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妖精猫は歌姫を語る

酒場、昼~

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「一目見たとき、ビビビッて電気みたいなのが流れた気がしたんだ。本当の電気じゃないよ? けどそれが『惚れた』っていう感情なんだって、知るまでにはだいぶ時間がかかっちゃったんだよね」

 そう楽しげに語っているのは子供くらいの大きさの、一匹の猫だった。
 耳の先からしっぽの先まで。全身真っ茶色にトラ模様の。ちゃんと服を着て、両足に靴を履いて。背丈以上の高さがある椅子にちょこんと腰をかけている。

「ぼくは妖精猫ケットシーなのにさ、人に『惚れる』なんて変だよね。だけどね、気まぐれとか勘違いなんかじゃなくって、本気だっていう気持ちだけは確かだったんだ」

 ここは小さな町の一角にある、それなりに大きな酒場。
 そこでその妖精猫ケットシーは、グラスのお酒をちょびちょび舐めながら語っていた。
 上機嫌に足を揺らしてしっぽを揺らして。その様子はまるで無邪気な子猫にも子供にも見える。
 そんな一見すると子供としか見えない妖精猫ケットシーの彼が、こんな大人ばかりで場違いな酒場にいることに、まあ疑問を抱くところなのだが。 
 不思議なことにその場にいる者は誰も気にとめてはいない。むしろ妖精猫ケットシーのテーブルには彼を囲うように男たちも酒を呑んでいた。

「またその話っすか、マスター…」
「マスターそれ、今日だけで2回目だぜ…?」

 が、しかし。男たちはみななぜか良い顔をしていない。うんざり、またか。そんな顔をしていた。
 嫌気がさしている男たちを宥めつつも、妖精猫ケットシーはその話を止めようとはしない。

「にゃあにゃあ、良いから聞いてよ。そうしたら酒代はぼくのおごりにしてあげるから」
「そう言われると…聞くしかないんすよねぇ」
「けどこりゃまた夕暮れまで付き合わされることになりそうだ…」

 と、そんなときだ。

「珍しい酒場だね。妖精猫がいるなんて」

 妖精猫ケットシーたちが座るテーブルに現れた一人の旅人。厚手のローブを頭から羽織った、声からして女性だろう人だった。

「ははは、普通はそう思うっすよね? しかも驚くことにこの猫こそがここの酒場のマスターなんっすよ!」
「凄いだろ? マスター自身も面白い奴だからか、酒場は毎日大盛り上がりなんだぜ」
「にゃーにゃー、マスターと言ってもぼくはそんな大層なことはしていないけどね。この酒場を守る責任者ってだけで、料理を作ることもお酒を運ぶことだってまともに出来はしないんだから」

 男たちの言葉にそう謙遜けんそんするものの、しっぽは先ほどよりもリズムよくゆらゆらと揺れている。どうやらかなり嬉しかったようだ。
 そんな上機嫌でいる妖精猫ケットシーを見つめながら、旅人は空いていた席へと腰掛ける。

「……ところで、さっき面白そうな話をしていたみたいだけどさ。何の話をしていたの?」

 そう旅人が尋ねた途端、妖精猫ケットシーは更にご機嫌となりにんまりと微笑み。片や相席している男たちの表情はみるみるうちに曇っていく。
 男たちは止めておけ、と言いたげな顔を浮かべている。

「旅人さん、その話はちょっと…」
「マスターのこの思い出はかなり長くなるっすよ…?」

 男たちはそう言って旅人を制止する。彼らはもう既に何度も何度も。を耳にタコができるほど聞いてしまっていて、聞き飽きているようだった。
 だが、旅人は構わず。前のめりに頬杖を付きながら妖精猫ケットシーへと話をふる。

「いいのいいの。気になったんだよ、こんな陽気な妖精猫さんが、どんな人に惚れたのか。ちょっと聞かせてよ」

 その言葉を聞いた妖精猫ケットシーはもう嬉しくて嬉しくて。酒を更にちょびちょび舐めてから頭の上で両手をパンと叩く。

「本当かい、嬉しいよ! 何せここの常連さんたちは聞き飽きたからって全然話を聞いてくれなくなってたからね!」

 更に頭の上で両手をパンパンと叩いて喜びを表す妖精猫ケットシー。どうやら相当お酒に酔ってしまっているらしく、身体はまるでメトロノームのように揺れていた。

「あちゃ~…この様子だとマスターの話は夕暮れどころか夜まで続くっすね…」
「流石に俺たちゃ席を外させてもらうが…旅人さんは、後悔しないよう覚悟しとくんだな」

 そう言うと男たちはそそくさと酒を片手に席を立って逃げてしまう。そのテーブルはあっという間に妖精猫ケットシーと旅人だけになってしまった。

「ほらね、この通り」

 肩をすくめて笑う妖精猫ケットシー
 そんな彼の様子を見て、旅人もまたくすくすと笑って返す。

「ははは、けれどそれだけ大切でずっと忘れられない話ってことなんだろう? ますます気になるよ。良かったら教えてくれるかい?」

 旅人にそう言われて、妖精猫ケットシーはその猫目をらんらんとさせながら言った。

「じゃあしっかり聞いてくれよ―――」

 そう語り出そうとする妖精猫ケットシー
 と、その前に旅人は近くを通りかかったウエイターの女性へと声を掛けた。

「ビールと海鮮パスタを一つずつお願い! もちろん、マスターのおごりなんだよね」

 どうやら先ほど男たちとしていた会話も聞いていたようで。妖精猫ケットシーはヒゲをわずかばかりだらんと下げながら「もちろん」と答えた。

「…本当にちゃんと聞いてくれるんだよね?」
「ああもちろん。ちゃんと聞くよ。こう見えて恋の話は嫌いじゃないんだ」
「にゃあ…それじゃあ今度こそ話してあげるよ。ぼくの一生忘れられない、生まれて初めて愛を知ったお話しをさ」

 そうして、妖精猫ケットシーはゆっくりと、語り出す。
 と過ごした長くて短い、愛の物語を。

 




   
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