妖精猫は千年経った今でも歌姫を想う

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
13 / 24
妖精猫は婦人に泣かされた

その1

しおりを挟む
   






 妖精猫ケットシーにとって、その誕生日はそれはそれは忘れられない大切な思い出の日となった。
 それと同時に、アサガオのために大切な約束を交わした日でもあった。
 妖精猫ケットシーはその日の後も、ずっとずっと酒場で働き続けた。
 アサガオとの約束を果たすため。
 毎年のプレゼントを用意するため。
 アサガオの笑顔を見たいため。
 そして出来ることなら、アサガオとまた友達になりたいため。
 妖精猫ケットシーは失敗しながらも、怒られながらも。一生懸命働き続けたのだった。







 ―――そうして、それからまた長い月日が経った。
 妖精猫ケットシーにとってはちょこっとした月日で、人間にとっては長い月日が。



「にゃあにゃあ! 今日もアサガオちゃんはステキだよ、美しいよ、可愛いよ、キレイだよ!」

 この日もアサガオの歌が始まるなり、妖精猫ケットシーは誰よりも早くに一番真ん前の特等席を陣取り、大きな拍手で彼女をお出迎えする。
 
「さあさあ、今夜もステキな歌や演奏のステージが始まるよ! まずはこの酒場のベテラン歌姫アサガオの歌だ!」

 司会の男性がそう言った後、ステージの奥からはアサガオが姿を現す。
 美しい紫色のドレスを着た彼女がステージの真ん中に立つと、妖精猫ケットシーは更に大きな拍手を送り、それからアサガオが口を開くと同時にその手をぴたりと止める。
 そして、アサガオは静かに、歌を歌い始める。



   *



 その光輝く 黄昏の空
 それはいつかの私のよう 輝いていた
 しかし今は紅く青く そして暮れていく
 太陽は燃える色だと かつては思った
 けれども今は 哀しき色だと知った

 だってそう あの輝きは全てを焦がす
 だってそう あの情熱はもう苦しいだけ
 私にはもう 遠く沈むゆくだたの夕陽だった

 黄昏の空は 暮れていく 暮れていく
 この気持ちも隠して 暮れてと私は願い続ける
 


   *



 相変わらず歌詞の意味は妖精猫ケットシーにはさっぱりであったが。それでも今日もまた彼は目一杯の拍手を贈り、頭に浮かんだ全てのほめ言葉でほめちぎる。

「最高だよ、すごいよ、美しいよ、キレイだよ、可愛いよ、ステキだよ!」

 そうして最後におひねりをステージに向けて投げ込んで。
 この日も妖精猫ケットシーは大満足といった表情で仕事へと戻っていく。

「にゃあにゃあ、今日も良かったよ。今日もアサガオちゃんは最高だったよ」

 そう言って妖精猫ケットシーはカウンターに置かれた酒を、手慣れた様子でトレイに乗せて運び始める。
 この頃には妖精猫ケットシーはすっかり仕事も手慣れており、皿洗いのコツも掴んだし、料理運びのバランスも掴んだし、バケツいっぱいの水もこぼさず運べるようになっていた。

 ———ガシャン!

 と、相変わらずたまに失敗もしてしまっていたが。

「にゃにゃ…ごめんなさい」

 落っこちてしまった料理と食器を急いで片付け始める妖精猫ケットシー
 するとそんな彼を見ながらにやにやと笑っている男たち。
 彼らはここ最近、酒場へ通うようになっていたお客であった。

「ほら見ろよ、あれが例の年増歌姫の飼い猫だってよ」
妖精猫ケットシーを働かせてみつがせるなんてすげーおばさんだな」

 そう言ってげらげらと汚く笑う男たち。
 その会話を聞いた妖精猫ケットシーは耳も尻尾もぴんと立てて男たちへと近づく。

「ぼくの悪口はどれだけ言っても構わない。けれど、アサガオちゃんの悪口を言うのは許さないよ! それにアサガオちゃんはまだおばさんじゃないやい!」

 妖精猫ケットシーは男たちにそう怒鳴り、目を細めてにらみつける。
 しかし男たちにとっては可愛い猫のひと睨みでしかなく。更にげらげらと笑って妖精猫ケットシーを茶化す。

「おばさんもおばさんだろうが。なんてったって俺たちよりも年上なんだからよ」

 その言葉を聞いて、妖精猫ケットシーは驚いた顔をする。
 何せ、どう見たって男たちも外見だったからだ。

「君たちの目が節穴なんじゃないかな? 酔っ払ってちゃんとよく見えてないんじゃないかな? どう見てもアサガオちゃんの方が若いに決まってるじゃないかい」

 と、妖精猫ケットシーの言葉にむっとした顔をする男たち。
 彼らは不機嫌そうに妖精猫ケットシーをにらむと、その首根っこを掴んでしまった。

「なんだと…誰が酔っ払って節穴なってるだと?」
「飼い猫のくせに…生意気な…!」
「にゃうにゃう! ぼくは君たちと同じ正直なことを言っただけだよ、それの何が悪いんだい…!」

 ひっ捕まえられた妖精猫ケットシーはその小さな両手と両足をじたばたさせて必死に抵抗してみせる。
 が、しかし。子供と大人ほどの差もある妖精猫ケットシーと男たちとではその抵抗も空しく終わってしまい。妖精猫ケットシーは宙へと投げ飛ばされそうになる。
 すると、そんなときだ。

「待ちな!」

 そう言って男たちを制止するためにやって来たのは、アサガオだった。
 彼女は腕を組み、男たちをにらみつけながら言う。

「例え客だとしたってね、妖精猫をいじめるような性根の腐った奴は、うちの客としては扱えないね」

 アサガオにそう言われた男たちは、酔っ払って真っ赤だった顔を更に真っ赤っかにさせて、にらみつけながら叫んだ。

「なんだと!?」
「よくもそんなことが言えるよな? もう看板歌姫でもねえくせに!」

 文句を言い続けている男たちだったが、やがて周囲の冷ややかな視線にも気づいた彼らは、居ても立っても居られず。
 ばつが悪そうな顔をして、その場から逃げるように去って行った。

「ちっ…これ以上は酒が不味くなるだけだ…」
「こんな酒場、二度と来ねえよ!」

 彼らは最後にそう吐き捨てて。




「にゃあにゃあ、ありがとう、アサガオちゃん! やっぱりアサガオちゃんは優しいね」

 アサガオに助けてもらった妖精猫ケットシーは両手を上げて、頭を何度も下げながら礼を言う。
 しかし、アサガオは微笑みかけてくれることもなく。

「そんなんじゃないよ…」

 そう言って再びステージの奥へと消えていってしまったのだ。
 残された妖精猫ケットシーは彼女の表情に首を傾げるものの、考えることはなく。
 そのまま仕事を再開させたのだった。






   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

真っ白なネコのぬいぐるみププが自分の色を見つけるまでのおはなし

緋島礼桜
児童書・童話
やあみんな、ボクの名前はププ。真っ白色のネコのぬいぐるみさ! ぬいぐるみはおしゃべりなんかしないって? そう、ボクはご主人であるリトルレディ、ピリカの魔法でおしゃべりしたり動けたりできるようになったんだ。すばらしいだろう? だけど、たった一つだけ…ボクにはゆずれないもの、頼みたいことがあったんだ。 それはなんだって? それはね、このボクのお話しを読んでくれればわかるさ。 笑いあり涙ありのステキな冒険譚だからね、楽しめることは間違いなしさ! +++ 此方は小説家になろうにて投稿した小説を修正したものになります。 土・日曜日にて投稿していきます。 6話完結の短めな物語なのでさくっと読んでいただけるかと思います。ヒマつぶし程度でご一読いただければ幸いです。 第1回きずな児童書大賞応募作品です。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。 山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。 そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。 するとその人は優しい声で言いました。 「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」 その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。 (この作品はほぼ毎日更新です)

【完結】うらめし村のまりも

朝日みらい
児童書・童話
『うらめし村』の女の子まりもは、心がやさしい子です。けれども、外見は怖いので、本当の自分との違いになやんでいました。そんなまりもは、偶然、道に迷った男の子に出会って…。ほのぼのストーリーです。

人魚奇譚CLARISSA

大秦頼太
児童書・童話
人魚奇譚三部作CLARISSA・ISABELLA・SIRENAをまとめました。 皆さんが知っている人魚とは少しだけルールやなんかが違うと思います。 本来は脚本として使いながら仕上げるのですが、現在はそういった団体に属していないので細かい指示や諸注意などは書き込めておりません。 声劇などで使いたい場合は声をかけていただければ基本的にOKします。 ●扉絵は舞台化する場合人魚の両足が使えるように片足がヒレで、もう一方が水や泡を表すというようなイメージ画です。 ※海部守は脚本用PNです。 時期がズレて書いていたので、ちょっと繋がりがおかしいところもあるかもしれません。

ナミダルマン

ヒノモト テルヲ
児童書・童話
だれかの流したナミダが雪になって、それが雪ダルマになると、ナミダルマンになります。あなたに話しかけるために、どこかに立っているかもしれません。あれ、こんなところに雪ダルマがなんて、思いがけないところにあったりして。そんな雪ダルマにまつわる短いお話を集めてみました。  

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

処理中です...