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探り潜るケモノ
しおりを挟む灯りも乏しく、暗がりが続く闇夜の中。
辿り着いたその宿の門を何度も叩き、周辺にはその音が響いていく。
「すみませーん」
屋内は薄暗いものの、外よりは充分明るく。
と、間もなくして奥の方から一人の女性が慌ただしく姿を現した。
「い、いらっしゃいませ…ごめんなさい。まさかお客様が来るとは思ってなかったもので…」
そう言いながら息を切らしている女将と思われる女性。
額から垂れる汗を拭い、彼女は直ぐに客人を館内へ案内する。
「いいえ、此方こそ夜中に突然訪ねてしまって申し訳ない。ちょいとそこの酒場で話し込んでたら遅くなってしまって…」
笑みを浮かべそう答える客人―――もといイグバーン。
彼は女将と会話を楽しむ素振りを続けながら、周囲の観察を怠らず。と言うよりもわざとらしい程に辺りを見回し続ける。
「ああ、あそこの奥さん…おしゃべりが大好きだから…」
女将はそう言いながら吐息を洩らし、もう一度汗を拭う。
「それは確かに。ついでに手料理と酒も堪能させて貰いましたが…もしかして夕飯の調理中…でしたか?」
何処からともなく漂う焼け焦げた臭い。
その臭いに気付かれた女将は、恥ずかしそうに笑みを見せて言った。
「……そうなんです。でも失敗してしまって…料理はほとんどしないもので…」
「せっかく村唯一の宿だというのに、それは何とも勿体ない」
「ええ…まあ…」
イグバーンを一瞥した後、再度正面を向く女将。
酒場の女店主と同じ年頃と思われる彼女は、髪の色も肌の具合もよく似ている。
違う点はその容姿は当然として、一番目を見張るのは服装だった。
あの女店主はタンクトップにショートパンツといった軽装に対し、この女将はタートルネックセーターにロングスカートというこの時期にはそぐわない格好だった。
「そういや…この宿には大きな酒の貯蔵庫があるとか。酒場の奥さんから聞きましたが…?」
「はい。けど客も少なくなって…私も下戸だから宝の持ち腐れで…たまに酒場に卸す程度なんです」
性格もあの女店主とは真逆らしく、ひしひしと感じる警戒心。何よりも、イグバーンとは中々視線を合わせようとしない。
僅かに眉を顰め、口元に指先を添えながら、彼女はイグバーンを避けるように、足早に案内する。
「―――部屋は此方で宜しいでしょうか?」
女将に案内された客室は1階最奥の部屋だった。
開けられた室内はベッドにソファ。テーブルの上には灰皿まで設備されており、山間の宿にしては充分良い方だと思われた。
「いやあ、こんな夜分に突然訪ねたというのに何だか良い部屋を宛がって貰ったようで申し訳ない」
「いいえ…此方こそ久々の来客ですし…この位はサービスしないと…」
「久々? 酒場の奥さんからは他にも客がいると聞きましたけど」
イグバーンはそう言うと女将を一瞥する。
彼女は一瞬だけ硬直した様子でイグバーンを見つめた後、静かに視線を逸らす。
「あ…その方は…客として扱っていなくて…お金も貰ってないので…」
しどろもどろな口振りの女将はそそくさと踵を返す。
「それでは私はこれで…」
「ああちょいといいですか?」
急ぎ扉を閉めようとした女将であったが、それをイグバーンが引き留める。
手を止めた彼女は戸の隙間から彼を覗き込んだ。
「何か…?」
「実は酒には目がない性分でして…よければ明日にでもその貯蔵庫の見学なんてさせて貰えればと思いましてね」
「それは駄目です」
即答する女将にイグバーンは僅かに目を細める。
彼女は視線を交えないまま、言った。
「…部外者は立ち入り禁止なんです」
「そりゃあ残念」
「では…失礼します…」
そう言って女将は頭を下げ、扉は静かに閉められた。
一人部屋に残されたイグバーンはおもむろに傍のソファへと腰を掛ける。
「さて、と…これからどうしたものか……」
思案顔を浮かべつつ、彼は懐から煙草を取り出した。
火を付け、一本吹かしながら彼は天井を見上げた。
「……そういや随分と強かな女将だ。噂のイケメンさんを一介の旅人にまでひた隠すとはな」
と、思わずそんな独り言を漏らした。
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