5 / 29
村訪れるケモノ
しおりを挟む山道を歩き続けること3時間近く。
イグバーンはようやく山間の村ラースンへと到着した。
「結構歩かされたな…」
イグバーン以外に観光客らしき人はおらず閑散としており、寂れた雰囲気が漂っている。
かつて茶屋宿として栄えていたとは微塵も思えないほどに静寂した村だった。
「こういうときは先ず酒場と行きたいが―――」
そうぼやきながら村を散策するイグバーン。
道すがら、寝そべっている野良ネコを何匹も見かける。
そこかしこから鳴き声も聞こえてくるほど、村の人口以上にネコがいるように思えた。
と、村の一角に『酒処』の看板を掲げた店を発見する。
暮れなずむ空はまだ飲みごろの時刻とは言えないのだが。
店は『開店中』の札も掛けられていた。
イグバーンは迷わず、吸い込まれるように店内へと入っていく。
「いらっしゃい…って、珍しいね。旅の人?」
陽気な雰囲気の女店主は一見さんであるイグバーンを温かく迎え、笑顔を向けた。
「辺境旅行が趣味でね…最近読んだ書に載っていたから是非来てみたいと思って足を運んでみたんだよ」
イグバーンもまた笑顔で受け答え、カウンター席へと腰を掛ける。
店内には他に2、3人ほど客がいるが、身なりから見て村の者と思われた。
「ああ、その書物ならあたしも読んだけど『辺境』なんて書かれてて思わず笑っちゃったよ。麓に鉄道が開通するまでは本当に賑わってた場所だったんだからさ」
それがここ十年であっという間さ。
そう言って寂しげに笑う女店主。
日焼けした肌、黒髪に八重歯が特徴的な妙齢の女性。
瞬時にそう観察しつつ、イグバーンはとりあえず酒と適当な食事を頼んだ。
「それにしてもさ―――旦那、ホントにただの旅人? なんていうか旦那を見てるとさ…直感ていうか、匂うんだよね…」
名産品という葡萄の蒸留酒を手渡しながら、女店主はふと、そんなことを尋ねてきた。
女の直感ほど厄介なものはない。とは、彼の格言なのだが。
怪しまれているイグバーンは早速とっておきの隠し玉の一つを取り出して見せた。
「あー…匂うってのは、もしかするとこれのことか? 路銀でも稼ごうかと思って捕まえてきたんだが…気分を害しちまったかな」
そう言いながらイグバーンが布袋から2羽の野鳥を取り出して見せた。
しっかりと処理が施されているとはいえ、店内には獣と血の混じった臭いが漂い始める。
「ああ、なるほど、そういうことね。ごめんごめん、別に気分を害したわけじゃないのよ」
匂いの正体を知るや否や女店主は直ぐに両手を振りながら謝罪する。
「村のネコたちがね……随分と旦那を見てたからさ」
そう言って女店主の視線は窓の向こう―――店の外へと向けられる。
そこでは寄り添いながらイグバーンを覗くネコたちの姿があった。
凛として佇むネコ。欠伸をかくネコ。様々なネコの目が、イグバーンに向けられている。
「―――赤猫信仰、だったか。読んだ書にはそんなことも書かれていたな」
天地を創造した三神の一匹。運を司る気まぐれの赤猫神。
その差別なく平等に運を揮う赤猫神を崇拝する『赤猫信仰』。
赤猫の信者は赤猫神だけでなく、全てのネコに対しても神聖な生き物として崇めるという。
「ネコなんて。っていう人もいるけれど、あたしはネコには特別な力があるって信じてるんだ。匂うってのは旦那の獲物の臭いもあるけどさ…ネコたちが忠告しているように見えたってわけよ」
と、店の奥から野菜の炒め物と鹿肉のシチューが運ばれてくる。
どうやら料理を作っているのは女店主ではないらしい。
「多分だけど旦那さ……不吉な運を背負ってるんだよ。だから黒いネコばかり寄ってくるんだ」
そう、真剣に語る女店主。
だが神がかり的なことは基本信じたくないイグバーンとしては、それよりも食事が重要で。
彼女の言葉に曖昧な返答をし、早速料理を頬張り始めた。
「…酒も料理も悪くはねえな」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。
次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。
時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く――
――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。
※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。
※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる