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妖精猫は仲間と笑い合う

酒場、夜~

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「―――それからぼくたちはこの酒場へと戻ってきて、酒場を引き取るためのお金を集めたりその後も酒場を修理したり新しい店員を募集したりで大変だったんだ」

 お酒をちょびちょび舐めてはそう語る妖精猫ケットシー
 彼が話し始めたときは昼頃だったのだが、今はすっかりと日も暮れて窓の向こうでは夜の空が広がっていた。

「にゃあにゃあ、もう良い時間になっちゃったね。この続きである聞くも涙、語るも涙での『酒場奮闘編』については…またいつかの機会に聞いてくれると嬉しいよ」

 そう言って妖精猫ケットシーは話を聞いてくれていた旅人を見つめる。彼女は飽きる様子もなく、真面目に妖精猫ケットシーの話を聞いていた。
 話を聞き終えた旅人は力強い拍手を妖精猫ケットシー送った。

「とてもとても面白かったよ。感動もしたし、楽しませてもらったよ」
「にゃにゃ、話が長かったって思わなかった?」
「ははは、思わなかったさ。気づいたらこんなに時間が経ってたことに驚いたくらいだよ」

 旅人はそう言って大きな声で笑う。それから、彼女はふと周囲を―――酒場を見渡し始めた。
 ちょっとだけ古くさい、しかしとても暖かな雰囲気が漂う場所。沢山の人の思い出が詰まっていると誰が見てもわかるような雰囲気の場所。そんな場所を見て、旅人は微笑む。
 
「…そうしてずっとこの酒場を守ってたんだね。それだけ、妖精猫さんにとってここは大切な場所なんだね」
「何回か建て直しちゃったからもう当時の面影もないけどね。それに今やここは一芸を持った人たちが芸を披露ひろうする『劇場』みたいな感じだから…酒場とはちょっと違うけどもね」

 妖精猫ケットシーは視線をステージの方へと向ける。酒場のど真ん中に位置するその大きなステージでは、今まさに一人の曲芸師が大技を繰り出して終え、酒場中が拍手喝采となっていたところだった。
 色んな人たちが歓声を上げ、曲芸師はそんな中でステージの奥、カーテンの向こうへと去っていく。

「…うん、決めた。決めたよ、妖精猫さん」
「何を決めたの?」
「私もここで歌いたい! そして妖精猫さんと友達になりたい」

 旅人は突然そう叫ぶと、ダンッとテーブルを勢いよく叩いた。その大きな音に驚いてしまい、妖精猫ケットシーは尻尾をぴんと立てる。

「にゃにゃ!? それはつまり芸を披露ひろうしたいってことかな? だとしたら誰でも大歓迎だけど…」

 と、妖精猫ケットシーの話も聞かずに旅人は席を立つと、誰もいなくなったステージへと勝手に上がってしまった。

「友達になってくれるかどうかはさ、あたしの歌で判断してよ。妖精猫さん」

 羽織っていたローブを脱ぎ捨てた旅人。その容姿は健康的な小麦の肌に黒い髪がよく似合う、緑色の衣装を着た若い女性だった。そしてその胸元には―――。

「ペンダント……」

 くすんではいるものの、白銀色のキレイな真珠のペンダントを付けていた。

「ははは、これはあたしのお母さんのそのまたお母さんのお母さんの…って感じで代々受け継がれてる単なるお守りさね。さっき妖精猫さんが話してくれた『人魚の涙』には遠く及ばない代物だろうけどね」

 しかし、その輝きが本当に『人魚の涙』に遠く及ばないものなのか。確認する方法はない。
 何故ならこの酒場を引き取るための資金を稼ぐ際、妖精猫ケットシーは『人魚の涙』を売ってしまったからだ。
 何度もマリンに後悔しないかと尋ねられたが、それでも妖精猫ケットシーは大切な宝物ではなく、大切なこの場所を選んだのだ。

「それじゃあ、絶対にちゃんと聞いてよ。妖精猫さん」

 そう言って、彼女はステージで歌い始めた。



   *




 深い夜の 朝を待つとき
 凍える二人  静かに寄りそう
 温かい君の手 私は冷たくて
 寒いね 寒くない
 冷えるね 冷えてない
 素直な君が 私にはまぶしい

 やがて射し込む光は 君を照らす
 一線向こうの影で 私は見つめてる
 それで良かった、はずなのに
 そんな私を君は引き寄せた
 優しく強く手を握っててくれた

 いつだって君は優しくて
 いつだって私は素直じゃない
 君は子供みたいな大人で
 私は大人みたいな子供
 そんな君が 私には輝いてた

 射し込む光の中 君が微笑んだ
 一緒に影を見ながら 私はふくれてて
 それで良かった、だけなのに
 こんな私を君は選んでくれたんだ
 嬉しいのにありがとうも言わないけど
 朝の光の中で君とずっとこうしてたい
 それだけはホントだよ



   *
 


 彼女の歌を聞き終えた人たちは感動に湧き上がり沢山の拍手を送った。その場にいた客たちも、他の芸人さんたちも、厨房の奥から姿を見せたマリンも拍手を贈っていた。
 そしてそれはステージの一番真ん前の席にいた、妖精猫ケットシーもだった。
 知らないうちに妖精猫ケットシーのその大きな瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
 今まで沢山の歌や芸を見て聞いてきて、その都度沢山沢山感動してきたはずなのに。こんなにも涙を流して感激したのはとてもとても久しぶりのことだった。

「最高だよ! ステキだよ、かわいいよ、キレイたよ、美しいよ!」

 頭の上でこれでもかと両手を叩きながら、頭に浮かんだ全てのほめ言葉を彼女へと贈る。

「それじゃあ、あたしもこの酒場で歌わせてくれるかい? それと…友達になってくれる…?」
「にゃあにゃあ、もちろんだよ! ぼくだけじゃない、みんなも大歓迎さ!」

 そう言うと妖精猫ケットシーは席から立ち上がり、彼女と同じステージへちょこっと上がった。
 
「にゃあにゃあ、君の名前を聞かせてくれるかい?」
「あたしの名前はイポメアだよ」
「イポメアちゃん…うん、とてもとても良い名前だね!」

 妖精猫ケットシーは感動のあまり何度もこぼれ落ちていく涙をしっかりと拭って。
 それからその小さな手のひらを差し出した。

「これからよろしくね、イポメアちゃん!」
「うん! これからよろしくね。妖精猫さん」

 旅人―――もといイポメアは差し出されたその手に返すよう、握手を交わす。
 妖精猫ケットシーは爪を立てないように優しく、しかし力強くその手をぶんぶんと振った。
 そうして二人は顔を見合わせて、イポメアは満面の、妖精猫ケットシーもにんまりと笑顔を向け合ったのだった。







   ~おしまい~




    
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