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信じる理性のケモノ
しおりを挟む「―――それで…ベルフュング将軍はその養製天使となり天使人格が宿ってしまった女将を追い駆けていった、と……?」
「はい」
ようやく雷雨も止んだ早朝の時刻。
曇り空の隙間から射し込む朝日を受けながら、補佐官である彼は潜入調査をしていた密偵―――部下の青年へと尋ねる。
その青年は小さく頷き返答しつつ、何故か目前の土を掘っていた。
場所は宿の外、火災の遭った物置小屋裏手の大きな楢木の下。
彼はそこに何か埋めるわけでもなく。小さな岩を埋め込み墓標を作る。
「それは…もしかして先ほどの報告にあったネコの墓……ですか?」
「はい」
「同情…ですか?」
「まさか…ただ、ここはネコを神と信じて崇めている村なので。こうして供養しないと罰でも当たっては困ると思いまして」
そんな言い訳を並べながら笑顔を向けた青年は、丁寧に作った墓標へと両手を合わせる。
補佐官の男性は青年と、その二つ並ぶ小さな墓を見つめながら、静かに眼鏡を押し上げた。
「…それでは、僕は将軍の支援へ向かいますので。君は他の部下と合流次第、件のネコの灰化作業を手伝ってください」
「了解です。深夜の山道なんて危険しかないというのに…わざわざご苦労様です」
先ほどまで真剣に手を併せていたというのに、一変して今はニコニコと爽やかな笑みを見せる青年。
その整った笑顔と労うはずの台詞は、不眠の強行軍をした補佐官にとっては嫌味にしか聞こえてこず。大きな咳払いを洩らし返す。
「あの…一つだけ、質問しても良いでしょうか?」
「なんですか?」
と、さっさとその場を去ろうとコートを翻した補佐官だったのだが、何故か部下の青年に呼びかけられてしまい、渋々足を止める。
「―――どうして補佐官はあの将軍の下に付いていけるんですか? 用意周到と言うよりは疑心暗鬼かくらいに何もかも疑ってる…そんな人をよく信じていられるなと…」
『忠実な期待の新人』とは言えど、入って一年程度の若輩者だ。当然と言えば当然だろうその疑心に対し、補佐官は吐息を一つ漏らし、眼鏡を押し上げてから答えた。
「……正直、僕も将軍の全てを信じてはいませんよ」
「え?」
「だって…もう軍本部の椅子にとっくに腰を据えてても良い歳だというのに、いつまでも最前線でいようとして。そのくせ用意周到と言って部下たちを散々振り回し、何より養製天使を追い詰めるという名目のあの悪癖なんか、此方からすればただのいい迷惑じゃないですか。そのときの将軍なんて最早獲物を狙う狩人……というよりも獣ですよ、ケモノ」
と、口早に淡々と語る補佐官。
そこまでは言ってない。と内心抱きつつも、青年は彼の語りを聞き続ける。
「けれど…そんな人だからですかね。僕はイグバーン将軍が正しいとは微塵も思ってませんが、ですが道を間違うなんてことも信じられない―――と、疑ってやまないんです」
彼の言葉に、青年は目を丸くする。それはまるで『ただの屁理屈だ』と言いたげな顔で。
そんな彼の顔色を読み取ると、補佐官は微笑みを零し言った。
「僕は信じることも、疑うことも、実は似たようなものなのではと…思っています。事実、イグバーン将軍も『何でも疑え』と言ってこそいますが信じているものも少なからずあります。ただ、”信じて貰うという期待”が重いと感じているのでしょう…だから”疑え”だの言ってるんですよ」
そう言うと補佐官は部下の肩口を優しく叩いた。
よく上官が労いを込めて部下たちに行っているそれと同じように。
「ですが…貴方はイグバーン将軍や僕と同じ考えに至る必要なんてありません。自分の思うままに将軍を信じ疑って、任務に尽くしてください」
それが後悔とならないように。
そう付け足した補佐官は青年を残し、将軍の下へと向かった。
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