そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
299 / 325
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

49項

しおりを挟む
    






 理由を聞かれたソラは、何故か目を泳がせながら答える。

「せ、せっかく、日課になってきたのにさ…ここでお休みしちゃったら、七日坊主になりそうだし…」
「あら、それはつまり稽古の意気込みなんてその程度だったってことかしら?」
「ち、違うって!」

 即座にかぶりを強く振って否定するソラ。

「そ、そうじゃなくってさ……」

 稽古自体、これまでのように一人でコッソリと行うことも出来た。それでも良かった。
 こんな時間に無理してまでロゼと稽古をする必要などはない。
 だがそれでも、ソラはロゼと一緒に稽古をしたかったのだ。

「独りじゃない方が稽古になるってわかったっていうか…張り合いがないっていうか……つまんないっていうか……」

 そんな理屈を並べながら、ソラはふと脳裏に先ほどの食事風景を過らせる。
 皆に迷惑を掛けたお詫びにと手料理を振る舞ったレイラの視線は、ソラやカムフ、キースよりもロゼに多く向いていた。ような気がしたのだ。
 出会ったばかりであるというのにソラ以上に親しく話している二人の様子が、少しばかりソラは気にくわなかったのだ。
 ちなみに、ソラ自身はこの感情がなんと呼ぶのかは気付いていない。

「や、やっぱだめかな…」

 つまりこれはただただソラの子供じみた我侭でしかなかったのだ。
 勿論我儘だとそんなことはわかっているからこそソラは気まずそうに俯きながらロゼの返答を待っている。
 そんな彼女へロゼはため息を吐いてから答えた。




「……お酒も飲んだ後だし、それに寝る前は極力汗を掻きたくないんだけど…」
(汗かいてたとこなんて見たことないけど…)

 ロゼからしてみれば、断る理由などはいくつでも挙げられた。
 こんな夜更けの中でわざわざする必要もないし、稽古の物音が旅館で就寝しているノニ爺やレイラたちの迷惑にもなる。
 今焦らずともまた明日になればいくらでも稽古を付けられる。
 それが妥当な回答だ。ったのだが―――。
 
「―――良いわよ」
「え?」
「ただし、いつもの場所じゃなくて旅館の玄関前でやるわ。その方がエナ製外灯エナ灯の明かりがあって見えやすいし、物音で皆を起こす心配もないでしょうからね」

 ロゼはため息交じりにそう返した。
 予想外の言葉に一瞬呆気を取られたソラだったが、その顔は徐々に喜びの笑みへと変わる。

「ホント…? やった! よかった…!」

 まるで遊んでもらえる子供のように無邪気な顔で立ち上がると、早速玄関の外へ駆けていこうとする。
 その天真爛漫とも呼べるはしゃぎように、もう一度ため息を吐くロゼ。

「その前に…何か言う言葉があるんじゃない?」

 と、彼の言葉を聞いた途端、ソラの動きがピタリと止まる。
 渋々と振り返ったソラは、強気というよりも意地悪く笑うロゼの顔を見つけ、思わず顔を顰める。
 ロゼとしてはその反応は想定内だった。
 どうせ礼の言葉なんて意地でも言わないか、せいぜい嫌そうに言うかだろうと彼は思っていたのだ。

「……ありがとう」

 だが、しかし。
 予想外にもソラは深く息を吐き出した後、囁くような小声ではあったがそう答えた。
 しかも嫌々ではなく、照れ臭そうな笑みと共に。
 思ってもみなかった彼女の返答には思わず、ロゼの方が驚いて目を丸くする。

「……ほ、ほら、早く! 行こっ!」

 と、そんな彼の驚きぶりを察したのだろう。
 ソラは真っ赤になっていく顔を隠すかのように視線を背けると、逃げるように急いで旅館の外へと駆けていった。
 
「…どういたしまして」

 独り残されたロゼはポツリとそう返しつつ、さっさと消えていってしまったソラを追いかけるべく歩き出す。

(これは―――思ったよりも早く打ち解けてくれそうだ…)

 人知れず笑みを浮かべながら。





 旅館の外―――玄関前へと出たソラとロゼ。
 木々の隙間から覗く月明かりと、玄関前の外灯が二人を照らす。

「せっかくの状況だし…暗い場所での戦闘を想定して戦ってみましょうか。闇討ちなんてのもあるかもしれないものね」
「一般民少女は早々闇討ちには遭わないってば」
 
 と、言い返しながらもソラは持ってきた木刀に力を込め、構える。
 二人共、武器を構えているというのにその口許は僅かに緩んでいて。傍から見ればであった。

「それと…一応忠告だけしておくわ。視界が悪いからって怪我だけはしないようにね」
「えー…それは無理だって」

 暗闇と灯りのコントラストに映える、ロゼのいつもの不敵な笑み。
 その腹の内には何を秘めているのか未だに解らない気取った男。
 だが、気が付けばソラはそんな彼の隣も歩けるようになっていたし、敵対していたあの頃の気持ちも、もうなくなっていた。

「けど―――今日こそ一本取るつもりだから!」

 ソラはロゼにも負けない強気な笑みを見せつけてから駆け出した。






    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

処理中です...