天使喰らうケモノ共

緋島礼桜

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とある女性の告白3

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「簡単なことです。私たちと同じ天使になれば良い。私たちの血肉を、それらを燃やした灰を、取り入れれば…貴女は天使になれますよ」
「それは無理よ!」

 それは当然の拒否反応だと思う。誰だってそうでしょう、いくら不老不死になれると言われても外見は同じ人のを口にするなんて…早々出来るわけがない。
 ましてやそれが天使の、というなら尚更。私たちは物心つく頃から親や祖父母から読み聞かされ刷り込まれている。
 『天使の灰は取り憑いた人を喰らう恐ろしい呪いなのだ』と。
 そもそも、私はこの目の前にいる天使でさえ、未だに信用しきってはいない。
 少しでも怪しい素振りを見せたら、いつでも抵抗してやろうと思っているくらいだから。
 そんな明らかな拒絶をした私を見て、天使の男は少し考え事をした後、両手をパンと併せて言った。

「……でしたら、神頼みでもしてみましょうか」
「神、頼み…?」

 唐突に突拍子もないことを言ったからか、私は思わず聞き返してしまった。
 にんまりと不気味な笑みを浮かべながら、男は語る。

「ええそうです。我らが黒鷹様―――ではなく、赤猫神に」




 赤猫信仰。
 不意にその単語が頭を過る。
 この村に古くから根付いている信仰。赤猫は性別身分差別なく平等に運を与えるという教え。
 村の皆はその教えを信じているし、私もそれは素晴らしい言葉だと思っている。
 だからこそ、この村にはネコ由来の風習が今も受け継がれている。

「ネコが99回同じ供物を食べてくれたら100回目に願い事が叶う…という風習が確かこの村にはあると、聞いていたのですが……それに倣ってネコに供物を捧げてみては…?」

 何を? とは、愚問だった。
 男は当然と言った風で答えた。

「私共の血肉を…です」
「だめ! ネ、ネコにだって…そんな、こと……」
「恐れることはありません。ちょっと解釈を変えるだけです。先ずはネコで試せば良い……というのは良い言い方ではありませんが。私たちの血肉を供物として100回捧げても、そのネコが呪い殺されなければ―――」

 私たちの言葉を信じて貰えますか?
 囁く天使の呪いに、私の心はじわじわと濁り澱み始めていく。

「それにもしかすると、赤猫神が貴女の信仰心に応え本当に願いを叶えてくれるやもしれませんよ。素敵な奇跡を、運命を」
「……ネコに…あげる、だけなら……」

 ネコに毒味だなんて罰当たりのような気もする。
 けれど人以外の生き物が、ネコが、天使の呪いに掛かったなんて話は聞いたことない。
 ならば…もしかしたら…ネコに天使を捧げ続けたら……私の願いが、叶う、の…?
 今まさに天使に呪われようとしていること、本末転倒であるということも忘れて。私は男の甘言を聞き入れてしまっていた。





 そしてそれが私にとっての悪夢の始まりだった。
 私は言われるがまま……その男の一部を切っては磨り潰して、切っては焼いて。餌として、毒味として、供物として。ネコに差し出し続けた。
 とは言ってもいつもあげている餌に混ぜて、唯一食してくれたのは老ネコ一匹だけだったけれど。
 その後も不思議なことにその老ネコは熱心に私が出したものを、捧げた供物を食べてくれた。迷うことなく、躊躇いもせず。
 そのうちにその老ネコは私に妙に懐いてくれるようになった。
 それがまるで啓示のような気がして、私は更に供物を捧げることにのめり込んでいった。
 一方で、天使の男はみるみるうちに弱り切っていった。
 切り落とした部位も徐々に再生しなくなっていき、天使も完全な不死ではないのだろうと思い知らされる。

「驚くことは、ありません……私に限界が来ても…まだ仲間がいます。抵抗するかもしれませんが、その仲間の血肉も使って供物にするのです…」

 それ以降、天使の男は何も喋らなくなった。
 この瞬間、私ももう引き下がれないところまで来てしまっていた。
 それなのに私は感覚がすっかりマヒしてしまっていて、自分のしていることの罪の大きさも解らなくなっていた。
 頭の何処かから語り掛けてくる『これは貴女の幸運なのだ』と言う幻聴を信じるようになっていた。
 私は、今度は男の仲間の天使を供物に捧げ始めた。
 抵抗されないよう余るほどある酒を飲ませて。泥酔させて、酔わすに酔わせて。どうやら天使は酒に弱いらしく抵抗はほとんどされなかった。



 そんな最中のある時。
 一人の客が村を訪ねて来た。
 怪我をしたと言って腕と足を包帯で隠している男。
 間違いなくそれは新たな天使が来たのだと、私の中の幻聴が言う。
 もしもの時に次の供物に出来るかもしれないと、私はその男の要求を呑んで宿に住まわせた。
 献身的な姿を見せて、すり寄って見せて。天使かどうか確認しようとした。
 けれど、その男は中々用心深くて…証拠を見つけることは出来ず。
 そうこうとしている間に、捕まえていた仲間の天使が逃げ出してしまった。
 追いかけ探そうにもこの山中を探すなんて無理に決まっている。
 ―――ならば、こうなれば。
 この偶然迷い込んできた男を供物にするしかない。
 あんな怪しい男、普通の人なわけがない。絶対天使に決まっている!
 きっとそう、これは赤猫様が授けてくれた―――私の幸運なのだから。




 
 それに、後もう少しで100回目の供物が終わろうとしている。
 
 もう少し、もうすぐ。

 そうなれば私の願い事が叶うの。私はようやく、死の恐怖から克服できる。

 死ぬことが怖くなくなる。

 それ以外は最早なんにも怖くなんてない。

 だって、私は赤猫様を信じてる。その幸運が付いているんだから!
  






     
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