1 / 24
妖精猫は歌姫を語る
酒場、昼~
しおりを挟む「一目見たとき、ビビビッて電気みたいなのが流れた気がしたんだ。本当の電気じゃないよ? けどそれが『惚れた』っていう感情なんだって、知るまでにはだいぶ時間がかかっちゃったんだよね」
そう楽しげに語っているのは子供くらいの大きさの、一匹の猫だった。
耳の先からしっぽの先まで。全身真っ茶色にトラ模様の。ちゃんと服を着て、両足に靴を履いて。背丈以上の高さがある椅子にちょこんと腰をかけている。
「ぼくは妖精猫なのにさ、人に『惚れる』なんて変だよね。だけどね、気まぐれとか勘違いなんかじゃなくって、本気だっていう気持ちだけは確かだったんだ」
ここは小さな町の一角にある、それなりに大きな酒場。
そこでその妖精猫は、グラスのお酒をちょびちょび舐めながら語っていた。
上機嫌に足を揺らしてしっぽを揺らして。その様子はまるで無邪気な子猫にも子供にも見える。
そんな一見すると子供としか見えない妖精猫の彼が、こんな大人ばかりで場違いな酒場にいることに、まあ疑問を抱くところなのだが。
不思議なことにその場にいる者は誰も気にとめてはいない。むしろ妖精猫のテーブルには彼を囲うように男たちも酒を呑んでいた。
「またその話っすか、マスター…」
「マスターそれ、今日だけで2回目だぜ…?」
が、しかし。男たちはみななぜか良い顔をしていない。うんざり、またか。そんな顔をしていた。
嫌気がさしている男たちを宥めつつも、妖精猫はその話を止めようとはしない。
「にゃあにゃあ、良いから聞いてよ。そうしたら酒代はぼくのおごりにしてあげるから」
「そう言われると…聞くしかないんすよねぇ」
「けどこりゃまた夕暮れまで付き合わされることになりそうだ…」
と、そんなときだ。
「珍しい酒場だね。妖精猫がいるなんて」
妖精猫たちが座るテーブルに現れた一人の旅人。厚手のローブを頭から羽織った、声からして女性だろう人だった。
「ははは、普通はそう思うっすよね? しかも驚くことにこの猫こそがここの酒場のマスターなんっすよ!」
「凄いだろ? マスター自身も面白い奴だからか、酒場は毎日大盛り上がりなんだぜ」
「にゃーにゃー、マスターと言ってもぼくはそんな大層なことはしていないけどね。この酒場を守る責任者ってだけで、料理を作ることもお酒を運ぶことだってまともに出来はしないんだから」
男たちの言葉にそう謙遜するものの、しっぽは先ほどよりもリズムよくゆらゆらと揺れている。どうやらかなり嬉しかったようだ。
そんな上機嫌でいる妖精猫を見つめながら、旅人は空いていた席へと腰掛ける。
「……ところで、さっき面白そうな話をしていたみたいだけどさ。何の話をしていたの?」
そう旅人が尋ねた途端、妖精猫は更にご機嫌となりにんまりと微笑み。片や相席している男たちの表情はみるみるうちに曇っていく。
男たちは止めておけ、と言いたげな顔を浮かべている。
「旅人さん、その話はちょっと…」
「マスターのこの思い出はかなり長くなるっすよ…?」
男たちはそう言って旅人を制止する。彼らはもう既に何度も何度も。思い出話を耳にタコができるほど聞いてしまっていて、聞き飽きているようだった。
だが、旅人は構わず。前のめりに頬杖を付きながら妖精猫へと話をふる。
「いいのいいの。気になったんだよ、こんな陽気な妖精猫さんが、どんな人に惚れたのか。ちょっと聞かせてよ」
その言葉を聞いた妖精猫はもう嬉しくて嬉しくて。酒を更にちょびちょび舐めてから頭の上で両手をパンと叩く。
「本当かい、嬉しいよ! 何せここの常連さんたちは聞き飽きたからって全然話を聞いてくれなくなってたからね!」
更に頭の上で両手をパンパンと叩いて喜びを表す妖精猫。どうやら相当お酒に酔ってしまっているらしく、身体はまるでメトロノームのように揺れていた。
「あちゃ~…この様子だとマスターの話は夕暮れどころか夜まで続くっすね…」
「流石に俺たちゃ席を外させてもらうが…旅人さんは、後悔しないよう覚悟しとくんだな」
そう言うと男たちはそそくさと酒を片手に席を立って逃げてしまう。そのテーブルはあっという間に妖精猫と旅人だけになってしまった。
「ほらね、この通り」
肩をすくめて笑う妖精猫。
そんな彼の様子を見て、旅人もまたくすくすと笑って返す。
「ははは、けれどそれだけ大切でずっと忘れられない話ってことなんだろう? ますます気になるよ。良かったら教えてくれるかい?」
旅人にそう言われて、妖精猫はその猫目をらんらんとさせながら言った。
「じゃあしっかり聞いてくれよ―――」
そう語り出そうとする妖精猫。
と、その前に旅人は近くを通りかかったウエイターの女性へと声を掛けた。
「ビールと海鮮パスタを一つずつお願い! もちろん、マスターのおごりなんだよね」
どうやら先ほど男たちとしていた会話も聞いていたようで。妖精猫はヒゲをわずかばかりだらんと下げながら「もちろん」と答えた。
「…本当にちゃんと聞いてくれるんだよね?」
「ああもちろん。ちゃんと聞くよ。こう見えて恋の話は嫌いじゃないんだ」
「にゃあ…それじゃあ今度こそ話してあげるよ。ぼくの一生忘れられない、生まれて初めて愛を知ったお話しをさ」
そうして、妖精猫はゆっくりと、語り出す。
彼女と過ごした長くて短い、愛の物語を。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
ママの大事な寝ぼすけメシア
ちみあくた
児童書・童話
毎日がんばるシングルマザーのユカリさんにとって、何より大事な宝物は一人娘のタマキちゃんです。
毎日、グッスリ眠って、たくさん夢を見るタマキちゃん。
一見、何処にでもいる子供のありふれた姿に思えましたが、実はそれだけではありません。
夢の中でタマキちゃんは、世界を救う救世主の力をふるっていました。
そして、その夢は或る夜、現実の世界に大きな異変を呼び起こしてしまうのです……
エブリスタ、小説家になろう、ノベルアップ+、にも投稿しております。
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
月星人と少年
ピコ
児童書・童話
都会育ちの吉太少年は、とある事情で田舎の祖母の家に預けられる。
その家の裏手、竹藪の中には破天荒に暮らす小さな小さな姫がいた。
「拾ってもらう作戦を立てるぞー!おー!」
「「「「おー!」」」」
吉太少年に拾ってもらいたい姫の話です。
五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。
あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。
夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中)
笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。
え。この人、こんな人だったの(愕然)
やだやだ、気持ち悪い。離婚一択!
※全15話。完結保証。
※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。
今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。
第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』
第二弾『そういうとこだぞ』
第三弾『妻の死で思い知らされました。』
それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。
※この話は小説家になろうにも投稿しています。
※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。
桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。
山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。
そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。
するとその人は優しい声で言いました。
「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」
その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。
(この作品はほぼ毎日更新です)
魔女ネコのマタ旅
藤沢なお
児童書・童話
灰色の毛並みが美しい、猫のメラミは王女様。
パパは黒猫国の王様で、ママは白猫国の女王様。
黒猫国は剣士の国。白猫国は魔法の国。
メラミに黒と白どちらの国を継がせるのか、
パパとママはいつもけんかばかり。
二人に仲良くしてもらいたいと思うメラミは、
剣士の訓練と魔法の勉強に毎日励んでいた。
メラミの誕生日パーティーが催されたその日、
パパとママからもらったチョコレートがきっかけで、
メラミはある決心をすることに…。
優しい魔女ネコ「メラミちゃん」の、
心があったかくなる冒険ファンタジー。
ほんのひとときでもお楽しみ頂ければ嬉しいです。
表紙イラストは、もん様(https://kumasyumi.com/)に
描いて頂きました。ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる