐにテント泊をしたんだってことを思い出した。

「依頼が夢だったら良かったのに…」

 テントから出て目の前の屋敷を見て、改めて全てが現実だということに気づく。
 おかしな依頼を受けたこと。
 屋敷の中を探索したこと。
 約束を守って、日が暮れる前に屋敷から出たこと。
 その後、夕食も食べたか食べてないかのうちに眠ってしまったことも。
 僕は思い出した。

「昨日はエーデルヴァイス夫人の品の1つだって見つけられなかったのに…」

 思わずため息が出てしまう。
 だけど、考えていても悔やんでいてもどうしようもない。
 僕は朝食に用意しておいたパンを食べて、また屋敷に入る準備をする。

「今日こそは夫人の絵でも手紙でも良いから見つけないと」

 最後にランプがつくかどうか確認もして。
 僕は2日目の屋敷へと入っていった。






「昨日は1階の客室を探索したから…今日はその奥かな…」

 1階奥の通路には食堂があるみたいで、更に奥の突当りには調理場もあった。
 食堂は元ホテルだっただけあって思った以上に広くて。
 町の子供たちでパーティをやっても充分なくらいの広さだ。
 でもテーブルも椅子も絨毯も、飾られている品々も豪華で。
 どう見ても子供のパーティをするような場所じゃない。

「…ここで夫人って、1人で食事してたのかな…?」

 僕はそう思ってテーブルに触れた。















                              クスクス















 何かが聞こえてきた。
 たぶん、声だ。
 でも、だって、人なんていないはず、なのに…。















                       クスクス

                                クスクス



                    クスクス














 間違いない。
 人の―――それも子供の声だ。
 なんで?
 どうして?
 僕の動悸が、呼吸がどんどん激しくなっていく。















 クスクス



 その声は耳元から聞こえてきた。
 遠くから聞こえていたはずの声が、だ。
 振り返ることも、怖くてできない。
 だけど、このままここにいることは危険だ。
 今すぐに逃げなきゃと、本能が告げている。

「うわぁぁっ!」

 僕は悲鳴を上げて、直ぐに走り出した。
 それが何かも確認しないで。
 急いで食堂から飛び出した。





 無我夢中で駆けて戻って来た玄関。
 僕は慌てながらもそのドアを開けて外へ逃げようとした。
















「待ってよお兄ちゃん」

 背後から聞こえてきた声。
 まちがいなくそれは人の―――それも女の子の声だった。
 僕は扉を開けた。
 恐ろしくて振り返ることも出来ずに、そのまま逃げようとした。

「これ、落としたんだよ?」

 と、女の子はそう言った。
 その言葉に僕は思わずびっくりして、振り返ってしまった。

「え?」

 扉から射し込む光に照らされた女の子。
 淡い白色のドレスを来た、ブロンドヘアの女の子。
 真っ白な指先で持っていたのは、僕の落っことしたランプだった。

「あ、ご…ごめん……」

 無意識に出てしまった謝罪。
 その台詞に女の子は笑みを浮かべる。

「そこは『ありがとう』じゃないの…?」

 その言葉と彼女の微笑みに、僕の顔はあっという間に熱くなっていく。

「あ、えっと…ありがとう……その、君はどうしてここに?」

 当然の質問をさらりとしてしまってから、僕は少しだけ後悔する。
 女の子が笑顔を解いて哀しい顔をしたから。

「あ、言いたくなかったら良いんだ…ごめんね?」

 誰だってそうだ、言いたくないことの1つや2つくらいある。
 だけど女の子は首を左右に振って、答えてくれた。

「森を迷っていたらここにたどり着いちゃって…それでここにいたの」
「お父さんとお母さんは?」

 女の子はまた頭を振る。
 屋敷には鍵が掛かってなかったし、おそらくこの子はここにこっそり住み着いてしまったのだろう。
 昨日聞こえた物音も、もしかするとこの子が出したものかもしれない。
 きっと僕をドロボウか何かだと思って、怖くて隠れていたんだろう。
 僕はそう考えた。

「きみ…この屋敷のこと詳しい?」
「ちょっとだけなら…」

 女の子は頷きながら指先で『ちょっと』を表す。
 どちらにしても、彼女がいると心強い。

「実は僕ね、ドロボウとかそういうのじゃなくて…依頼でこの屋敷の夫人について調べていたんだ―――」

 僕はそう言って、その女の子に僕が受けている依頼について話した。
 少しだけ首を傾げたり悩んだ顔をしていたりしていたけれど、最後は頷いて答えてくれた。

「わかったわ。私もその探しものを手伝ってあげる」
「良いの?」

 うん。
 と、もう一度女の子は頷く。
 よかった。
 これで屋敷探索も少しは楽になりそうだ。
 
「あ…そうだ。自己紹介しなくちゃね。僕はオットー、よろしくね」

 そう言って僕は女の子に向けて手を差し伸べる。

「私はアン。よろしくね」

 女の子―――アンはそう言うと僕の手と握手を交わしてくれた。
 細くて冷たくてか弱い、少女らしい掌。
 それから彼女は、僕に年相応の可愛らしいはにかんだ顔を見せてくれた。


 




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