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降り立つケモノ
しおりを挟む「元々クソみてえな人生だったんだ。それがクズとして生かされるってんなら上等だ」
軍の上層部にそう啖呵を切ってから30年近く。
男は軍の僕になることと引き換えに、金も地位も申し分ないほどのものが与えられた。
課せられた契約さえ守れば、特段不自由な思いもすることはなかった。
単なる“僕”で満足していれば、その男は単なる“クズ”で居続けられたことだろう。
―――だが。
その男は“僕”を演じれば演じるほど、“クズ”でいればいるほどに、虚無感を抱くようになっていった。
満たされない日常と感情の渇き。
そのせいか、次第に男は異常を求めるようになった。
それは平穏な生き方とは遥かに遠く。
“僕”であり“クズ”であるが故に辿り着いてしまった、彼なりの生き様だった。
例えそれにより自らの命が尽きたとしても、男には何ら悔いはなかった―――。
静かに瞼を上げ、彼は周囲の光景を見やる。
揺れる車内。生憎と両側に窓はない造り故に外の光景は見られない。
どれだけ自分が寝ていたのか。
ふとそう思ったが、そう思っただけで彼はそれ以上何も考えず。
おもむろに指先は懐へと伸びる。
「―――また煙草ですか、将軍……噂によるとそれ、身体に悪いらしいですよ…?」
聞こえてきたのは聴き慣れている部下の声。
その苦言に構わず、彼は煙草を取り出し、擦ったマッチの火を灯す。
「あぁ? 噂ってのは半分はデマで出来てるもんだ。んなもん信じてやる暇は俺にはないんでな」
咥えた煙草を吸い、彼は盛大に白煙と共に息を吐き出す。
車内に煙草特有の煙たい匂いが充満していく。
「そんなこと言って…我々の任務だって半分はそんな噂を確かめることにあるっていうのに…」
「アランくん」
と、突然名前を呼ばれ、これまで上官をいさめていた補佐官は口を噤む。
彼がくん付けで呼ぶときは、大抵嫌味を言うときだからだ。
それも頭を抱えてしまうほどの。
「お前は少々以上に生真面目過ぎる。もう少しクズに成り下がらねえと色々持たなくなるぜ? それとな…噂を“信じる”からじゃねえ。“疑ってる”から俺らは動くんだ」
そう言うと彼は車内の天井を見上げ、再度大きく息を吐き出す。
煙に包まれていく空間。
そんな上官を一瞥し、補佐官の男は人知れずため息をついた。
「……なるほど。だからいつもそんなに用意周到なんですか?」
たかだかネズミ一匹のために罠を何重も用意し、確実に仕留めるような。
補佐官の付け足した言葉を聞き、彼は口角を吊り上げた。
「当然だ。相手はネズミなんてか弱いもんじゃねえからな……それに、笑っちまうくらい綺麗に罠に嵌ってくれると、楽しいじゃねえか」
酷く悪い、歪んだ笑み。
生憎と運転中の補佐官にその表情を見ることは叶わないものの、想像は容易に出来た。
暗がりに浮かぶその不気味な顔は、これまでにも何度か目にしてきたからだ。
人はそれを『悪』と呼ぶかもしれない。
だが、少なからず男を補佐する身である彼は、これを『悪』だとは信じていない。
「―――そろそろ目的地に到着です、ベルフュング将軍」
補佐官の言葉から間もなく、車が停止する。
これまで後部座席にいた彼―――こと、イグバーン・ベルフュングは颯爽と車から降りていく。
「中々の森林地帯だな…まさしく養製天使の臭いを隠すには打って付けの田舎だ」
そう言いながらイグバーンはその地に降り立ち、吸っていた煙草を落とし踏みつけた。
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