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妖精猫は婦人に泣かされた
その1
しおりを挟む妖精猫にとって、その誕生日はそれはそれは忘れられない大切な思い出の日となった。
それと同時に、アサガオのために大切な約束を交わした日でもあった。
妖精猫はその日の後も、ずっとずっと酒場で働き続けた。
アサガオとの約束を果たすため。
毎年のプレゼントを用意するため。
アサガオの笑顔を見たいため。
そして出来ることなら、アサガオとまた友達になりたいため。
妖精猫は失敗しながらも、怒られながらも。一生懸命働き続けたのだった。
―――そうして、それからまた長い月日が経った。
妖精猫にとってはちょこっとした月日で、人間にとっては長い月日が。
「にゃあにゃあ! 今日もアサガオちゃんはステキだよ、美しいよ、可愛いよ、キレイだよ!」
この日もアサガオの歌が始まるなり、妖精猫は誰よりも早くに一番真ん前の特等席を陣取り、大きな拍手で彼女をお出迎えする。
「さあさあ、今夜もステキな歌や演奏のステージが始まるよ! まずはこの酒場のベテラン歌姫アサガオの歌だ!」
司会の男性がそう言った後、ステージの奥からはアサガオが姿を現す。
美しい紫色のドレスを着た彼女がステージの真ん中に立つと、妖精猫は更に大きな拍手を送り、それからアサガオが口を開くと同時にその手をぴたりと止める。
そして、アサガオは静かに、歌を歌い始める。
*
その光輝く 黄昏の空
それはいつかの私のよう 輝いていた
しかし今は紅く青く そして暮れていく
太陽は燃える色だと かつては思った
けれども今は 哀しき色だと知った
だってそう あの輝きは全てを焦がす
だってそう あの情熱はもう苦しいだけ
私にはもう 遠く沈むゆくだたの夕陽だった
黄昏の空は 暮れていく 暮れていく
この気持ちも隠して 暮れてと私は願い続ける
*
相変わらず歌詞の意味は妖精猫にはさっぱりであったが。それでも今日もまた彼は目一杯の拍手を贈り、頭に浮かんだ全てのほめ言葉でほめちぎる。
「最高だよ、すごいよ、美しいよ、キレイだよ、可愛いよ、ステキだよ!」
そうして最後におひねりをステージに向けて投げ込んで。
この日も妖精猫は大満足といった表情で仕事へと戻っていく。
「にゃあにゃあ、今日も良かったよ。今日もアサガオちゃんは最高だったよ」
そう言って妖精猫はカウンターに置かれた酒を、手慣れた様子でトレイに乗せて運び始める。
この頃には妖精猫はすっかり仕事も手慣れており、皿洗いのコツも掴んだし、料理運びのバランスも掴んだし、バケツいっぱいの水もこぼさず運べるようになっていた。
———ガシャン!
と、相変わらずたまに失敗もしてしまっていたが。
「にゃにゃ…ごめんなさい」
落っこちてしまった料理と食器を急いで片付け始める妖精猫。
するとそんな彼を見ながらにやにやと笑っている男たち。
彼らはここ最近、酒場へ通うようになっていたお客であった。
「ほら見ろよ、あれが例の年増歌姫の飼い猫だってよ」
「妖精猫を働かせて貢がせるなんてすげーおばさんだな」
そう言ってげらげらと汚く笑う男たち。
その会話を聞いた妖精猫は耳も尻尾もぴんと立てて男たちへと近づく。
「ぼくの悪口はどれだけ言っても構わない。けれど、アサガオちゃんの悪口を言うのは許さないよ! それにアサガオちゃんはまだおばさんじゃないやい!」
妖精猫は男たちにそう怒鳴り、目を細めてにらみつける。
しかし男たちにとっては可愛い猫のひと睨みでしかなく。更にげらげらと笑って妖精猫を茶化す。
「おばさんもおばさんだろうが。なんてったって俺たちよりも年上なんだからよ」
その言葉を聞いて、妖精猫は驚いた顔をする。
何せ、どう見たって男たちもいい歳をした外見だったからだ。
「君たちの目が節穴なんじゃないかな? 酔っ払ってちゃんとよく見えてないんじゃないかな? どう見てもアサガオちゃんの方が若いに決まってるじゃないかい」
と、妖精猫の言葉にむっとした顔をする男たち。
彼らは不機嫌そうに妖精猫をにらむと、その首根っこを掴んでしまった。
「なんだと…誰が酔っ払って節穴なってるだと?」
「飼い猫のくせに…生意気な…!」
「にゃうにゃう! ぼくは君たちと同じ正直なことを言っただけだよ、それの何が悪いんだい…!」
ひっ捕まえられた妖精猫はその小さな両手と両足をじたばたさせて必死に抵抗してみせる。
が、しかし。子供と大人ほどの差もある妖精猫と男たちとではその抵抗も空しく終わってしまい。妖精猫は宙へと投げ飛ばされそうになる。
すると、そんなときだ。
「待ちな!」
そう言って男たちを制止するためにやって来たのは、アサガオだった。
彼女は腕を組み、男たちをにらみつけながら言う。
「例え客だとしたってね、妖精猫をいじめるような性根の腐った奴は、うちの客としては扱えないね」
アサガオにそう言われた男たちは、酔っ払って真っ赤だった顔を更に真っ赤っかにさせて、にらみつけながら叫んだ。
「なんだと!?」
「よくもそんなことが言えるよな? もう看板歌姫でもねえくせに!」
文句を言い続けている男たちだったが、やがて周囲の冷ややかな視線にも気づいた彼らは、居ても立っても居られず。
ばつが悪そうな顔をして、その場から逃げるように去って行った。
「ちっ…これ以上は酒が不味くなるだけだ…」
「こんな酒場、二度と来ねえよ!」
彼らは最後にそう吐き捨てて。
「にゃあにゃあ、ありがとう、アサガオちゃん! やっぱりアサガオちゃんは優しいね」
アサガオに助けてもらった妖精猫は両手を上げて、頭を何度も下げながら礼を言う。
しかし、アサガオは微笑みかけてくれることもなく。
「そんなんじゃないよ…」
そう言って再びステージの奥へと消えていってしまったのだ。
残された妖精猫は彼女の表情に首を傾げるものの、考えることはなく。
そのまま仕事を再開させたのだった。
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