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1日目~3

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 とんでもない一言を残して去って行ったヨハンネスさん。
 僕はそんな彼を少しばかり恨めしく思いながらも、仕方なく屋敷探索の準備をする。
 屋敷の中は夫人が亡くなってから誰も入っていないらしいから、もしもの時用のナイフとランプ。
 それと軽食用にビスケットをいくつか持って、僕は屋敷へと向き合う。



 真正面から改めて見るがやはり屋敷はとても大きく。
 従者を雇っていたとしても、さぞかし持て余していたことだろう。
 そんな屋敷へと、僕は意を決してドアノブを掴んでみる。
 驚いたことに施錠はされていなかった。
 激しく軋む音を立てながらも、僕は扉を開けた。

「ごめんくださーい…」
 
 無意識に言ってしまった言葉。
 当然返答はない。
 それはそうなんだけど、これで返事があった方がかえって怖い。

「失礼します…」

 




 バタン





 玄関戸が閉まると、屋敷内には一切の明かりがなくて。
 足の踏み場さえ分からないほどだ。
 僕は直ぐにランプの灯りをつけ、辺りを見渡した。
 やっぱり人はいない。
 獣の影すら見当たらない。
 だけれどなぜだろう、なぜかずっとずっと視線を感じる。
 何かの気配を感じる。

「誰か…いますか…?」

 思わず声をかけてみた。
 けど、やっぱり返事はなくて。
 僕は恐る恐る、足元を確認しながら周囲を確認する。

「…すごい、広いな…」

 玄関を入ってすぐ、目の前には大きな広間がある。
 1階の両サイドに通路があって、奥にも1つある。
 らせん階段を上った2階も同じような造りになっていた。
 屋敷内は外観もそうだったけど、内部も思っていたよりとても広い。
 部屋はいくつもあるみたいだし、廊下はずっとずっと遠くまで見渡せる。
 そう言えばヨハンネスさんが言っていた。
 夫人が住むより昔々、この屋敷は本当は湖畔がよく見えるきれいなホテルだったって。
 だけど何かがあってつぶれてしまって、その後エーデルヴァイス夫婦が買い取ったとか。
 こんな大きなホテルを買い取れるんだから大金持ちはやっぱりすごい。






「あ、これって…?」

 2階の渡り廊下の先。
 1階玄関からでも見上げられるその正面の壁に、大きな絵画が飾られていた。
 夫人かと思ったけれど、ランプを照らしてよく見るとそれは男性で。
 たぶん、これがエーデルヴァイス夫人の旦那様なんだと思われた。
 威厳いげんたっぷりな顔で、暗闇から見ているせいか、ちょっと怖い。 

「けど探さないといけないのは旦那様じゃなくて夫人なんだもんな…」

 そんなことを考えながら捜索を始める。
 探しものをしている間は不思議と恐怖心が少しは紛れてくる。
 僕は手始めに玄関から1階右側の通路を調べることにした。



 1階右側の通路を見ると、そこには数個の扉があって。
 どの部屋にもベッドとテーブル、イスが置かれていた。
 たぶん客室なんだろうと思われる。

(こんなところに夫人の品なんてないよな)

 そう思っていると、あっという間に右側の部屋は調べ終わった。
 僕は最後の部屋の扉を閉め、今度は反対側の通路を調べに行こうとした。
 






ガタン







「ヒィッ!」

 突然聞こえてきた物音。
 思わず上ずった声が出てしまう。
 振り返ってみると、扉がなぜか勝手に開いていた。
 確かに閉めておいたはずなのに…。
 それに窓には全て雨戸なのか、板がびっしりと張り付けられている。
 すきま風さえ入らないようにしているから、どの部屋も真っ暗闇だというのに。

「き、きっと…ネズミか虫のせい、だよね……」

 誰がいるわけでもないのに、声を出さずにはいられなかった。
 僕は開いた扉の方を見ないようにして、改めて移動する。




    

「結局客室には何もなかったな…」

 左側の客室が並ぶ通路も調べたけれど、結局夫人のものは何もなかった。
 というより、どの部屋もほとんどが埃とカビ臭くて床もボロボロで。
 ちゃんと調べられそうにもなかった。
 あったといえば、どこかの部屋にぬいぐるみが落ちていたくらいかな。

「あ、そうだ…時間確認しないと」

 時間のことを思い出した僕は、慌てて懐中時計を取り出した。
 この時計はヨハンネスさんが用意してくれたものだ。

「え!? もうこんな時間?」

 時計を見ると時刻は夕方の5時。
 もう日が暮れようとしている。
 そんな時間が掛かったように思えなかったのに…。
 それにまだ昼食だって食べてなかった。

(って―――そんなこと考えている暇はないよね)

 急いで僕は玄関に戻ろうとした。





 けれど、本当に夜までに戻る必要ってあるのかな?
 昼夜も解らない広い屋敷で、1階を調べただけで1日が終わろうとしている。
 依頼の絵だってまだ描いてないのに、こんな調子じゃあ一体いつ探索が終わるのか。

「大丈夫…だよね……ちょっとくらい…」

 だって、その方が早く終われるし。
 探索してみると思ったより怖くなかったし。
 こんな真っ暗な室内じゃあ昼も夜も関係ないしね。





 ―――だけど、もし約束を破ったら…。
 夜までこの屋敷にいたら、どうなるんだろう。



 少しだけ怖くなって、僕は立ち止まった。
 そしてどうするのか考えることにした。















     ・このまま探索を続ける―――1日目~4へと続きます。



     ・やっぱり外へ出て今日は休む―――2日目~1へと続きます。







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