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妖精猫は女性を怒らせた
その5
しおりを挟む妖精猫と酒場のスタッフみんなが一丸となって『アサガオの誕生日を祝おう』という作戦を立てた日から―――半月後。
とうとうその日がやって来ようとしていた。
「みんな…準備は良いわね?」
マリンの合図に、妖精猫とスタッフたちは大きく頷く。
この日のために、みんなはアサガオには内緒で、コツコツと色んな準備をしていた。
妖精猫もその準備に参加したかったところではあったが。彼が関わると返って内緒ごとがアサガオにばれてしまいそうなので参加させてはもらえず。
代わりにみんながちゃんと準備出来るように、妖精猫はこれまで以上に酒場の仕事を進んでやっていた。
苦手だった料理運びも、皿洗いもなんのその。まるで得意になったかのように、いつも以上にすいすい楽々と妖精猫は仕事をこなしていた。
それもこれも。全てはアサガオの笑顔のため、今日この日のためにだった。
「―――さあさあ、酒場へお越しくださったみな様方! 今夜もステキな歌と演奏のステージが始まるよ!」
ステージに上がったマスターの言葉で始まるいつものショー。
今夜もステキな歌や美しい演奏、楽しい一芸などが披露されていく。
そうしてショーの最後になって登場するのが、この酒場の看板歌姫———アサガオだった。
アサガオは今夜も、いつものようにステージの真ん前の席に座る妖精猫へ、微笑みかけてくれることはない。
他のお客に向けて、キレイな声で歌を歌っていた。
彼女が歌い終わると、これまたいつものように拍手がわき起こり、そのステージへおひねりが投げ込まれる。
そうしてアサガオは一礼こそすれど笑顔は見せず、ステージを去って行く。はずだった。
「アサガオちゃん待って!!」
いつも以上に、大きな拍手よりも大きな声でアサガオを呼び止める妖精猫。
いつも以上に真剣みを帯びたその声に驚いたアサガオは、思わず足を止めて妖精猫の方へと振り返った。
「アサガオちゃん―――お誕生日おめでとう!」
振り返るアサガオへ妖精猫がそう叫ぶと共に、もう一度拍手喝采が巻き起こる。
それから、調理場の奥からは丸くて大きな、クリームがたっぷりと乗ったケーキが運ばれてきた。
「うそ…こんなお菓子生まれて初めて見た…!」
「そりゃあそうだ。こんな贅沢な菓子は王様か貴族様くらいしか食べられないんだからな!」
そう言って得意げに笑ってみせるマスター。このケーキはマスターの力添えがあったからこそ、作ることの出来たプレゼントだった。
初めて見た『ケーキ』に感動しているアサガオへ、今度はスタッフの代表としてマリンが花束を持ってステージに上がる。
その花束はアサガオが大好きだという、色とりどりのバラで包まれており、これまたアサガオは大感激する。
「こんなにステキなプレゼント…ホント…夢みたい。ありがとう、みんな」
「フフフ…プレゼントはまだこれだけじゃないのよ…?」
顔を真っ赤にさせて喜ぶアサガオ。そんな彼女を見て微笑むマリンはその手のひらを、真ん前の席で待っていた妖精猫へと向けた。
そこではプレゼントを持って妖精猫が待っているはず。なのだが。
「にゃあにゃあ! とっても甘くて美味しそうな匂いがするよ! こんなお菓子はぼくも初めて見たよ!」
と、生まれて始めてみるケーキに覗き込むように近寄ってみては、よだれをじゅるりと出しているところだった。
「まったくもう…貴方が行くのはこっちでしょ?」
呆れた顔でそう言うとマリンは、急いで妖精猫のもとへ近づき、その両脇を掴み上げてステージへと彼を乗せてあげた。
ちょこんとステージに上がった妖精猫は、我に返ると慌ててアサガオに向かってその両手を差し出した。
「にゃあにゃあ! お誕生日おめでとう、アサガオちゃん! 今頃になっちゃってごめんなさい。ぼくはアサガオちゃんもアサガオちゃんの歌もアサガオちゃんの笑顔もずっとずっと大好きです! だから…もう許して欲しいな…」
頭を下げて差し出している彼の小さな両手には、いつの日かプレゼントしようとしてくれていた、とても美しく輝く真珠の付いたペンダントが置かれていた。
「まだ…持ってたの、これ…いらないって言ったのに…」
「にゃにゃ…ぼくにとってこれはアサガオちゃんに似合う一番のプレゼントだから…どうしても付けてもらいたいんだ」
懸命にペンダントを差し出したまま、動かないでいる妖精猫。
少しばかり迷っていた様子のアサガオは、しばらくだまっていたが。それから、静かにそのペンダントを受け取ってくれた。
「やったあ! 許してくれるんだね! アサガオちゃん!」
「…勘違いしないで…やっぱり、まだ許したくない。けど、可哀想だから一応もらってあげるだけなんだから」
と、予想もしていなかったアサガオの言葉に妖精猫は驚き、尻尾はぴんと硬直してしまう。
「ええっ!? まだダメなの…?」
「そうだね……これから毎年、毎回、誕生日にプレゼントをくれたら…あと十年くらいしたら許してあげるかな。アンタの十年なんて、あっという間なんでしょ…?」
それはちょっと意地悪な、しかしようやく素直になったアサガオの妥協だった。
だがアサガオの言葉の意図がわからず、妖精猫は難しい顔をして腕を組む。
「まだ許してくれないの? けど、あと十年間、毎回誕生日プレゼントを忘れずに渡せば…許してくれるのかい?」
困惑した様子の妖精猫を見て、スタッフのみんなやお客たちはそれぞれ微笑んでいたり、苦笑していたりして二人を見守っている。
「十年間待ってやる、なんて…もう許してるのと同じだと思うけどね」
「本当にアサガオは素直じゃないんだから」
「妖精猫も、良かったな!」
終始、彼女の言葉の意味がわからないと言った顔をしていた妖精猫であったが、それでも今はアサガオがペンダントを受け取ってくれただけで大満足だった。
「とにかく! 次の年もその次の年も、そのまた次の年も…ずっとずっとアサガオちゃんの誕生日をお祝いすれば良いんだよね! そうしたら許してくれるんだよね、ぼくに笑ってくれるんだよね!」
頷いて答えるアサガオに、妖精猫は大喜びでその場を飛び跳ねたり頭の上で両手を叩いたりした。
「良かった、良かったよ!」
「あのね…まだ許してないって言ってるのに…」
大はしゃぎでいる妖精猫を見て、アサガオは思わず苦笑してしまう。
ようやく見せてくれたアサガオの笑顔。
しかし妖精猫は残念ながら、彼女のその表情に気づくことはなく。
「にゃあにゃあ、それじゃあせっかくだし、みんなでケーキを食べようよ!」
「って、お前が仕切るんじゃねえよ」
そう言って妖精猫は酒場にいたみんなを和ませ、みんなを笑顔にしていた。
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