妖精猫は千年経った今でも歌姫を想う

緋島礼桜

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妖精猫は老女とお別れした

その5

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 マリンはアサガオが隠していた最後の秘密を全て、妖精猫ケットシーに話した。
 それは、アサガオは重いのどの病気にかかっており、もう治らないということ。
 その病気のせいで、もう長くは生きられないのだということ。
 だからアサガオは、最期にと謝罪の手紙を送ったのだということ。
 それを妖精猫ケットシーには教えないでくれと、マリンに頼んだのだということ、だった。
 マリンの話を聞いた妖精猫ケットシーは、身体を震わせながらアサガオへと寄りそう。
 アサガオは今、薬が効いたらしくベッドで眠っているところだった。

「そんな…だって…やっと、楽しくて嬉しくて、幸せになったのに…こんなにこんなに大好きなのに…なんで病気になっちゃったの…?」
「…それは……年老いてしまったら誰にでも起こりうることなの。いつかは訪れることなのよ。それなのに…ごめんなさい。もっと貴方に早く話してあげればよかったわね…でも、病気のことを話してしまったら、素直な妖精猫ケットシーさんはきっとずっと悲しい顔をしちゃうからって…アサガオに言われてて」

 穏やかに寝息を立てているアサガオの頬を、妖精猫ケットシーは爪を立てないよう優しく撫でた。

「にゃにゃ…確かにアサガオちゃんが倒れて、ぼくはショックで何も出来なくて…そんな自分も悔しかったんだ。けどね、もしも何にも知らないまま何も出来ないままでいた方がもっともっと後悔してたよ」

 ぐすぐすと、しかし何度もその涙を拭いながら話す妖精猫ケットシー。彼の言葉を聞いて、マリンは「そうよね」と、深く頷いた。

「アサガオの隠しごとは本当にこれで最後だから…許してあげてね」
「にゃあにゃあ、当たり前だよ。だってぼくは…アサガオちゃんの友達だからね」

 これで仲直り。そう言って妖精猫ケットシーは眠るアサガオの手にそっと触れる。その小さな仲直りの握手を見て、マリンは思わず笑みをこぼす。

「それじゃあ…友達として、アサガオを最期まで楽しく明るく幸せにさせてあげてね」
「任せてよ!」

 妖精猫ケットシーはそう言うと強く胸を叩いて、いつも通りの得意げな顔をしてみせたのだった。



 その次の日。
 アサガオは前日の弱々しかった姿がまるで嘘のように元気そうな笑顔を見せていた。それどころか、昨日中止してしまった分まで掃除を終わらせるのだと、いつも以上に張り切っていたくらいだった。
 そんな彼女の様子を見て、妖精猫ケットシーもマリンも安心して掃除のお手伝いをした。
 だがしかし、アサガオの歌を聞いたのは、それが最後となった。





 
「アサガオちゃんの分もぼくが掃除をするよ!」

 アサガオがだんだんと歩きにくくなって、動きにくくなると妖精猫ケットシーは笑顔でそう言った。

「アサガオちゃんが喜びそうなものを持ってくるね!」

 アサガオがベッドで寝たきりになり始めると、妖精猫ケットシーは明るく飛び跳ねながらそう言った。

「アサガオちゃんが食べたいもの言って! 料理…は、出来ないけど材料を探してくるから!」

 アサガオが食事をしにくそうすると、妖精猫ケットシーは胸をばんばんと叩いて言った。

「アサガオちゃん。アサガオちゃんがして欲しいことない? ぼくが代わりにしてあげるからね?」

 アサガオが眠ってばかりになっていくと、妖精猫ケットシーは枕元で優しくそうささやいた。
 始めはいつも笑って答えてくれたアサガオであったが、この頃になると彼女は呼吸をするだけで精いっぱいのようであった。時おり、辛そうな苦しそうな顔をしていた。
 しかし、それでも彼女はいつも無理をして笑ってくれた。
 妖精猫ケットシーに精いっぱいの笑顔を見せ続けてくれた。
 




 そんなあるとき。アサガオは枕元に寄りそい続けてくれる妖精猫ケットシーへふと尋ねた。

「……妖精猫さんは、どうして…こんなあたしが、よかったの…ずっとずっと、こんなになっても、一緒にいてくれようと、するの…?」

 がらがらの、しゃがれた声での、精いっぱいの質問。
 彼女の問いかけに妖精猫ケットシーは頭を左右に傾けて考えに考えて。それから答えた。

「にゃにゃ、本当のこと言うとぼくもあんまりわからないんだ。ハリボテに頼まれたからとか、友達だからとか、約束したからとか色んな理由はあるかもしれないけど…でもやっぱり一番の理由は―――出会った瞬間にね、ビビビッときたからなんだ」

 始めて出会ったあのとき。
 その歌声を聞いたとき。
 そのときにはもう、妖精猫ケットシーの心はゆるぎないくらいにアサガオ一筋となっていた。
 笑顔が見たくて仕方がなかった。話しかけてくれることが堪らなく嬉しかった。
 友達であったことが幸せだった。大好きで、大好き過ぎてしょうがなかった。
 真っ直ぐな眼差しで、温かい笑顔でそう答える妖精猫ケットシー
 アサガオはそんな妖精猫ケットシーの頬に触れて、とびっきりの笑顔を向けた。

「そっか…そうだったんだね。ありがと、ね…妖精猫、さん……」

 その笑顔はしわくちゃの、単なるおばあちゃんの笑顔だったかもしれない。
 だが妖精猫ケットシーにとってその笑顔は、あの出会ったときに見せてくれた幼い少女のはにかみと全く同じに見えていた。
 そしてそれが、妖精猫ケットシーとアサガオの最期の会話となった。



 ―――それからほどなくして、アサガオは息を引き取った。
 時おり見せていた苦しそうな顔ではなく、それはそれはとても穏やかな顔だった。まるで幸せな夢を見て眠っているかのようなくらいに。まるで子供の寝顔のように、安らかな顔だった。

「アサガオちゃん…バイバイ……」

 涙も鼻水も沢山ぼたぼたとこぼしながら、それでも懸命にそれを拭いながら。
 妖精猫ケットシーは最期にそう言って、アサガオとお別れをした。

 




   
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