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身構えるケモノ
しおりを挟む「まさか…ネコが養製天使化するとは…とても信じられなくて…それに目撃のあった養製天使も見つけられていなかったので、一応『怪しいものを発見』と、伝書鳩を飛ばしたのですが……」
そこが青年の誤算であった。
ネコを怪しんでいたというのに、その老ネコが故意に連絡の妨害をしてくるとは想定していなかったのだ。
「その時点であのネコは間違いなく天使人格化していたってとこだろうな。女将もとっくにネコの異形化には気付いてただろうが…あれを神の降臨かなんかだと思い込んだのか。はたまた天使人格に唆されていたのか…」
女将といいネコといい、彼女らは一体何時、どの段階で天使人格に憑りつかれ養製天使と成ったのか。
様々な憶測が浮かぶものの、どれも確証付いたものはなく。その疑心はイグバーンを苛立たせ、舌打ちを洩らす。
「取っ捕まえて吐かせるのが一番手っ取り早いんだがな」
「すみません…この嵐の中ではもう…」
青年はそう言うと打ち付けられた背中を労わりつつ、開かれっぱなしの窓へと近付く。
雨風によって濡れたカーテンは無造作にはためき、その床もまた女将の血痕や雨のせいで汚れてしまっていた。
「どうやらこの窓から逃げ出したようですね…」
覗いた窓の向こうでは未だ雷雨が降り続いている。夜明け前だというのに暗雲広がる空は身を隠すには打って付けであり、激しい雨はその足跡を消すに最適だ。
完全に逃がしてしまうだろうという大失態に、青年は苦虫を噛み潰したような顔で女将が消え去った森の奥を見つめていた。
「―――いや、逃げた先についての見当はついている」
無精ひげが伸びた顎を擦り、思案顔を浮かべていたイグバーンはおもむろにそう口を開く。
言葉と共に吐き出された煙は、吹きすさぶ風にかき消されていく。
「俺は奴を追いかけ始末を付けてくる」
「では俺も加勢した方が…」
「いや。お前は部隊が応援に来るまで待機だ。合流後は俺の代わりにアランに報告しておけ」
と、イグバーンは咥えていた煙草を床へと落とすなり、それを勢いよく踏みつけた。
ドンと音を立てた衝撃は床から伝わっていき、青年の心臓を抉るように震わせる。
「それと、念には念を…と渡しはしたがな。お前にはやっぱり無理な代物だったな。お前は根本的に精神が弱すぎる。感情は見せても頭は冷血でいろ。でないとその油断がお前を殺す」
これはもう二度と使わせん。そう言うとイグバーンは青年が持っていた拳銃を半ば強引に取り上げる。
それまでの嫌味な口振りとは全く違う雰囲気で告げるイグバーン。
上官らしい的確な冷静さと非情さを覗かせる彼の顔に、青年は反論することも出来ず。
「わかりました…」
そう返すことしか出来なかった。
「それじゃあさっさと追いかけるとするか。でないと本当に逃がしちまいかねねえ……が。その前に……」
イグバーンはそう言って青年の方へと視線を向ける。
視線が合い、青年は一瞬だけ僅かに目を見開き、それから直ぐに上官を睨む。
「一つ聞きたいが…お前は『黒鷹』を何って呼ぶ…?」
「……黒鷹です」
「よし。これで不安の種は一つ取っ払えたな」
それは特に意味のないような、しかし二人にとっては重要な合言葉であった。
だが、返答した青年は不服そうに顔を顰める。
「俺も養製天使化していないかと、疑うのは当然だとは思いますが…これだけ会話しといて今更確かめることですか? どれだけ用心深いんだか…」
「あのな、初手で拳銃奪って脳天に突き付けられなかっただけマシと思え。それに俺の疑り深さは挨拶みたいなもんだから諦めとけよ」
不敵な笑みを浮かべそう言い残すとイグバーンは踵を返し、急ぐように部屋の外へと出て行ってしまった。
残された青年は一人で室内の後処理を始める。
飛んで破壊された椅子やベッド、割られた硝子。それから捨てられた吸い殻を片付けながら、彼は独りぼやいた。
「あんなに何もかも疑ってたら…一体何を信じれば良いのか解らなくなるだろうに……」
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