天使喰らうケモノ共

緋島礼桜

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思念体と語るケモノ

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「―――貴方たちは私たちの存在を『意志ある灰』だの『呪い』だの『天使人格』だのと呼んでいるけれど、私たち自身は『灰自体が本体の思念体』だと認識しているの」

 女将に宿った天使人格はそう切り出し、羽の生えた両腕を広げる。

「私たち思念体は意志の強さを動力源としている。だから強い意志さえ持っていればなんだって可能自由なの。それこそ貴方たちを一瞬で滅することも、この肉体を砂塵と化してここから散り逃げることもね」

 強い意志さえあれば神の如き御業も許される天からの使い。それが『天使』なのだと、女将は語る。
 得意げに、自慢げに。称えよとばかりに。

「そして。そこらの脆弱な仲間よりも強い意志を持っていたの私は、ネコへ人へ、次々にこの思念体を移動させ宿ることが可能だったというわけよ」
「―――だとしたら、そいつはどうにも筋が通らねえな」
 
 また一つ、酒樽に穴を開けつつイグバーンは反論する。
 彼が威嚇の如く壊し零れた酒は、辿り辿って女将の足下にまで到達していた。
 濡れていく足元の不快な感触とアルコールの匂いに、女将は眉を顰める。

「お前は女将の身体で天使人格化した際、『やっとこの身体を手に入れられた』と言っていた。女将の身体が元より狙いだったなら、何故直ぐに女将へ憑りつかず、一度ネコを乗っ取ったんだ?」

 鋭い男。と、人知れず舌打ちを漏らす女将。
 だがこれも時間稼ぎの為だと、彼女は反撃の力を溜めつつ、口を開く。

「……その通りよ。私たちも何もかもが可能自由なわけじゃない。ある程度の制約しばりがあるのよ」

 パシャリと足下の蒸留酒を蹴り、壁際に寄り添いながら女将は何処かにいるイグバーンへと語る。
 彼からの不意打ちを喰らわないよう、常に細心の注意を払いながら。

「結局自由なんかじゃねえってことか」
「最低限のマナーは必要ってことよ。どんなときでも、酒を嗜むときだって、ね…」

 その間にもイグバーンは酒樽破壊の手を止めずにいる。単なる炙り出しなのか、それとも何かの策なのか。彼の意図が解らず女将はより一層と警戒心を高める。

「さっきも言ったけど、私たちは灰が本体の思念体なの。力さえあれば空中に霧散して多くの人間に憑くことだって可能…けれど、そういうのって力も霧散しちゃうから、私の意志も何もなくなっちゃうのよね」

 その場合、人間に憑りついたとしてもそこに天使人格―――彼女が言うところの思念は存在せず、ただ暴力に執着するだけの生ける屍になってしまうのだという。

「だから私はこの思念体を―――を霧散させないため、そして女将の警戒心を解くため。元々宿っていた肉体からネコからへ、そして女将へと……血肉や唾液にを紛れ込ませながら、乗り換えていったのよ」

 と、女将は投げキッスをしてみせる。
 そのリップ音を遠くから耳にし、イグバーンは鼻で笑った。

「要はばい菌や寄生虫と同じ方法ってことじゃねえか。神の使いが聞いて呆れるな―――」

 と、イグバーンの言葉を聞いた女将は直後、勢いよく壁を叩きつけた。
 翼と化している彼女の腕からは羽が舞い散り、岩場で出来ているその壁面には亀裂が生まれていた。

「例えが悪いわね…もっと美しい例えは出来ないものかしら。貴方たち人間はその古びた酒樽で、私たち天使は貴方たちを糧に芳醇な香りや深みを得る酒そのもの…とかね」

 牽制でもあった彼女の一撃。だがそれに怯む様子もなく。
 イグバーンはまた一つ。樽に傷を付け、酒をぶちまける。
 貯蔵庫内には既に芳醇な蒸留酒の香が充満していた。

「確かに…そいつはお洒落な例えだな。それにしても……随分と饒舌にお前たちの力について語ってくれたな。そんなにばらして良かったのか…?」

 心配する素振りなど微塵も感じられない彼の台詞に、女将は鼻で笑って返す。

「フフ…それは良いのよ……だって、貴方を此処で亡き者にすれば良いだけのことだもの…!」

 そう言った次の瞬間。
 女将はその腕を羽ばたかせ、足で地面を蹴り上げ飛び跳ねる。
 鳥が空を飛ぶかのように。獲物を狙い滑空するかのように。彼女はランタンの灯り―――それを持っていたはずのイグバーン目掛け、不意打ちを狙う。
 『酒樽の並ぶ棚の死角からその首元を狙い、素早く掻っ切る』
 それがこの状況を打開する最良の策だと彼女は思い至ったのだ。
 が、しかし。
 直後、彼女はその真後ろ―――棚の隙間から飛び出て来た一撃によってバランスを崩した。

「うっ…あッ!!?」

 重い一蹴を受けた女将の身体は軽く吹き飛び、別の棚へと激突する。
 その際に樽から流れ落ちている酒を浴び、全身が濡れてしまった。

「やっぱ天使人格ってのは単調で扱い易いな。こうも簡単に引っかかってくれるからな」
 
 女将の死角から一撃を浴びせたイグバーンが、ゆっくりと姿を現す。
 倒れている彼女を見下しながら、今度は彼が語る。
 不敵で、歪で、不気味な笑みを浮かべながら。





 
    
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